第四百四十四話 運命の日

 現に今も頼まれても居ないのにクラーク家に居るドロシーの元には、桃を隊長にした戦士妖精達で出来たドロシーの親衛隊がいつでもドロシーを取り囲んで守っているという。


 これもまた、ヒロイン補正という奴なのかもしれないが、実際ドロシーはとてもヒロインらしい。


 そんなドロシーの想い人が仲間の中でも飛びぬけて地味なオリバーだと思うと、何とも言えない気持ちになるフィルマメントである。そんなフィルマメントの眼差しに何かを感じ取ったオリバーが言う。


「何すか? 何か言いたげっすけど」

「べ、別に何でもない! それじゃ、フィルはちょっと妖精達の近況聞いて回ってくるね! 行こう、マーガレット!」

「は、はい!」


 そう言って逃げるように去って行った二人を見てオリバーはため息をつき、カインは苦笑いを浮かべた。


「とりあえず、後は最後の決戦を待つのみだね。それまでにこっちは女王の仲間たちを全部外に一旦出してしまわないと」

「その前に、僕達はまずは卒業の準備をしなければ。試験は余裕でしょうが、生徒会の仕事が山ほど残ってます」

「お前はサボりすぎなんだよ!」


 いつだって保健室に引きこもっているアランに割り当てられた仕事は、まだほとんど手つかずの状態で残っている。


 それを一手に引き受けているのはいつだってノアだ。実質、アランよりもノアが生徒会のメンバーだった気がしないでもない。


「兄さま達はもうすぐ卒業か……寂しいな……」

「そう? ようやく静かになるのかって感じだけど」


 少しも寂しくなどないリアンが言うと、アリスが立ち上がる。


「寂しいよ! キャロライン様とルイス様のとこのおやつがもう食べられないんだよ⁉ はぁぁ……二年間もオートミールクッキーか……」 

「そこ⁉ そんなの定期的に王子とお姫様に送ってもらえばいいでしょ! 言っとくけど、あんたが心配すべきとこはそこじゃなくて、勉強だからね!」

「あ、そっか! リー君あったまいい! ルイス様、キャロライン様、週に一回ぐらいお菓子送ってくれたら嬉しいです!」

「ねぇちょっと、聞いてんの⁉」


 全然話を聞いていないアリスにリアンが怒鳴るが、それでもアリスは話を聞かない。


「はぁぁ……これとあと二年も一緒か……」

「リー君も早く楽になればいいのに! アリスの全てを受け入れると、大抵の事は些細な事よ」

「……ライラ、それ遠まわしにあいつの事、物凄くけなしてるよ……」


 何にしても、ノアというストッパーが居なくなった後の事を考えると今からすでに胃が痛いリアンである。


 そんなリアンの肩にポンと手が置かれた。顔を上げると、そこには真顔のキリと晴れ晴れとした笑顔を浮かべる従者達が居る。


「リアン様、一人ではありません。私もあと二年、ここに居る羽目になるので」

「僕達は王子について帰っちゃうけどぉ、頑張ってねぇ。応援してるよぉ」

「そうです。リアン様、心はいつだって一つです。応援していますよ」

「まぁ、あれです。アリス様の事は何かもう、そういう生き物だと思って、ね?」

「キリはいいとして、あんた達、顔に全部出てるんだよ! 何でそんな晴れ晴れとしてんの⁉ 何で僕はこいつと同級生なの!」


 とうとう自分の年齢を責めだしたリアンに、とうとう周りは同情の視線を向けて来る。


「まぁまぁリー君! そんなカリカリしないでこれからもよろしく! だぞ!」

「誰のせいだよ! ああ、もう!」


 アリスとライラの手綱をこれから一人で握るのだと思うと先が思いやられる。だからこそ少しでも心労を減らしたいリアンだ。


 上級生たちが卒業するまでのわずかな時間を大切したいという気持ちはもちろんあるが、それを差し引いても、それから先の事を思ってため息しか出ないリアンだった。


 

 偽シャルルのバグハントが上手くいかないまま二か月が過ぎ、とうとうルイス達の卒業式が学園で行われた。


 ルイス王子の卒業式とあって豪華な卒業式にしようと学園側はずっと準備をしていたのだが、当の本人が今はそれどころではないのであまり派手にはしなくていいと言い切った為、思ったよりもずっと質素な卒業式になってしまったと校長は悔しがった。


