第四百八十一話 バセット家の三兄妹
そんな事をしていると急に空が晴れ渡り、そんな空を見てゴクリと皆で息を飲む。
「モブ……晴れてきたよ……」
「……っすね」
「シャルル……どうなんの?」
「……分かんないっす」
「……」
リアンは思わず零れそうになる涙を堪えながら、目の前のノアの遺体に視線を移さないようにしていた。見てしまうと、きっと涙が零れ落ちると分かっていたのだ。
どうしてノアが犠牲にならなければならなかったのだ。どうしてシャルルは消滅しなければならないのだ。偽シャルルが言っていた書き換えたストーリーとやらはどうなったんだ。二人とも、アリスが好きだっただけだ。どうしてそれだけじゃいけなかったんだ。
誰に対しての怒りかも分からないけれど、ふつふつと沸き起こる怒りにリアンは耐えた。そんなリアンとは裏腹に、さっきからオリバーがスマホをずっと弄っている。
こんな時に一体何をやっているんだ、とオリバーのスマホを覗き込むと、オリバーがメッセージを打ち終わって顔を上げた。
「メッセージ送ってんの? ドロシーに?」
「そっす。何となく、嫌な予感がしたんであらかじめドロシーに言っておいたんすよ。もしかしたら、ドロシーの力を借りるかもしれないって」
オリバーがそう言ってメッセージをドロシーに送信してしばらくすると、目の前に桃を抱いたドロシーが現れた。それを見てリアンがギョっとしてオリバーとドロシーを交互に見つめる。
「ドロシー! 桃!」
「オリバー、どういう事? ノアさんが亡くなったって……嘘だよね? あとあの雲……なに?」
「嘘じゃないっす……ノアはシャルルに殺されたんっすよ。ドロシー、君にしか頼めないんだ。どうか、力を貸して欲しい」
オリバーがドロシーの肩を掴むと、ドロシーは真っすぐにオリバーの目を見て何かを探る。しばらくして、ドロシーはコクリと頷いてオリバーに手を差し出した。
広場から少し外れた小さな噴水の側にノアの遺体は置かれていた。
シャルルは消えた。沢山の綺麗な光に包まれて。その代わりに空には虹がかかり、待ってましたとばかりに小鳥が囀り始めた。
そんな中、キリはノアの遺体をじっと見下ろしていた。
「……ノア様……」
ずっとノアの従者で居ると決めた時からいつかはこんな日が来るかもしれない事はずっと覚悟していた。
けれど、それはもっと先の話だ。こんな若くして見送る事になるなんて、考えもしなかった。
アリスがブチぎれても、キリは一歩も動けなかった。情けなさすぎて泣きそうだ。
ノアの仇をとるのだと飛び出したアリスの背中を、キリは眺めている事しか出来なかった……ノアと約束をしたのに。アリスを共に守る、と。
ふと顔を上げると、アリスが広場の中心でたたずんでこちらをじっと見ている。そんなアリスを見て、キリは何かに納得したようにアリスに向かって歩き出した。
「本当にバカですね、お嬢様は」
アリスの前まで来ると、アリスはキリの顔を見るなり鼻をすすり大声で泣きだした。
ダラリと両手を下に下ろし、手から滑り落ちた刀もほったらかしだ。まるで子供のように空を見上げて泣き叫ぶアリスに、思わずキリの目にも涙が浮かぶ。
「ハグしますか?」
「ぶん」
アリスは頷いて両手を広げたキリに抱き着いて泣いた。いつもなら絶対に嫌味の一つも言われるだろうに、今日ばかりはキリはアリスに何も言わなかった。
その代わりに強い力で抱きしめてくるキリ。その手は小さく震えていた。
幼い頃から三人一緒で、誰も血が繋がってないけど兄妹だった。誰が欠けても駄目で、バセット家の三兄妹だなんてずっと言われてきた。アリスを溺愛する長男のノアに、アリスの事をいつも馬鹿にしてくる次男のキリ。そして破天荒で自由な一番下のアリス。
「ずっと、ずっと一緒って言ったのに……」
「ええ」
「また嘘……ついた」
「そうですね」
「キリも……居なくなる……?」
「いいえ。俺はずっと居ます。アリスの側に。ノアとの約束ですから」
「ほんと?」
