第四百八十八話 魂の設定

「それは……途方もない……だろ?」

「途方も無かったよ。でもね、魂一つ一つに運命っていう設定がつけられてるとしたら、必ずまた同じ面子で集まる時代がある筈なんだ。僕は、それを探したんだよ。そしてここが一番近かったから、この時代を切り取ってゲームに巻き込んだ。妖精王の力を借りてね」


 妖精王にアリス・バネットの魂を戻す為に力を貸してくれと言ったのはその為だ。


 乃亜がいくらゲームを作ったとしても、この世界に干渉は出来ない。ましてやゲームとこの時代を融合させるなんて事、さすがの乃亜にも出来なかったのだ。


『妖精王、アリス・バネットの魂を戻す準備が整いました。どうか力を貸してください』


 ノアが言うと、妖精王は喜んでアリスの魂を戻そうとした。


 けれど、ノアは言ったのだ。


『これからAMINASというゲームとこの世界を繋いでほしいんです。そしてこの世界でゲームをクリアしたら、アリス・バネットの器が現れます。その時にアリスの魂をキャラクターのアリスの魂の設定だけを引き継いで戻してください』


 と。


「これが僕が妖精王に頼んだ事だよ。あちらの世界で売り出した『花冠』シリーズのストーリーをこちらの世界に持ち込んで、キャラクターのアリスに十八の壁を超えてもらう。その設定を引き継いだ魂を、アリス・バネットに戻してもらう。これがこの島で起こったゲームの強制力の原因なんだ」


 ノアが言うと、シャルルが大きなため息を落として机に突っ伏した。


 そんなシャルルの背中をシエラは心配そうに宥めている。仲間たちもノアの顔を凝視したまま、まるで人形のように動かない。


「ノア……あなた、相手は森羅万象を司る妖精王ですよ? そんな方に何て契約してるんですか……」


 妖精の血を引くシャルルにとっても、この世界で生きて来た者にしても妖精王は神にも等しい。そんな人にホイホイ自分の目的の為に利用するなど人間など、この世界には居ない。多分、それはあのアメリアでさえそうなのではないだろうか――。


「僕は僕の世界の神すら信じて無かったんだよ? そんな人間が他所の世界の神なんて信じてないよ。ただ、何でも出来る全知全能な人なんだな、ぐらいの認識だったと思うんだ。あ、もちろん今はそんな事思ってないし、思い出して今更ゾッとしてるけどね」


 そう、ノアにはレヴィウスでの記憶もルーデリアでの記憶もある。幼いころから妖精王は偉大だと聞かされてきた。だから全て思い出した時、何て事してしまったんだと心底落ち込んだが、後悔はしていない。こうしなければアリスは救えなかったのだから。


「それで、うまくいったのか? お前の計画は」

「そうだね。途中まではね」

「途中まで、ですか?」

「うん。僕の最終的な目標は『花冠フルバージョン』を完成させて実行する事だったんだ。そして、僕の記憶や思考、趣味嗜好を積んだAIをシャルル・フォルスターというキャラクターにしてゲームに追加する事だった」

「待って、それじゃあんた、何でわざわざ妖精王に体だけ持って行けって言ったの? 別に魂の転生なんてその時願ってないよね?」

「願ってないね。でも妖精王は代替わりするんだよ、リー君」

「……何となく何考えてたか分かったからもういい。聞きたくない」

「そう?」


 どれぐらいの年月で魂が転生するのかは分からないが、全てが終わって妖精王との契約が終わったら、ノアは次の妖精王に魂をシャルル・フォルスターに戻してもらおうと考えていた。どうせシャルは人工知能を持ったただのキャラクターだ。