 けれど、ルイスが派手な演出を断ったのには、実は他に理由がある。


「何故俺だけゴンドラで登場なんだ! おかしいだろう⁉」

「まぁまぁ、ルイス。落ち着いてちょうだい。校長も嬉しかったのよ、きっと」

「でもゴンドラはないよなー。俺だって嫌だわ」

「でも少し見て見たかった気もしますけどね」

「あんなの喜ぶのアリスぐらいだよ。でも僕もちょっと見たかったな。ルイスの雄姿」

「お前達が見たかったのは俺の雄姿じゃなくて、俺が赤っ恥をかくところだろうが!」


 ヒソヒソと校長の長い挨拶の合間を見計らってそんな話をしていると、遠くからイーサンが睨みつけて来た。どうやら話過ぎたようだ。


 その後も淡々と卒業式は進み、卒業証書の授与の為、檀上からキャロラインの名前が呼ばれた。


「何だかこうやって実際に卒業すると、色んな事があったわね……特に後半」


 無事に卒業証書を受け取ったキャロラインが戻ってきて言うと、ルイスは苦笑いを浮かべて頷く。


「俺も今正に同じ事を考えていた。入学式も色々あったが、今思い出せば懐かしいな」

「言えてる。あの時はノアの事は単なる男爵家の長男か、ぐらいにしか思ってなかったのにな。まさかこんな事になるなんて、夢にも思ってなかったよ」


 そう言って笑うカインに、ノアがチラリと横から睨んでくる。


「喧嘩吹っ掛けられたのを、僕は一生忘れないけどね」

「いや、あれはお前が先に嫌味言うからだろ?」

「嫌味っていうか、真っ当な事を言っただけだよ。それを後からギャーギャー言ってきたのはそっちだよね?」

「あの時はなー……男爵家なんてミジンコぐらいにしか思ってなかったからなぁ」


 しみじみと言うカインに、ノアは小さく噴き出した。


「そこは今もだから別にいいよ。うちはしがないミジンコ男爵家だよ。昔も今も」


 キャロラインに続き一人一人名前が呼び上げられて、卒業証書を手に戻って来る。


 学校行事なんて大した事ないと思っていても、実際に卒業するとキャロラインではないが、感慨深いものがある。


 ようやく全員が卒業証書を受け取り、並んでホールを出ると、待ってましたとばかりに入れ替わりで下級生達が面倒そうにゾロゾロとホールに入って行く。この場所はこの後、ダンスホールに模様替えするのだ。


「……いよいよね……今日と言う日を無事に乗り越えられる事を祈ってるわ」


 ホールを出て入れ替わりに入って行く生徒たちを横目にキャロラインが言うと、仲間たちが神妙な顔をして頷いた。


「そうか、今日が運命の日なんだな」

「そうよ。夜のダンスパーティーがラストシーンなの」

「あー……ヤバイ、俺もちょっと怖くなってきたわ。ノア、もしまたループしたら、ちゃんと俺の事殴ってでも仲間に入れてくれな」

「まぁ、次も僕が居ればね」


 シレっとそんな事を言うノアにルイスが隣からガシっと腕を掴んでくる。


「そ、そんな事言うな! いる! お前も絶対にいる!」


 うっすら涙目でそんな事を言うルイス達の後ろから、聞きなれた声が聞こえて来て振り返ると、そこには呆れたような顔をして立っているリアンがいる。


「あんた達さー、揃いも揃って何でそんなお通夜みたいな顔してんの?」

「リー君! もしまたループしても、リー君もズッ友だぞ!」

「王子までアリスみたいな事言わないでよ。それに何でループする事前提で話進んでんの?」

「リー君、そうは言うけど、私は何度もこのシーンを見てるのよ……毎回今日と言う日に怯えて、そしてまた子供に戻るを繰り返してるからもう、何て言うか……胃が痛いわ」


 お腹を押さえて顔色を悪くしたキャロラインに、リアンのポシェットからひょっこり顔を出したグリーンが、胃薬をキャロラインに差し出してくる。それを見て思わず噴き出したキャロラインは、グリーンからそれを受け取って頭を撫でた。

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