第四百四十八話 ドンちゃんのポーズ、とは?

 会場中を見渡したノアが言うと、アリスはノアを見上げて困ったような顔をしていて、多分またノアの視力の心配をしているのだろうと思うと笑えてくる。


 こうして始まった卒業パーティーだったが、女王や偽シャルルが途中で何かをしてくる事もなく、とても平和に進行していった。


 けれど、パーティーが終わりに近づくにつれてキャロラインの顔が段々悪くなっている事に気付いたアリスは、そっとキャロラインに近寄った。


「キャロライン様、今日、一緒に寝てもいいですか?」

「え? ど、どうしたの急に」

「んー……何となく、今日はキャロライン様一人にしちゃ駄目かなって思って」


 アリスの野生の勘が告げている。キャロラインは今日は一人にしてはいけない! と。


 キャロラインはいつだって正義の人でとても心配性な人だから、きっと今も本当にまたループが始まってしまわないか怯えているに違いない。


 アリスがキャロラインの手を取ると、クラスメイトから離れてリアンと一緒にいたライラを呼んだ。


「ライラも! 今日はキャロライン様のとこにお泊りしよ! 女子会だよ! ミアさんも誘って」

「ア、アリス! それは皆に迷惑よ!」


 アリスはともかくライラまでこんな自分の心配に巻き込む訳にはいかない。そう思ったけれど――。


「楽しそう! 分かったわ。それじゃあパーティーが終わったらすぐに用意してキャロライン様の部屋に向かいます!」


 もちろんライラも気付いていた。キャロラインの表情が少しだけ暗い事に。だからこのアリスの提案にライラも快諾したのだ。


「あなた達……」


 そんな二人をキャロラインは涙ぐんで交互に抱きしめた。


 突然のキャロラインの抱擁にアリスはデレデレと鼻の下を伸ばし、ライラは恥ずかしそうに顔を真っ赤にしている。


 公爵家のキャロラインがこんな大衆の面前で涙を浮かべて子爵家と男爵家の娘を抱きしめたという事実は、会場内をどよめかせた。


 キャロラインは今や聖女と名高い。優秀で美人で何でもできる聖女様。


 けれど、そんな聖女が卒業式で涙を浮かべて下位貴族の友人との別れを悲しんだ事で、完璧だった聖女像が揺らぐ。


 そんな光景をじっと見ていたノアとカインは生ハムとビールを手に、二人でこっそりとほくそ笑んでいた。


「いいね。このまま聖女像をぶち壊してもらおっか」

「だな。しかしあのドレス、やっぱ似合うね。ルイスに任せたらマジでキャロラインが頭おかしい子みたいになるとこだった」

「それは言えてる。ルイスのあのセンスの無さ何なんだろうね。仮にも王子様なのに」


 ビールを飲みながらそんな事を言うノアに、カインも真顔で頷く。そんな二人の会話をいつから聞いていたのか、後ろからリアンが声をかけて来た。


「王子はさ、お姫様に幻想抱きすぎなんだよ。もしかしたらゲームのヒロインが良く見える魔法が王子限定でまだかかってんじゃないの?」


 リアンの中では既にキャロラインがヒロインという認識である。


 キャロラインのドレス選びに抜擢されたのはリアンだった。何故ならリアンが仲間内の中では一番欲目に囚われないからだ。


 それを聞きつけて面白そうだとついて行ったのはノアとカインである。実際、ルイスのセンスが酷過ぎて始終笑い転げていた事は秘密だ。


「言えてる。キャロラインには未だにピンクが似合うって思い込んでるもんな」

「あとリボンね。何であんなおっきなリボンばっか選ぶんだろ。ああいうのは五歳ぐらいで卒業でしょ」


 笑いを噛み殺して震えるノアとカインにリアンは白けた視線を寄越してくる。


「あんた達だって笑ってられないと思うけど。僕には見えるよ。二人が近い将来王子みたいにポンコツになる姿が」


 ルイスの事を笑ってなどいられないはずだ。特にこの二人は。片や妻溺愛確定の次期宰相と既にアリス溺愛中のノアである。そんなリアンの言葉にカインは黙り込み、ノアは何故か照れている。どうやらこっちは自覚があるらしい。