「俺はノアと違って、嘘は吐きません。それにあなたを愛してるのはノアだけじゃない。俺もずっと、アリスは手のかかる妹だと思ってますよ。昔も、これからも」
「……うん」
キリはアリスに嘘は吐かない。それはとてもよく知ってる。アリスはその後もキリの腕の中でずっと泣いていた。そんな二人を仲間たちは遠巻きに眺めていた。
「……こんな終わり、嫌よ……」
広場の外からキャロラインが呟いた。そんなキャロラインの手を、ルイスがしっかりと握りしめてくる。そんなルイスの反対側の手は、レスターと繋がれている。
「どうしてこんな事に……どうにか、どうにかならないんですか⁉」
「妖精王と契約すれば生き返らしてくれるぞ……生贄が……いるけど」
レスターの言葉に答えたのはロトだ。妖精王は森羅万象を司る、神様みたいな存在だ。命を入れ替える事など容易くやってのける。
けれど、それをする為には必ず対価がいる。消えた物を復活させるには、それ相応の覚悟と対価が必要だからだ。
ロトの言葉に三人とも黙り込んだ。
「なんで……こんな事になったんだろうな……俺達は、無くしたモノが多すぎる……」
「仲間だったのよ……つい一週間前には皆で笑ってた……それなのに……どうして……」
ノアの作戦だった。シャルルを闇落ちさせて、偽シャルルが生まれる為のシナリオを追加させる。それが自分の責任だと言っていた。
でも、それはノアだけが背負うべき責任だったのだろうか? そのせいで大事な仲間を二人も失わなければならなかったのだろうか?
オリバーはドロシーに手を引かれ、王城の隣にある教会に足を踏み入れた。
「誰にも……内緒だったの……」
オリバーはきっと、ドロシーの魔法を知っていたのだろう。それが何故かは分からないが、オリバーにならバレてもいい。そんなドロシーの思いとは裏腹にオリバーは申し訳なさそうに視線を伏せる。
「うん」
「でも、今度は……失敗しない」
「うん」
「オリバーが頼みたい事、そういう事だよね?」
「……うん……ごめん」
伺うようなドロシーにオリバーが頭を下げると、ドロシーは慌てて手を振った。
「違う! 謝ってほしいんじゃなくて……私も、手伝えるんだなって……オリバーの役に……立ちたい」
そう言ってドロシーは泣きそうなオリバーを覗き込んで笑った。アリスのように、ニカっと。
さっき広場で見たアリスは、キリに抱き着いて大声で泣き叫んでいた。いつでも元気でどんな時でも破天荒なアリスが、ノアを亡くした、と。また嘘をついた、と。
そんなアリスを見てドロシーは何故かショックだった。幼い頃の自分とアリスが重なって見えたのだ。
「私だって、仲間だよ! 皆と一緒に戦う事は出来なくても……癒す事は出来る!」
そう言ってドロシーは教会の床に鉛筆でガリガリと魔法陣を描き出した。この魔法陣は母が教えてくれたものだ。母もドロシーと同じ魔法が使えた。色んな町を点々として暮らしていたが、ある日、それが悪い人達にバレてしまったのだ。そして……母は殺された。ドロシーの目の前で。ドロシーは母を助けようと魔法陣を描いて詠唱したけれど、上手くいかなかった――。
ドロシーはあの時の事を忘れた事はない。どうして失敗したのかも、今なら分かる。
一心不乱に魔法陣を描くドロシーの肩をオリバーに捕まれたかと思うと、突然抱きしめられた。
「ドロシー、ドロシー……ありがとう」
「うん!」
あの日、ドロシーは混乱していた。
詠唱の一部を間違えた上に、幼すぎて力が足りなかったのだ。白魔法の禁断魔法は特殊だ。エマのように一度きりの白魔法もあるが、ドロシーの場合は違う。逆なのだ。使えば使う程、魔力が増す。
ただ、使いすぎれば自分の寿命を縮めてしまうというもろ刃の剣だ。母はその事を知っていた。だからドロシーに予め教えておいてくれたのだ。いざという時にだけ使う様に、と。
それはきっと、今だ。
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