第四百四十七話 卒業パーティー
ホールの入り口に到着すると、既にそこにはパーティーの出席者でごった返している。
そんな中、端っこで手早くアリスとノアの髪を直したキリが大きなため息を落として言った。
「では、俺はこれで。後は楽しんできてください」
「うん! ありがとう、キリ。チョコレートのお菓子一杯ゲットしてくるね!」
「ええ、楽しみにしてます」
本当は持って帰るなど言語道断なのだろうが、そこはアリスである。ちゃっかりノアのポケットに袋を忍ばせていたので、あれに入れて持って帰ってくる気満々なのだろう。
その場から立ち去ったキリをしばらく見ていた二人は、前方に居る仲間たちに気付いたが近寄りはしなかった。今日は高位貴族から順番に呼ばれて会場入りするからだ。
「ほあぁぁ……キャロライン様めっちゃめちゃ綺麗……」
背伸びをしてそんな事を言うアリスに、ノアもキャロラインを見て首を傾げた。
「そう? 僕にはアリスのが綺麗に見えるんだけど……」
「……兄さま、私ずっと思ってたんだけど、一回目のお医者さんに行った方がいいと思う」
「どうして?」
「だって、私とキャロライン様並べたら誰がどう見てもキャロライン様のが綺麗だと思うもん」
「それはアリスの価値観でしょ? 僕はアリスが基準だから」
何たって自分の理想の女の子として作り上げたのがアリスなのだから、それはもう誰が何を言おうとも揺るがない。
「さ、お喋りは終わりだよ。はい、ここに手置いて。あ、アリスの卒業式にはもうキリに頼んであるからね。他の男と参加しちゃダメだよ」
「キリに? ライラとリー君と参加したいけど……そっか。あの二人はパートナーだもんね。仕方ない。ライラはリー君に譲ってあげよう」
カップリング厨のアリスとしては愛し合う二人の仲を引き裂く訳にはいかない。仕方ないのでキリと参加しよう。
アリスは大人しくノアの肘に手を乗せると、ノアを見上げて笑った。
「兄さま、卒業おめでとう!」
「ありがとう。先に卒業するけど、アリスが卒業する時は迎えに来るからね」
「うん!」
その時にはきっと全てが終わっているはずだ。まぁ、全てはアリスが無事に留年せずに試験にパス出来れば、の話なのだが。
いよいよ会場が開き、会場内には既に在校生達がルイス達を一目見ようと集まっていた。
一番に名前を呼ばれたルイスがキャロラインをエスコートしながら会場に足を踏み入れた瞬間、盛大な拍手と歓声が湧きおこる。
「……夢みたい……ほんとにストーリーが変わったのね……」
こんな盛大な出迎えはどの過去も無かった。というよりも、ルイスにエスコートされる事自体初めての事である。
「夢じゃないぞ、キャロ。これが現実だ。胸を張っていてくれ。キャロは俺の自慢の婚約者なのだから」
「ええ! これからもよろしくね、ルイス」
「もちろん。こちらこそよろしく」
互いの耳に口を寄せて内緒話をして笑い合いながら登場した二人に、さらに歓声と拍手が大きくなる。
「この後に出んの嫌だなー」
「大丈夫! フィルが居る!」
「うーん……それが一番心配っていうか、何でフィルは自前のドレスなんて持ってきてたの? そもそもこのパーティーにフィル出ていいのかな」
「いいに決まってる! フィルはカインの奥さんだし、授業もカインの肩で一緒に受けてたもん! パーティーにパートナーは必須だよ!」
「……あ、そう。まぁ、ありがとう」
何だかんだ言いながら、もうそろそろ否定するのが疲れてきたカインが言うと、名前が呼ばれた。それを聞いて元気なフィルはカインの腕を引っ張るように歩き出す。
会場に入ると、辺りはシンとした。次いで爆発したみたいな拍手にフィルマメントはにこやかな顔をしているが、先に待っていたルイスとキャロラインはあんぐりと口を開けてこちらを見ている。まさかフィルマメントを連れてやってくるとは思わなかったようだ。そりゃそうだろう。何てったってフィルマメントは思い切り部外者なのだから。
