第四百八十九話 生きていた人達

「分かってるよ。でもそんな支障ないと思うんだけどな。だって、これはあくまでこの島だけに適用されたんだよ。だから外の世界にも何の影響も無い。それに、何か起こっていたとしても、君達がこの世界に生まれた時点で強制力が始まってゲームのストーリーに何をやっても抗えないようになってた。初めの爵位がその都度バラバラだったのは、正しいメインストーリーに行くためにどれが最適かをAMINASが選んでたんだ。そしてそのまま強制終了した今、君達メインキャラクターを取り巻く環境は何も変わってない筈なんだ。ただ、キャラクター外の人達は分からない。リー君、ちょっと家に確認の電話してみてよ」


 そう言ってチラリとノアがリアンを見ると、リアンは心底嫌そうに顔を歪めつつ、恐る恐るスマホを手に取ってリトに電話をすると、嬉しそうにリトが電話に出た。


 そんなリトを見てリアンはホッと息を吐く。過去が変わった事でリトがどうにかなっていたらどうしようかと思ったが、どうやらそれは大丈夫だったようだ。


 と、その時、リトの後ろから誰かがスマホを覗き込んだ。その人物を見て、リアンはヒュっと息を飲む。固まるリアンの隣で、ライラも固まった。


『リアン! どうして私には少しも電話してきてくれないの⁉』

「か……かあ……さん……?」


 スマホの向こうで楽しそうに笑うのは、あの絵姿の人物だった。見た事もない、リアンの母親。エデル・チャップマンだ。リアンは思わずスマホを落としそうになったが、隣からライラが支えてくれる。


『なぁに? どうしたの? そんな幽霊でも見たような顔しちゃって! そうだ、次の休みにはこちらに戻るでしょう? ライラも来るわよね? そろそろ色々と準備を始めなきゃねーってアイラと話してたの!』

「は、はい、戻り……ますわ、叔母様」

『やだ! もうお義母さんって呼んでちょうだい! ねぇあなた?』

『そうだねぇ。僕も早くお義父さんと呼ばれたいなぁ……はぁぁ……念願の娘……』


 スマホ越しにうっとりする両親を見てリアンはゴクリと息を飲んだ。


「えっと、とりあえず次の休みには帰るから! 二人とも元気でね」


 何が何だかよく分からないがリアンが早口で言うと、二人はスマホの向こうでキョトンとして首を傾げて揃って手を振ってくれた。


 そんな仲の良さそうな二人を見て、リアンは愕然とした顔で電話を切ってノアを見つめ、早口で捲し立てる。


「ちょ、な、ど? へ、変態! か、母さん、母さんが生き返って……え? なに? これ、どうなってんの……?」

「珍しくリー君が取り乱しているな」

「ほんとだね……なるほど。一応、皆も知り合いに確認した方がいいかもね」


 カインが言うと、ルイスはハッと顔を上げて隣に居たトーマスを見て頷いた。


「確認します」

「ああ、頼む!」


 もしかしたら、もしかしたらサマンサも生きているかもしれない。


 トーマスがルイスの言葉に頷いてサマンサの実家に電話をした。


 しばらく会話をしていたトーマスの目から、突然涙がポロリと零れ落ち、電話をしながらルイスに向かって親指を立てて来る。


 それを見てルイスは思わずキャロラインに抱き着いた。それをキャロラインもしっかりと抱き留めて同じように涙を零す。


「キャロ、キャロ!」

「ええ、ええ! ルイス、良かったわね! 本当に良かったわね……これは奇跡なの? ノア」


 抱き合って喜ぶ二人をみて、アリスもシエラも嬉しそうに手を叩いて喜んだ。皆が幸せなら、それが一番いいアリス達である。


「まぁ、そう思いたいと思うんだけど、現実的な話をすると、多分当時のアリスが流行病に罹った時、実際には救えなかった訳だ。でも、ストーリーが適用された事で治療法が出来たって風に歴史が改ざんされたって事なんだと思うよ。持病に関してはどうしようもないけどね。リー君のお母さんにしてもそう。恐らくその流行病の治療法が確立した事で、医療全体が進んだんだと思う。出産に伴うリスクだって、きちんと対処すれば命を落とすリスクはぐっと下がる。ということは、もしかしたらレスターのお母さんも生きてるかも」

