番外編 外の世界 後編
「ふぅおぉぉぉ! 悪ゴリラ、まだこんなに居たのかぁぁぁ! アリス! 悪ゴリラは徹底排除せよ! よし! 行ってくる!」
アリスはそう言って走り出した。目の前に見えるあの大きな投石機。あれは悪ゴリラが妖精界に持ってきた奴と同じだ。まずはあれを壊そう。
思いつくなりアリスは駆け出した。止めに入る悪ゴリラをとりあえず拳で黙らせ、投石機にしがみつくとそのままガシガシとよじ登り、まずは石を投げる為の太い綱を引き千切る。こうすれば石は投げられない。ついでに石を打ち出す棒も折ってしまおう、そうしよう。
「……おい、ノア、キリ……あいつ……とうとう人間辞めたか?」
太い丸太を片足で踏みつけて折ってしまったアリスを見て、エリスは青ざめる。
「まぁ、もうだいぶ前にね」
「そうですね。とっくの昔に人を卒業して怪獣に進化してしまいました」
「おお、みたいだな。で、離れてた方がいいのか?」
「行きたかったらどうぞ? お嬢様、拳で地面割りますよ。すき間に落ちないように気をつけてくださいね」
「そうそう。もう後はアリスに任せておけば大丈夫だよ。護衛は動物たちとドン達に任せとこ」
シレッとそんな事を言うノアに、エリスと仲間たちが神妙な顔をして頷いた。
一方、王子達は完全に目が点だった。
エリスは十分強かった。彼が居なければ、この国はとうの昔に終わっていた。エリスが率いる仲間たちもそうだ。集まるべくして集まったメンバーだった。
「世の中には、さらに強い者がいるんだな……」
「……うん」
「……怖い」
「ラルフ様、ところでパンは? お嬢様がそろそろ、クリームパンが食べたいな~、などと言い出す頃なのですが」
「あいつ、寝ててもそんな事言っちゃうの⁉」
「言いますとも。ちなみにこれはリアン様のせいです」
「アリス機嫌いいなぁ! 見て、歌なんて歌ってる。あれは、この世の果てに、かな。あ、兄さん、パン急いであげてね」
あれを見てもはしゃげるノアにラルフはゴクリと息を飲む。
「あ、ああ。すぐに持って来よう」
そう言ってラルフは仲間たちを連れて駆け出した。
ノアはこちらにアリスを連れてきた時、何故か一緒に大量の不思議な甘いパンを持ってきた。一体何に使うのかと思っていたが、なるほど、アリスは戦うとパンを欲するのか。全く以て意味が分からん。
ラルフは仲間に護衛されながら食料が置いてある小屋に戻ると、仲間たちと袋にパンを詰め始めた。
「……何を……やっているんだろう」
ふと我に返って呟くと、仲間たちは苦笑いを浮かべている。
「パン、詰めてますね」
「戦争中、だよな? これは夢ではないな?」
「夢かも、と俺も思いますが、現実です。とりあえず詰めましょう。少々潰れても分からないでしょう、多分」
仲間の言葉に頷いてラルフがパンを詰めて戻ると、そこには意気消沈したアリスがいる。
「兄さん! 遅いよ! ほらアリス! 受け取れぇぇ!」
ノアがそう言ってクリームパンを投げると、アリスはそのパンに飛びついて口に放り込んで顔を輝かせ、また動き出す。
「ひゃっはーーー! クリームパン、もっと降ってこーーーい!」
歌いながら敵を殴りつけるアリスの拳は既に真っ赤だ。クマや狼にやられた兵士達の上に、一人、また一人と折り重なって倒れていく。
「あ、大丈夫。皆殺してはないからね。後で捕まえて煮るなり焼くなり好きにして」
「殺してない、だと⁉」
「うん。アリスはああ見えて無益な殺生はしないんだよ。だから大丈夫。大分加減して殴ってるよ」
「それがアリスの良い所だな! それは昔っから変わらん。よしアリス! ほーら、クリームパンだぞーー!」
エリスがそう言って袋からクリームパンを取り出して投げると、アリスはそれを引っ掴んで首を傾げて地団駄を踏んだ。
「潰れてる! このパン潰れてる! 中身出ちゃってる! でも食べるっ!」
「食うのか! 王様、駄目ですよ、ちゃんと潰さないようにしないと。あいつ、そういうの敏感だから」
「本っ当に面倒な人なのです。絶対に後から文句言われるので覚悟しておいてくださいね」
「う、わ、分かった」
ギロリとキリに睨まれてラルフはたじろいだ。そんな中、セイはアリスが面白くなってきたのか、綺麗なクリームパンをこっそりと小声で、受け取れ~、などと言いながら投げている。
「む、無理だ! あれは兵器だ! 撤退だ! 撤退しろーーーー!」
「そうはさせるかー! 逃さないぞ〜!」
アリスは逃げようとする敵兵の足元めがけて思い切り拳を振り下ろした。その途端、地面が大きく揺れ、亀裂が入って行く。
