第四百三十五話 仮面のアーロ ※一部残酷描写が含まれます。

 一方アリスはノアの言う通り真っすぐにパパベアの元へ向かって居た。


 しかしアリスはすっかり忘れていたのだ。クマはこの時期は既に冬眠中だという事を。パパベアの寝床を覗いて確認した所、パパベアはスヤスヤと眠っている。


 仕方なくアリスは声を潜めてさらに奥に進み湖に辿り着くと、そこには水鳥の妖精達が人の姿になって戯れている。青白い光をまとって互いの髪を洗う様はとても幻想的で美しい。


 水鳥の妖精達はアリスを見て片手を上げた。


「こんばんは! ちょっとだけお水飲んでもいい?」


 アリスの問いに妖精達が笑顔で頷くのを見て、アリスは湖の水をごくごくと飲みだした。


 水鳥は綺麗な水辺にしか生息しない。つまり、ここの水は綺麗である! そんなフワっとした認識で大丈夫だと判断したアリスである。


 その時だ。ふと水を飲んでいたアリスが水を飲むのを止めて顔を上げた。妖精達も何かに気付いたかのように急いで水鳥の姿に戻ると、一斉に陸に上がって来てアリスの後ろに回り込む。


 真っ暗な森の奥、じっと目をこらすとこちらに向かって歩いて来る男の声が聞こえて来た。


「水鳥さんたち、バセット家に避難してて。あれ、多分領地の人じゃない」


 アリスの言葉に水鳥達は頷いてその場からすぐさま逃げた。


 その羽音が聞こえたのか、森の奥から数人の男達が手に大きな網を持って姿を現したではないか。アリスは咄嗟に木の陰に隠れて様子を伺う。


「おい! 本当にここに居たんだろうな⁉」

「絶対にここだ! この森に迷って入っちまった時に見たんだ! あれは間違いなく水鳥の妖精だった!」

「水鳥の妖精か~噂ではすんごい美人なんだろ? 上手くいきゃ高くで売れるぞ!」

「その為にはまずその妖精を探さねぇと。おい、手分けすんぞ」


 そう言って男達はガサガサと網を持って歩き出した。


 そんな事を木の陰で聞いていたアリスは思わず拳を握りしめ飛び出そうとした所で、アリスを追いかけてやってきたノアとキリに肩を捕まれ口を塞がれた。


「んー!」

「しっ! アリスちょっと様子見よう。大丈夫、逃がさないよ。キリ、ルードさんに貰った犬笛鳴らして皆をここに集めて。ただし、静かにあいつらに気付かれないように」

「分かりました」


 キリはポケットに入れていた犬笛を短く三回吹いた。そして少し間を開けて小刻みに二回噴く。これで狼達は静かにどこからともなく集まってくるはずだ。


「おい、誰も居ないぞ?」

「それにしてもここ、変な森だよな。突然ポツンとあるんだからさ」

「……確かにな。もしかして、この森の奥に何かあるとか?」


 男はそう言ってお互いに顔を見合わせて笑みを浮かべた。


「こういう所には大抵何か隠してる。もしかしたらキャスパーを出し抜けるかもな、アーロ」

「ああ」


 アーロと呼ばれた男が、森の奥から現れた。年齢はアーサーぐらいだろうか。癖のある黒髪と、顔の半分を覆った仮面が印象的だ。


「よし、じゃ手分けするか!」


 そう言って男達は四方に散らばり始める。それを見てノアは小さな声でアリスに囁いた。


「アリス、あのアーロって奴以外は好きにしていいよ。あのアーロは僕に任せて。ほら、ゴー!」

「……」


 コクリ。アリスは目の前で散らばって行った男達を静かに追った。途中で拾ったツルを鞭のように握りしめて。


「しっかし真っ暗だな。虫の声一つ聞こえないのも不気味だ」


 男達はまさかこんな深夜に少女が森を徘徊しているなどとは夢にも思っていなかったのだろう。完全に油断していた。


「っ!」


 突然空から軽やかに空から舞い降りて来た少女を見て、男はゴクリと息を飲んだ。


 そして何か言葉を発しようと口を開けた瞬間、思い切り正面から殴られて真後ろに吹っ飛ぶ。何か嫌な音が耳の奥でした気がしたが、それ以上はもう、何も考える事が出来なかった。