「え⁉」


 カインは慌ててそれを聞いてレスターに連絡を取った。レスターはすぐに電話に出てくれた。レスターはあの戦いの後、一度セレアルに戻って小麦の様子を見に行っていたのだ。


「レスター王子!」

『カイン様? どうかされたんですか? びっくりしました!』

「あ、いや、ちょっと変な事聞くんだけどさ……」

『はい?』

「その、レスターのお母さんって……」

『母さまですか? 母さまは今、療養の為って言って父さまと街に買い物に行ってますよ。やっと父さまとの再婚の手続きが終わったんです!』

「療……養……? 再……婚?」


 不思議そうなカインを見て、レスターはいつもの様に爽やかに微笑んだ。


『ええ! ほら、母さまは父さまと一緒にオピリアに侵されていたじゃないですか。その為の療養ですよ。でも、僕は思うんです。二人はそんな事言って本当はデートしたいだけなんだろうなって。母さまは女王に無理やり離縁されてたけど、やっと、やっとこれで家族が揃いました! それもこれも皆さんのおかげです。本当にありがとうございました!』

「あ、うん。そっか! じゃあ、帰ってきたらよろしく伝えておいて。ごめんな、忙しいのに邪魔して」

『とんでもないです! あ! ルウ、そこはさっきお水まいたから大丈夫だよ! それじゃあカイン様、また!』

「ああ、またな」


 カインは電話を切って皆を見渡した。どうやらレスターの母親は生きている上に、記憶も改ざんされているようだ。


「……生きてた。おまけに何か、ロンド様とは離縁させられてて一緒にオピリア漬けになってたってレスターは認識してるみたいなんだけど……ノア、これ、どういう事?」

「強制力のせいでしょ。思うに、アリスが全てをゲロしてここに居る皆を巻き込んだ時から、ここに居る人達だけはゲームの理から外れてたんじゃないかな。スイッチは多分、ループの事を知ったかどうか、なんだろうけど」

「ですが、理から外れていても僕達はなかなかループからは出られませんでしたよ? キャロラインもシャルルもそうです」

「それは、どうすればいいかが分かってなかったからだよ。理を外れてもストーリーの強制力は働いてるんだから」

「そっか……。そもそもループの記憶があるというだけで、この世界がゲームで出来ているだなんて夢にも思ってませんでしたもんね……」


 しみじみと呟くアランにノアは頷いた。


「それで、とりあえず過去が変わって今が変わった事も分かった。それで? 続きは?」


 ようやく泣き終えたルイスが鼻をすすりながら言うと、ノアはまた静かに話し出した。


「うん、それから僕はさっきも言ったみたいにAMINASにループ機能をつけて、シャルとアリスのアバターを作って、そこで……倒れたんだ。今度はもう、戻れなかった。支倉乃亜は脳に大きな腫瘍が出来てたんだ。それが原因で、いわゆる植物状態になってしまったんだよ。自分で呼吸は出来たみたいだけど、動いたり食べたりは出来ない。ただ心臓が動いてるだけで、意識はもうこの時点では支倉乃亜の中には無かった」


 ノアが言うと、ルイスはゴクリと息を飲んだ。


「植物……状態……怖い、病気だな」

「兄さま、頭の病気だったの……?」


 真顔でそんな事を言うアリスに、ノアは少したじろいだ。


「いや、何だろな。そんな風に言われるとちょっと違う意味にも取れちゃってあれなんだけど、まぁ、そうだね。で、僕は何の因果か、遠い遠いレヴィウスの第四王子として転生しちゃったって訳。でも支倉乃亜が死んだ訳じゃないのに転生っていうのも変な話だけどね。もしかしたら憑依に近いのかも」


 何かに納得したように頷いたノアに、仲間たちは皆呆れ顔だ。そんな中、カインが口を開いた。

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