それを見てドラゴン達が一斉に滑空してきて動物たちを掴み、空に舞い上がった。アリスはまぁ放っておいても大丈夫だ。もし落ちても、自分で這い上がってくるに決まっている。
そして揺れが収まった頃、地面が地響きを立てて大きく割れた。突然の事に敵兵も味方も一瞬何が起こったのか分からなかった。
投石機が音を立ててその亀裂に飲み込まれていく。辛うじて人は巻き込まれなかったようだが、あちらの武器や岩などはガラガラと音を立てて跡形もなく消えてしまった。
「う、うわぁぁぁぁぁ!」
突然の出来事に一人の兵士が恐怖で叫んでその場で蹲った。それを見てアリスはにっこりと笑って何やら詠唱する。その途端、一人の兵士の恐怖が敵兵にじわじわと伝染していく。
そんな光景を見ていた味方達は、もう何も言えなかった。
「キリ、これはキャロラインには内緒ね」
「はい。ではノア様、お嬢様を止めてきてください。もう十分でしょう」
「だね。ロープちょうだい」
「どうぞ」
アリス捕縛セットを受け取ったノアが音もなく崖を駆け降りていくと、歌いながらまだ詠唱しているアリスに近寄った。そこからは一瞬だった。
「アーリス」
「兄さま! あのね、今ね、私、めっちゃ強くって――」
「うん、知ってる。でも、もうお終いだよ。そろそろ寝ようね?」
ノアはそう言って、アリスの首筋に素早く手刀を入れた。それと同時にアリスがグッタリしたので、ノアはそんなアリスを地面に転がしてロープで縛り上げ、意気揚々と担いで戻って来た。
「ほら兄さん、今の内に全員捕まえないと。教会の方にも指示出した方がいいんじゃないの?」
「え……? はっ! そ、そうだった! この者達を全員捕らえろ! 一人も逃がすな! 教会にも伝令を送り、一気に叩け!」
ポカンとしていたラルフが我に返って叫ぶと、仲間と騎士達が一斉に動き出した。
アリスがほぼ一人で暴れてくれたおかげで、皆まだまだ元気である。
「ノア、ねぇお前、お嫁さんに手刀なんて当てて……」
「あー、大丈夫大丈夫。アリス、こうしないと止まらないんだよ。はぁ、もう見て、この可愛い寝顔!」
「いや、それは……どうだろう?」
アリスはまだ何か食べている夢を見ているのか、一生懸命何かを咀嚼しいるが、これが可愛いかと聞かれたら、答えは否、だ。
「人の好みは、人それぞれ。問題ない」
セイの言葉に、ラルフが深く頷く。というよりも、アリスを制御しておいてくれる有難い存在だと、ノアの事を認識したラルフだ。そんなラルフにオルトはギョッとしていたが、すぐに諦めたように苦笑いを浮かべた。
「ありがとう、ノア。助けに来てくれて。もう少しゆっくりしていくだろ?」
諦めたオルトが言うと、ノアは首を横に振った。
「そうしたいのは山々なんだけどね、僕達の仲間から招集命令がかかっちゃって。だから僕達はこのままあっちに帰るよ。兄さん達は教会が島にかけた魔法を解いてよ。そうしたら、また遊びに来るから。今度は友達も連れて」
ニッコリと笑ったノアが言うと、オルトもセイも名残惜しそうに頷いた。
「そうだな。では、俺達はそれまでに少しでも城下町を元の状態に戻しておこう。お前は幼い時に幽閉されてしまったから……城下町を共に歩いた事もないもんな」
少しだけ寂しそうにラルフが言うと、ノアも泣きそうに笑う。
「楽しみにしてるよ。その日が早くやってくるよう、願ってる」
「ああ。少しだけ待っていてくれ。オルト、セイ、明日から忙しくなるぞ。もちろん、お前達も手を貸してくれるか? エリス、そして仲間たち」
「もちろんだ。俺達は勇者なんかじゃない。元々ただの傭兵だ。一国民として、あんたを支持するよ。その為にはいくらでも手は貸すさ、これからも」
「ありがとう、エリス!」
固い握手を交わした王と勇者、この時の事はレヴィウスの歴史書にもしっかりと書き残され、しばらくして幻だった島を出現させたのは賢王ラルフと勇者たちだったと語り継がれる事になる。
間もなくして、あれほど長年に渡って隠されていた幻の島が、とうとう姿を現した。
ずっと魔の海域と呼ばれていた場所はこの頃から波がとても穏やかになり、それはこの海域が気に入ったセイレーンが住み着いたからだと言われるようになった。
今では所々突き出た岩の上にセイレーンが時折姿を見せて、島にやって来る貿易船や観光船に向かって手を振ってくれるらしい。
余談だが、レヴィウスの歴史書には今もこの時の戦争では勇者がどこかから破壊の女神を召喚し、敵兵をあっさり殲滅した、と書かれているそうだ――。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます