第四百四十五話 今アリス
「ふふふ、何だか少し楽になったわ、ありがとう。グリーン君」
そうだ。今回は自分一人ではないのだ。仲間が居る。今までのループとは全然違うじゃないか。何を怯える事があったというのだろう。
ようやく笑顔を浮かべたキャロラインが口を開こうとした瞬間、背中に強い衝撃が走って前のめりになった所をルイスに支えられた。
「キャロライン様ぁぁぁ! 卒業しちゃやだぁぁぁ!」
「ゴホッ! ア、アリス……あなた、ちょっと離れなさい」
「いや! もうずっとくっついてる!」
アリスはキャロラインの背中にグリグリとおでこを擦りつけてキャロラインにガッシリと張り付いた。
「キャロライン様の力で留年して!」
「バ、バカ言わないでちょうだい! 留年なんかしたら父様と母様が倒れてしまうわ!」
「だってだってー! もう学校で会えないの嫌なんだもん!」
「学校でって……今までも授業中とかは会えてなかったでしょう?」
「そうだけどそうじゃなくて! ひぃん! 卒業式嫌いーーー! 私も卒業するー!」
「……ノア、どうにかしてちょうだい」
とうとうキャロラインの背中に張り付いたまま泣き出したアリスのせいで、お通夜のような雰囲気も今日が運命の日だと言う事もスッポリどこかへ行ってしまった一同は、皆でタコの吸盤のように強力なアリスをどうにかキャロラインから引きはがしていると、一番遠いクラスのオリバーがそんな一団に近寄ってきた。
「何やってんすか。てか、こんな所で団子になってないで早く進んで欲しいんすけど」
「あ、ああ、すまん。アリスがタコのようにキャロに張り付いて取れなくてな」
そう言ってルイスは仲間たちを引っ張って団子の様になっている列から出た所で、やってきたキリがアリスの頭に特大のゲンコツを落とした。
それによってアリスは簡単にキャロラインから剥がれ落ちる。
「ちょっと目を離した隙に何やってるんですか、お嬢様。どうして最後まで皆に迷惑をかけるんです⁉」
「だっで、はだでどぅどいやだんだぼん(だって、離れるの嫌なんだもん)ーーーーー!」
「いいんですか? 迷惑かければかける程、キャロライン様や王子からは嫌われてお菓子を一生送ってもらえなくなりますよ」
「!」
キリの言葉にアリスは固まってキャロラインとルイスを見上げた。二人の顔は完全に苦笑いである。これはマズイ。非常にマズイ!
アリスはすぐさまキャロラインから離れると鼻をかんで涙を拭ってありったけの笑顔を浮かべる。
「卒業、おめでとうございます!」
「結局菓子が目当てか!」
「アリス……あなただけはほんとに……」
もう何だかごちゃごちゃ考えるのがバカらしくなってきたキャロラインは、アリスを抱きしめて言った。
「馬鹿ね。こんな事で嫌いにならないわ。それに色々あったけどあなたとこうして憎みあわずに卒業出来るなんて、今までの私には想像も出来なかった。毎回この日を怯えて向かえていたけれど、今こんな風に言えるのはあなたのおかげよ。ありがとう、アリス」
「ぎゃ……ぎゃどだいんざばぁぁぁ(キャ……キャロライン様ぁぁぁ)」
「泣かないのよ。まだ全て終わってないんだもの。最後まで共に頑張りましょうね、アリス。運命に打ち勝つのよ、皆で」
「はい!」
アリスはようやくちゃんと笑顔を浮かべる事が出来た。きっと涙で顔なんてグチャグチャだろうけど、下手したら鼻水も出ているかもしれないけど、そんな事どうでも良かった。
あの黒い本を書き綴った歴代のアリス達はどんな想いでこの日を迎えたのか、それは分からないが、きっと今のアリスとキャロラインの関係を見たら、やっぱり今のアリスのように泣きじゃくるのではないだろうか。
ここまでアリスはあの黒い本には一切何も書き残さなかった。それは必ずループから抜け出してみせるという強い意志があったからだ。
けれど、今日だけはこの事を書き残そうと思う。ただの日記としてあの黒い本を残したいと思ったから。このループから無事に抜け出した時、最後のページにはハッピーエンドを綴りたい。
「良い子ね、アリス。それじゃあ、またダンスパーティーで会いましょう」
「はい! また後で! 行こ! リー君」
「はいはい。早くしないとめっちゃ睨まれてるよ、僕達」
リアンがそう言って視線をホールに移すと、互いのクラスメイトの何人かがこちらを物凄い顔で睨んでいる。
「ヤバ! 私大道具運ばないと!」
「それでじゃん! 何であんたそんな重要なとこ引き受けてこんなとこで道草食ってんの⁉ 行くよ! もう。それじゃ、皆さん、卒業おめでとうございます!」
そう言ってリアンはアリスの耳を引っ張ってホールに足早に向かう。
ホールの入り口では待っていましたとばかりに集まって来たクラスメイト達によって二人はズルズルと連行されて行ってしまった。
何となくそんな二人の後についてこっそりホールを覗き込むと、アリスのクラスメイト達が次々にアリスの肩を叩いたり涙を拭いてやったりしている。どこへ行っても誰かにお世話されるアリスである。
「アリスがあんな風にクラスメイト達と何かしているのも初めて見るわ……」
感慨深そうに言うキャロラインに、ノアが首を傾げた。
「そうなの?」
「ええ。だって、あの子、どのループでもずっと一人ぼっちだったもの。いつもクラスの子達の輪から外れて一人で居たわ。ご飯の時も魔法練習の時も」
憎みあっていたとは言え、キャロラインはそんなアリスの事はいつも心配していた。庇いはしなかったが、心には引っかかっていたのだ。
そういう意味では、過去アリスが一番楽しそうだったのは攻略対象達と居る時だけだった。それを当時は誰にでもいい顔をするいけ好かない子と捕えていたが、本当は違ったのかもしれない。もしかしたら過去アリスはただ単に寂しかっただけなのかもしれない。そんな風に思うと、何だか切なくなってくる。
「そっか。アリスはああ見えて友達作るの下手くそなんだ、昔から」
「そうなんですか?」
アランの言葉にノアは真顔で頷く。
「うん。今アリスしか僕は知らないけど、変な所で気を使って自分から皆の手を放しちゃうんだよ。だから表面上は仲良く出来ても、キャロラインやライラちゃんやリー君みたいな友達は初めてなんじゃないかな」
ノアはそう言ってホールを覗き込むと、アリスが大きな机を一人で運んでいた。それを見てクラスメイト達は楽しそうに囃し立てている。
「だから余計にね、このままループを抜け出したいんだよ。きっと、このループがアリスにとっては一番良いループだろうから」
目を細めたノアに、仲間たちが全員無言で頷いた。
「アリスだけじゃないぞ。俺達にとっても、これが最高のループ回だ。そうだろう?」
「だな。もう何も知らなかった頃には戻りたくないよな、俺も。あーあー、あんなおっきい物一人で運んで……見て、リー君の顔!」
ヤバイ物でも見るような顔をしているリアンに、皆は思わず吹き出す。リアンの心の声が透けて聞こえてきそうだったのだ。
「こら! お前達いつまでも何やってんだ! 授業参観じゃないんだぞ!」
「?」
ふと気づくと周りには既に誰も居ない。居るのは仁王立ちして苦笑いしているイーサンだけだ。
「お前らな、娘の授業見に来てる家族みたいになってんぞ。アリスの事はいいからさっさと教室に戻れよ。お前らが一向に戻って来ないって苦情来てんぞ」
「そ、そうですか! すみません」
慌てて頭を下げたキャロラインに、イーサンはおかしそうに笑った。
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