 そんな風に簡単に考えていたのだ。あの時はまだ……。


 ノアはフイと視線を逸らしたリアンを見て小さく笑うと、ため息を落とす。


「不思議なものでね、ずっと彼らを作ってると愛着って湧いてくるんだよね。で、いざシャルとアリスが出来上がるとね、そんな事出来なくなってしまったんだ。だからもういいやって思ってさ。この二人が幸せになったら、それでいいやってさ。本当は、何百年も前にこの二人が幸せになるはずだったんだ。それがアリスの運命のせいで叶わなくなってしまった。アリスが愛したのはシャルル・フォルスターで、支倉乃亜じゃない。その事に気付いちゃったんだよ。とはいえ、もうゲームもAIも出来上がってしまっているし、今更性格とか趣味嗜好を変える事は出来ない訳だ。おまけに『花冠1・2・3』は既に発売済みだからストーリーも変えられない。どうしようか、どうすべきか悩んでた所に、また問題が発生したんだ」

「問題? 今度は何があったんだ?」


 既に大分ややこしい話にルイスが髪をかき上げながら言うと、ノアはニコっと笑った。


「倒れちゃったんだよね、僕。後はもうフルバージョンを追加するだけだって思ってたところにさ、病気で倒れたの。まぁ原因は明らかに日々の不摂生なんだけど、気付いた時にはもう取り返しのつかない所まで病状は進行してた。このままじゃAMINAS計画が駄目になる。焦った僕は、一つだけAMINASに機能を足した。それが、自動ループ機能だったんだよ。僕は何の因果か明晰夢を使って君達が進む道を先に見る事が出来た。本来なら僕はその夢の力を使って細かくAMINASの中のストーリーを上手くいくように書き換えてから実行するつもりだったんだ。たとえ何年かかってもね。ところが、それをしている時間が支倉乃亜には無くなってしまった。僕は強制力の設定を強くして、必ずその出来事が起こるようにしたんだ。そして、キャラクターのアリスにAIを搭載した。彼女だけは本当にキャラクターだから、ゲームを繰り返すうちに学習し、この世界を抜ける方法を自分で探すようにって」

「それで、全てアリスちゃんに託したって訳か……なるほどな。学習してるってのはそういう事なんだな。てことは、アリスちゃんが持ってる前世の知識っていうのは、そのAMINASから引っ張ってきてたって事かな? あと、シャルがお前の事散々急かしてたのも、支倉乃亜の死期が迫ってたからって事?」

「そう。どうしてもAMINASを手動で実行しなければならなかったからね。シャルはだから、僕に早く支倉乃亜に戻れって言いたかったんだよ。で、アリスとシャルだけはAMINASに繋がってる。シャルが色々と邪魔できたのはそれが理由なんだ。あ、でももう出来ないよ。彼のチート能力は僕がフルバージョンを実行してシャルルが強制終了した時点でゲームの強制力と一緒に消えたから。だから、これから起こる女王との戦いはガチだよ」


 ノアが言うと、皆が神妙な顔をして頷いた。そんな中、アリスだけが不安そうな顔をしてノアの袖を掴む。


「兄さま、私……ていうか、私だけがキャラクター……なの? じゃあ、やっぱり人間じゃないって事?」

「いいや。AMINAS計画の目的は、アリス・バネットを生き返らせる事なんだ。そして彼女は生き返った。つまり、魂はちゃんと戻ったって事なんだ。フルバージョンのお話はね、過去から始まる。アリス・バネットとシャルル・フォルスターの出逢いから結婚までの幸せなストーリーなんだ。その後、二人は時を超えて自分達の子孫に会いに来る。そんなお話なんだよ。つまり、あのストーリーがこの世界に適用された時点で、君はもうキャラクターじゃなくて、アリス・バネットの子孫って事なんだよ」

「それは……つまり歴史を変えたと言う事なのでは……?」


 愕然としていうキリに、ノアはコクリと頷いた。簡単に頷くノアに、皆がギョっとしたような顔をする。


「な、な、何て事してんだお前!」

「そ、そうだぞノア! お前自分が何やったか分かってんのか⁉」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る