「結婚式のアリスのドレスは僕とキリで縫うつもりなんだ! その時にリー君にも手伝ってもらおうかな」


 冗談めかして言ったノアに、流石のカインもリアンも真っ青だ。


「冗談でしょ⁉ 凄い通り越して気味が悪いよ!」

「マジか……うわ、こいつ絶対ヤバイわ……」

「……酷いな、二人とも。冗談だよ、流石に」


 そんな二人の反応を見てノアが真顔で言うと、カインとリアンは互いに顔を見合わせて二人揃って疑いの眼差しを向けてくる。


「冗談に聞こえないんだよ。あんた本当にやりそうじゃん」

「そうだぞノア。お前、八割ぐらい本気だっただろ?」

「……」


 一体ノアはこの二人の中でどんなイメージなのか。


 そもそもウエディングドレスなどノアに縫える訳がないではないか。縫えるならノアだって縫いたいが、流石にそれは無理だと分かっている。


 だから卒業したらあちこちに顔の広いルードに頼んで腕の良いドレス職人と宝飾職人を紹介してもらうつもりだし、今回の事でリアンのセンスがとても良い事に気付いたノアは、絶対にデザインをリアンに頼むつもりだ。


 ノアは生ハムとビールを無言で食べきると、ポケットに仕舞ってあった袋を取り出してそこにチョコレートを放り込んでいく。


「……何やってんの?」

「キリにお土産じゃないの。アリスと同じぐらい変態はキリ溺愛してるし」

「あ、なるほど。ノア、こっちのが有名パティシエが作ったチョコレートらしいぞ」

「これも美味しかったよ。中にラズベリーソースが入ってた。ちなみに中のラズベリーソースはうち産だよ」

「ん、ありがと」


 そう言ってやっぱり無言で袋にチョコレートを詰めていくノアにカインとリアンは顔を見合わせる。


「そんな拗ねんなよ! お前らの結婚式、協力してやるから! な?」

「そうだよ。不本意だけど、デザインとかだけなら手伝ってあげるから!」


 二人が慌てて言うと、ノアはパッと振り向いてにっこり笑った。


「あ、そう? 悪いね、二人とも。ありがとう!」

「……お前、ほんっとうに性格悪いな!」

「……最悪なんだけど……」


 まんまとノアに乗せられた二人は諦めてノアの持っている袋にオススメのチョコレートを放り込んでいく。


 こんな時間も今日で終わりなのだ。そう思うと、何だか切なくなるリアンだった。

 


「キャロライン様! これ美味しい! こっちも美味しいですよ!」

「アリス、ちょっと食べるの止めなさいな。あなたさっきからずっと口に物が入ってるじゃないの。ほら、お水飲んで」

「アリスーキャロライン様ー笑って! はい、ポーズ!」

「ニカッ! 次ライラも入ろうよ!」


 ライラの言葉にアリスは急いでキャロラインの腕を取ってポーズを取って笑う。ちなみにキャロラインはさっきからずっと引きつっているが気にしない!


「ええ! アリス、次はドンちゃんのポーズで撮りましょう!」

「いいね! じゃ、ライラ翼ね!」

「いいわ。キャロライン様は胴体でアリスは下半身ね!」

「ちょ、ちょっと待ってちょうだい! 何なのドンちゃんのポーズって……そんな事よりも二人とも、少し落ち着きなさい。さっきから皆が戸惑ってるわよ」


 そう言ってキャロラインが周りを見渡すと、何人かの生徒がそっと視線を逸らす。そんな様子を見ていたアリスが何を思ったかポンと手を打った。


「皆もおいでよー! 一緒に写真撮ろうよー! レスターも早く早くー!」   

「ア、アリス⁉」


 キャロラインが止めようとすると、その言葉にレスターや皆が何故か嬉しそうにゾロゾロと集まって来た。


 それを見てキャロラインは一瞬何が起こっているのかよく分からなかったが、皆の顔がどこか嬉しそうな事に気付いて何かに納得する。

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