第五百二十七話 それぞれの日常1
シャルルとシエラの結婚式は、休みに入ってすぐに執り行われた。彼らは何だかんだ理由をつけて、アリス達も参加できるようにと日にちをわざわざズラしてくれていた。
フォルスで行われたシャルル大公の結婚式は思っていたほど盛大ではなかったが、始終神聖で厳かな雰囲気に包まれていた。
何せ妖精界からやってきた重鎮たちがズラリと來客席に並んでいたのである。
式の最後には妖精王から直接二人に加護が与えられ、しめやかに式は終わったが、その後の国を上げてのパーティーは、大盛り上がりで幕を閉じた。
シャルルとシエラの結婚式が終わり、ようやく仲間たちにも本来のありふれた日常が戻って来た。
この世界の秘密に触れてしまった日から一体どれほど同じ時間を過ごしたのだろうか。
仲間たちは忙しい毎日の中で、たまにそんな事を思い出しながら日々を過ごしていた。
キャロラインは王妃教育をあらかた済ませて、今はルイスの即位式に着るドレスや装飾品を選ぶのに手一杯だった。
その合間にセレアル地方やオルゾ地方などの領主達に最近どうだと電話をしたり、また学園でアリスが問題を起こした! と聞いて駆けつけたり毎日大忙しである。
そんな訳でキャロラインの日課が一つ増えた。アリスの毎日の生存確認だ。
今日もキャロラインは優雅にお茶を飲みながらアリスにいつもの様に電話をした。ところが、アリスが電話に出ない。アリスの代わりに電話に出たのはリアンだった。
『はいはーい。お姫様? あいつね、今野生化しちゃってんだよ。スマホも置いてってるし、これから皆で捜索だよ』
「またなの⁉ あの子、どうやったらそんな次から次へと問題ばかり起こせるの?」
『あれはもう、そういう病気なんだよ。あ、キリ! そっちはもうcクラスの人達が行ってくれたよ。あ、ごめんごめん。そんな訳だから一旦切るよ? 戻ってきたら電話させるよ』
「え、ええ。忙しいのにごめんなさいね。皆も気をつけて」
『はいはーい』
そして電話が切れてアリスから電話があったのは、夜だった。
翌日、王妃教育の一環で城に来ていたキャロラインは、丁度休憩に入ったルイスとお茶をしながら昨夜あった事を話すとルイスはおかしそうに笑う。
「ははは! あいつは相変わらずだな!」
「笑いごとじゃないわ! どうして毎日こんなハラハラしなければならないの⁉」
「別に誰に頼まれた訳でもないのに、ちゃんと面倒を見るのがキャロの良い所だ。嫌なら止めてもいいんだぞ?」
ルイスの言葉にキャロラインは苦笑いを浮かべて首を振った。
「それがね、嫌ではないのよ、困った事に……慣れちゃったのかしら」
アリスの奇行にすっかり慣れてしまったキャロラインは、何故か戦争が終わって世界が平和になっても、アリスの面倒を見ている。それを嫌だとは少しも思わないから不思議だ。
聞けば、シエラもキャロラインのように毎日アリスに連絡しているという。お転婆な妹を持つとお互い大変ですね、とシエラが笑っていたのは記憶に新しい。
それを聞いてルイスは目を丸くした。
「フォルスの公妃とルーデリアの王妃に目をかけられる存在はなかなかに凄いな!」
「嫌だ、ルイス。まだ私は王妃じゃないわ」
「そんなに遠くない未来だぞ、キャロ」
「ええ、そうね。また毎日が忙しくなるわね」
言いながら、キャロラインはルイスが淹れてくれたお茶をゆっくりと飲み干した。
ルイスは今はルカに代わって少しずつではあるが、王の代理を務めるほどになっていた。
本来ならルカはまだ当分王位の座をルイスに譲るつもりも無かったのだが、ステラの第二子の懐妊で早々に引退する事に決めた。
ちなみにまだ生まれても居ないのに何故か既に女の子だと思い込んでいるルカである。理由はアリスがステラのお腹を見て女の子だ~! と喜んだからだ。オリビアの時もばっちり当たったというから、もう間違いは無いとルカは思っている。
ルイスの子育てを乳母のサマンサに任せきりになってしまい、ルイスがやたらと内気な子になってしまったのは、それが悪かったのだと思っているルカ。
というのは建前で、本当はこれから生まれてくるであろう娘が既に可愛くて仕事どころではない、というのが本音だ。
そしてルイスはと言えば、これを機に城にノアを呼びつけ、ありとあらゆる城の無駄を省いた。アリスとノアの意見を取り入れて妖精達も雇い入れ、シフト表を作り、城内だけ試験的に週休二日にして残業手当を作ったのもルイスである。
「思い切ったわね、ルイス。皆からの反対もあったでしょう?」
キャロラインの言葉にルイスは腕を組んで頷いた。
「まぁ、そうだな。特に重鎮達からは反対の声もあったが、お前達だって週に二日ぐらいは孫と遊びたいだろう? 今よりももっと寂しい老後を送りたいのか? と言ったら皆納得していたな」
何せこの国の為に毎日休みなく朝から晩まで働き続けていた、ルーデリアを支えた重鎮達の目下の悩みは、働きすぎた結果、妻や子供、孫から冷たくあしらわれていると言う事だった。だから家に帰りたくなくて仕事をしていた者も居る。
けれど、一生その座に居る訳にはいかないのだ。問題を先送りにしても良い事などない。
「それでもよく皆頷いたわね。他に何て言ったの?」
「仕事だと言ってやったんだ。お前達が家族と絆を繋ぎなおすのは、この国の為だと言ったら、皆すぐに取り掛かったぞ。おかげで妖精電車を開通しやすくなった」
