第五百二十四話 もう一人の仲間

 こ、このタイミングで? 誰もがそう思ったものの、すぐに思い至る。そうだ、キリはこういう奴だった、と。ミアが困れば困るほど楽しいのだ、キリは。


「へぁ⁉ い、今? 今ですか⁉ み、皆居るのに⁉」

「はい。善は急げと言いますし、皆が居る前で宣言してもらって、言質は取っておきたいです」


 真顔でそんな事を言うキリに、ミアは顔を真っ赤にしてチラリとキャロラインを見た。すると、キャロラインは目を輝かせて頬を染めて頷いている。


 駄目だ、全然助けてくれそうにない……。


 ミアは腹を括った。もう自分の気持ちは固まっている。結婚はタイミングが大事だと母も言っていた。だからミアはキッと顔を上げて、キリをほとんど睨みつけた。そして大きく息を吸い込んで言う。


「りょ、料理も出来ない不器用さ加減ですが……それでも良ければ……お願いします」


 と。


 それを聞いてキリはにっこりと笑う。キリのこんな笑顔は見た事ない……誰もがそう思ったのは言うまでも無い。


「そうですか。では、もう遠慮もいりませんね」


 ミアの返事を聞いたキリは立ち上がってミアの後ろ頭を掴み、そのまま自分の方に引き寄せた。


 キリは目を丸くして驚くミアの顔を覗き込んで不敵に笑うと、全国民が見ているにも関わらず、そのままミアの唇を自分の唇で塞ぐ。


 どれぐらいそうしていたのか、皆が唖然としている中ようやくミアを離したキリがやっぱり笑顔で言う。


「こちらこそよろしくお願いします、ミアさん。大丈夫、料理は俺が担当します。好きですよ、あなたがずっと」

「っ……」


 言葉もない、とはこの事である。ミアはフラリとそのまま隣に居るライラの膝に倒れ込んだ。


 その途端、歓声が大きくなる。中には悲鳴も混じっている気もするが、キリはそんな事には構わない。


「ミアさんのお父さん、お母さん、近いうちにご挨拶に伺いますので、心の準備をお願いします」


 キリはそう言って妖精王に頭を下げた。


 ミアの家族たちは絶対にこの宝珠を見ている。だからこその作戦だった。ミアにこの場ではっきり了承してもらうのが何よりも大事だったのだ。まぁ、キスはおまけである。ミアがあまりにも可愛すぎて我慢が出来なかった、ともいう。


「キリはほんと……策士だねぇ」


 こんな事をされたら断りたくてもミアの両親だって断れないではないか。


 ポツリとノアが言うと、キリは口の端だけを上げて笑う。正にしてやったり、だ。


 そんな二人を両手で顔を抑えて指の隙間から見ていたアリスは、何を思ったか突然アーロに掴みかかった。


「アーロさん、見た⁉ 見たよね⁉ これぐらいガツガツ行かないとね! リズさん絶対落ちないからね⁉ ちゃんと勉強して! 何十年片思いする気⁉」


 大声でそんな事を言ってアーロに掴みかかってきたアリスにアーロは慌てた。


「ば、馬鹿! お前、そんな大声で!」


 アーロは急いでアリスの口を押えてチラリと妖精王を見たが、妖精王は黒い羽を興奮したように震わせて満面の笑みで言う。


「大丈夫だ! 我の魔法は精度が良いからな! そなた達の言葉を一言一句漏らさず全国に流しておるぞ! 敬え!」


 その一言を聞いて、アーロはがっくりと項垂れた。


 間違いなくエリザベスもまたこの宝珠を見ているだろう。まさかこんな形でアリスにバラされるとは思わなかったアーロである。こうなったらやけだ。アーロは顔を上げて妖精王を睨みつけた。