「……ひとり」


 アリスは意識を失った男を見下ろしてすぐさま動き出した。地面に耳をつけて意識を集中すると、右の方から土を踏みしめる音が聞こえてアリスはゆっくり歩き出す。


 二人目と三人目はすぐに見つかった。真っ暗な森が怖いのか、二人でおどおどしながらさっきから同じところをグルグルしている。


 アリスは二人に気付かれないように近くの木に登ると、ツタを木に巻き付けて強度を確かめた。


「何でこんな仕事しなきゃなんねぇんだ! 俺は販売専門だぞ?」

「俺だってそうだよ! ったく、奴隷が足りないから俺達まで狩りだされるなんて……」


 あの突然現れた勇者とやらのせいで奴隷がどんどん解放されていく。その煽りを食らった男達は忌々し気に舌打ちなどしている。その時、木がガサガサと揺れた。


「?」


 驚いて振り返った二人の目の前に飛び込んできたのは、足の裏だ。足? 


 そう思った瞬間、顎に衝撃が走りやっぱり体は後ろに吹き飛んでいた。


 一体何が起こったのかも分からぬままどうにか立ち上がろうとした所に、今度は頭に衝撃が走り、男二人は完全に伸びてしまう。


「ふたぁり、さんにぃん」


 何だか楽しくなってきたアリスは意気揚々と木に巻き付けたツタを解いた。これにぶら下がって振り子の要領で正面から蹴りを入れてみたが、内心はツタが切れやしないかヒヤヒヤしていたアリスである。


「よし次!」


 また地面に這いつくばって足音を聞くアリスの耳に、どこからともなく悲鳴が聞こえてきた。それを聞いてアリスはすぐさま走り出す。


 声のした方を目指して走っていると、どこからともなくルンルンがやってきた。ピッタリと自分の隣を走るルンルンの頭を撫でると、ルンルンはクルリと方向転換する。


 それについていくと、あろうことかパパベアがこの騒ぎで冬眠から目を覚ましてしまったようだった。


 巣穴の前で立ち上がるパパベアは3メートル近くある。奥にはきっと奥さんと子供達が居るのだろう。彼はとても家族想いなのだ。


「ひ、く、来るな! こっちに来るな!」


 パパベアの前ですっかり腰を抜かした男二人がじりじり後ずさるが、そこに巣穴からやっぱり目を覚ましてしまった子熊がピョコピョコと姿を現した。


 それを見た男は何を思ったのか、子熊の足を咄嗟に掴んで無理やり自分の方に引き寄せると、子熊を抱えてナイフを子熊に突き付ける。


「へ、へへ、これで襲ってこれねーだろ? 殺されたくなかったらさっさとどっか行けよ!」

「あ、馬鹿!」


 それを見たパパベアの目の色が変わる。それに気づいたアリスは咄嗟に木の陰から飛び出して男達に向かって叫んだ。


「早く子供を離して!」


 突然現れたアリスに男達はニヤリと口の橋を上げて言う。


「んな事する訳ねーだろ? クマが人間様に敵う訳ねーんだよ!」


 そう言って子熊の足にナイフを突き立てた男の体が、間髪置かずに吹っ飛んだ。子熊も一緒に。


 アリスは走って子熊を抱き留めると、すぐさま子熊の足のナイフをしっかりと固定して、ルンルンに咥えさせて早口で言う。


「ルンルン、この子をすぐに家に運んで! ハンナの所に連れて行けばすぐに治療してくれるから!」


 アリスが言うと、ルンルンは尻尾を振って駆け出した。それを見送ったアリスは呆然と目の前で起こった事が理解出来ない、辛うじて意識のある男を見下ろして言う。


「人間がクマに勝てる訳ないでしょ? ましてや冬眠中のクマの気性はとんでもなく荒いのに。てか、子供を盾にとんな! そんな戦い方しか知らないんなら、初めから喧嘩売んじゃねぇよ! 差しでかかってきな! いくらでも相手してやるからさぁ!」

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