続いて伯爵家が呼ばれだし、アランが音もなく一人きりで会場に入って来た。胸のポケットには手作りの拙いスイートピーの花が挿してある。
「その花、どうしたの?」
キャロラインが問うと、アランは珍しく嬉しそうに微笑んで言った。
「アリスがね、今日の為に作ってくれたんだそうです。朝一番に送られてきたんですよ」
「まぁ、素敵ね! とても可愛らしいわ」
「ええ。何だか嬉しくて挿してきました」
「そりゃきっとチビアリスちゃんも喜ぶんじゃない? 彼女はずっとアランの帰り待ってる訳だし」
「はは、また忙しくなりそうです」
そう言って家で待っているチビアリスを思ってアランは軽やかに笑う。
そんなアランの笑顔を見て仲間たちはおろか会場中の人達が驚いたように目を丸くしてアランを見ている。
いつからかフードを取ったアランは、長い前髪のせいで相変わらず顔は見えないが、それでもこんな風に笑うような人ではなかった。この調子だとアランの顔を見られる日も近いかもしれない。
続いて子爵家が呼ばれ、最後に男爵家だ。
「ノアは結局アリスと来るのか?」
「そりゃそうでしょ。ノア争奪戦凄かったからなぁ」
「あれは少し怖かったわね……」
「……はい。でも顔色一つ変えないノアの方が怖かったです……」
「ああ。流石レヴィウスの第四王子だな」
「最後の最後に本性現すんだもんな。あいつ、ほんっとうに性格悪いわ」
このパーティーの為に何人もの少女達がノアのパートナーに名乗り出たが、ノアは相変わらずの笑顔で一人一人に言った。
『君にアリスの代わりが出来ると思うの?』
と。普段は当たり障りなく過ごして来たノアの最後の最後に女子達に見せた本性である。
それを聞いた少女達は皆ポカンとして立ち去るノアを眺めていたという。
男爵家は学年にオリバーとノアしか居ない。オリバーはやっぱり一人で入って来た。男爵家で地味な男オリバーだが、オリバーが入って来た瞬間、何故かあちこちから黄色い声が上がる。
「モブ、実は人気なんだな」
ポツリとルイスが言うと、キャロラインが横から肘で小突いて来た。
「モブは基本的には誰にでも優しいもんね。顔は地味だけどあの地味さがいいって子も結構居たみたいだよ」
「そうなんですか? 僕はそういうのに本当に疎いんですが」
「そう言えばアリスが言ってたわね。ゲームのオリバーは実は一番人気があったって。まぁ、アリスもゲームキャラクターなのだからそれはあくまでゲームの中のお話なのかもしれないけれど、地味なだけで整っていない訳ではないものね」
キャロラインが何かに納得したように言うと、オリバーが真っすぐこちらに向かってやってくる。
「あんた達ね、全部唇で何言ってるか見えてんすよ。どんだけ失礼なんすか」
暗殺者としての訓練を受けていたオリバーは唇を読む事も出来る。それを知った仲間たちはハッとして慌てて口を覆うが、もう遅い。
けれどあまりにも皆の行動が全く同じでオリバーはつい噴き出してしまった。
「はぁ、まさかこんな事になるなんて、思ってもみなかったっすよ」
「それはお互い様だぞ、モブ。さて、最後だな」
そう言ってルイス達は拍手の準備をすると、その名前が呼ばれるのを待った。
「さ、アリス。行くよ」
「うん!」
いつまでも外で待たされてそろそろ凍えそうな二人である。必要以上にくっついて暖を取っていたが、ようやくここで名前が呼ばれた。
会場に入った瞬間、盛大な拍手がアリス達を包み込む。中にははっきりとこちらを睨んでくる令嬢も居るが、目立ちたがり屋のアリスはやっぱりいつもの様に元気に皆に手を振ってみせた。それを見て会場中に笑いが巻き起こる。やっぱり、アリスはアリスだ。
「うん、やっぱり僕のアリスが一番可愛い」
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