「あー……そういう訳だ。リサ、これが終わったら会いに行く。生焼けじゃないパンを用意しておいてくれ」


 それだけ言ってアーロはフラリと椅子に座って項垂れる。隣から慰めてくれるのはリアンとオリバーだ。


「諦めなよ、あいつに目をつけられた時点であんた、詰んでんだって」

「そっすよ。ちなみに俺とリー君も上手い具合にまとめられた組なんで、アーロさんの気持ち、痛いほど分かるっす」


 リアンとオリバーが言うと、それまで項垂れていたアーロがぽつりと言った。


「……三人でおせっかい被害者の会でも作るか……」

「……嫌な会っすね」

「……絶対入会したくないんだけど……」

「……」


 手酷い裏切りである。


 だが、これぐらいしないと確かに一生エリザベスには伝わらなかったかもしれない。今頃エリザベスがどんな顔をしているのか、少しだけ見たかったアーロだった。


「はぁ……いいわね、ルイス。私ももう、立派なカップリング厨だわ」

「キャロ……まぁでも、そうだな。仲間たちがどんどん幸せになっていくのは、見ていて幸せな気分になるな。よし! では俺も!」


 そう言ってルイスは立ち上がると、キャロラインの前に膝まづいた。そして胸に手を当てて言う。


「聖女キャロライン。俺は凡庸な男だ。だが、俺にはお前しか居ない。どうか俺が王になった暁には、いや、たとえ王になれなくても、俺と結婚してくれないか?」


 その言葉にまた観衆は沸いた。あちこちからルイスへの声援が聞こえてくる。そんなルイスに頬を染めているのは、何も民衆や仲間たちだけではなかった。前の馬車から身を乗り出して、ステラもまた頬を染めて見守っている。


「もちろんです。あなたに私しか居ないように、私にもあなたしか居ません。何度生まれ変わっても、私はあなたと共に未来を歩みたい。どうか末永く、よろしくお願いします」


 そう言って頭を下げたキャロライン。それを見て、仲間たちも民衆も、親たちも大きな拍手を送ってくれた。そんな皆にキャロラインは顔を赤くしてペコリと頭を下げると、堪えきれず、笑みと涙を零す。


「本当に……終わったのね……」


 感無量、とはこの事だろう。泣き出してしまったキャロラインの肩を、隣に座ったルイスがそっと抱いた。


「ああ、全部終わった。俺達は未来を掴んだんだ」

「ええ……ええ! ルイス、愛してるわ! ずっと、ずっと!」


 感極まったキャロラインがルイスに抱き着くと、その頬に唇を寄せる。


 長い闘いだった。何度挑んでも失敗した。いつもルイスに冷たい視線を向けられていた。どれほど苦しかっただろう。どれほど泣き叫びたかっただろう!


 けれど、今はっきりと分かった。もしもループせずにルイスと結婚していたら、彼の事をこんなにも愛しいとは思わなかっただろう。


「へへ、やっぱカップリング最高だな! 私も嬉しいな」


 仲間たちが皆、幸せそうに笑っている。


 アリスはふと思い立って立ち上がり、大きく息を吸って空に向かって叫んだ。


「AMINAS! 聞こえてる? ありがとう! 私達の未来を守ってくれて、本当に本当にありがとう!」


 アリスが叫ぶと、雨も降っていないのに空に大きな虹がかかり、どこからともなく女の子のはしゃぐような嬉しそうな笑い声が聞こえてきた。


 コロコロと鈴が転がるような笑い声に、仲間たちはハッとして顔を見合わせる。


「笑ってます……ね」

「……うん。嬉しそうだね」


 シャルが言うとノアが頷いた。互いに顔を見合わせて小さく笑う。


 AMINASは家族。大事な大事な、ノアの家族だ。


「よし、やはりAMINASには姿を作ってやろう! 銅像を作り、ルーデリアのシンボルにするか!」


 ルイスが言うと、仲間たちが笑顔で頷いた。


「いいんじゃないですか。きっと、AMINASも喜びますよ!」

「……ていうか、未だにあんたの素顔に慣れないのは僕だけ?」


 長かった髪をこの日の為にばっさりと切り落としたアランを見てリアンが言うと、やはり皆同じ事を思っていたようで、申し訳ないとは思いつつ頷いてしまった。そんな中、アランの素顔を知っていたアリスが胸を張って言う。


「アラン様がかっこいいのは、乙女ゲーのヒーローするって時点で分かってた事だよね!」


 何せ乙女ゲーは、そもそもそういうゲームである。あまりにも説得力のあるアリスの言葉に全員が頷いた所で、馬車はゆっくりと王都を回る。

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