ルイスの言葉を聞いて、重鎮達はすぐさま王都にあった別邸を売り払って、家族の居る実家に戻った。今は早く妖精電車を作ってくれという要望が後を絶たない。
「ふふふ。あの方たちは、今までルーデリアの為にずっと頑張ってきてくれた方達だものね。だからこそ余計に、素敵な人生を送って欲しいわ」
「ああ。俺もそう思う」
ルイスはにこやかに笑ってキャロラインを抱き寄せ、頬にキスして仕事に戻った。
カインは宰相の仕事をもう殆どロビンから引き継いでいた。実質今は既にカインが宰相だ。
そんなカインがまずはじめにしたのは、ルーデリア内の道の舗装だった。ロビンとは違い、カインは自ら嘆願書が届いた場所に自ら足を運ぶタイプだ。その度に馬車に酔っていたのでは身が持たない。
「カイン、あっちこっちから道の舗装、ありがとってお手紙一杯来てるよ!」
フィルマメントがそう言って嬉しそうに大量の手紙を抱えてカインの執務室に飛び込んできた。
「あー……な。何か申し訳なくなってくるな」
自分の為に始めた事に、まさかこれほどの反響があるとは思ってもいなかった。
「そんな事ない! アリス見て! 全部自分の為にした事だけど、いつも上手くいく! 一人が不便だって思ってる事は、大抵皆思ってるよ!」
「あれと比べんのはどうかと思うけど……まぁ、そうかもね。スペンサー伯爵も喜んでたよ。タイヤの性能を遺憾なく発揮出来る! って」
苦笑いを浮かべたカインにフィルマメントは抱き着いて頬にキスすると、嬉しそうに戻って行ってしまった。
そう、戦争が終わって、二人はようやく婚約をしたのだ。結婚式はルイスと相談して、どうせならまとめてやってしまおうという事になった。
経費節約という意味ももちろんあるが、いくら祝い事だと言ってもあまり続いてしまっては、民も疲弊してしまうだろうというのがカインの見解だった。
ルイスやカインの結婚ともなると一時は潤うが、あちこちの店が一斉にセールなどを始めてしまうので、その後の反動も大きい。時期を見て本来ならずらすべきなのだろうが、カインだってルイスだって、もう待てないのだ。色々と。
そんな訳でカインは今、ルードに頼んでフィルマメントに送る指環を製作中である。シャルル達の結婚式の時にノアに聞いた、地球と言う世界の結婚式でいいな、と思ったのは指環の交換だ。どこに居ても、いつも一緒だと思えるのはとてもいい。
デザインはリアンに頼み、仕上げは妖精達だ。そしてもちろん、フィルには内緒である。
驚くフィルマメントの顔を想像しながら、カインは今日も書類仕事をさばいていた。
アランはアリス工房からの依頼の品を作るのに、毎日あちこち飛び回っていた。
アリス工房の仕事はとても楽しくて、気づけばいつの間にかすっかり夢中になっていて、うっかり領地の仕事を疎かにしてしまいがちだったアランを見て、アベルはもうしばらく領地をアランに任せるのは止めた。
それについて身内は相変わらずうるさかったようだが、君達が持っているスマホだってレインボー隊だって鉛筆だって、アリス工房の仕事だと言ってやったとアベルは嬉しそうにアランに報告してくれた。
結局、誰かの為になる仕事なのだから、アベルとアイリーンはアランがアリス工房の仕事をしているのは誇りのようだ。
「アリス、今日はセレアルに行くよ」
「うん! 準備できた!」
「あ、ロンは置いて行ってね。あんまり妊婦さんを連れ回すのは良くないですから」
「分かってるもん! 早く生まれないかなぁ! お父さんはブリッジだよ! 絶対に可愛いに決まってる!」
「そうですね。それに賢いでしょうね、きっと」
そう言ってアランは笑ってチビアリスの頭を撫でていつもの様に手を繋ぐと、セレアルに向かった。
戦争にかまけすぎてすっかり飢饉の事を忘れていた仲間たちだったが、乾麺の製造が追いつかないとノアの元にセレアルから連絡が入ったのは最近だ。
ノアはアリス工房以外に領地の仕事とギルドの仕事で手一杯で向かえないので、アランに連絡があったのだ。
気づけばあれほど引き籠りだったアランが色んな所に出向いては、魔法で問題を解決するという役割になっていた。人生とは不思議なものである。
そして助手はもちろんチビアリスだ。チビアリスは鈍くさいが愛嬌はある。そんな訳でどこへ連れて行っても概ね歓迎されるチビアリスで、その事がアランの仕事の潤滑油のような役割を果たしているという事に気付いたのも最近である。
元々口下手なアランは人と話すのが苦手だが、そういう所をチビアリスが補ってくれているのだ。
「今日はあちらで一泊する予定なので、晩御飯はどこかへ食べに行こうか」
「うん! あ、マリーのお店行こうよ! ドロシー居るかも!」
「ああ、いいですね。じゃあそうしよう。それから、明日はそのままバセット領に行くからね」
「うん!」
こうして、アランはほぼ毎日チビアリスと色んな場所に飛び回っているのである。
そんなアランとチビアリスのお気に入りは、週に一度のバセット領で行われる商品会議だ。ノアの仕事を手伝いつつ、バセット領の森を散策して不思議な効力を持つ薬草を摘むのがアランの最近の楽しみだった。
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