第四百三十三話 結界の届かない領域
「流石商売人っすね」
感心したように頷くオリバーだったが、根底にあるのは信頼関係のなせる技である。お互いに信頼していないとこんな事は決して出来ない。
オリバーの言葉にリアンとノアは苦笑いを浮かべて頷いた。
「まぁ、僕だって腐ってもチャップマン商会の社長だから、これぐらいはしないとね。それで、どうやって各所に配るの?」
「ああ、それなんだがな、転移魔法を使える妖精達が手を貸してくれるそうだ」
「へぇ、いいじゃん。次期宰相が頼んだの?」
「いや、俺は何もしてないよ。ほら、色んな所で妖精達が住みやすいように開拓しただろ? あれ知って色んな妖精が名乗りをあげてくれたんだよ」
妖精は自由で奔放だが、恩は決して忘れない。恨みも忘れないが。その為、同胞が受けた恩を勝手に返そうと一部の妖精達が立ち上がったそうだ。
「本当に助かるわ。アリスの魔法もいい感じに効いてたみたいだし、逆に今まで酷かった領主は手酷いしっぺ返しを既に受けたみたいよ」
キャロラインはそう言って苦笑いを浮かべた。
どこにだって、どれだけ心を砕いても話を聞かない人はいるもので、そういう人達は早々に税を民たちが治めなくなったとルカに泣きついてきたという。
今までしてきた事のツケが回ってきただけだとルカはその嘆願を一蹴し、再三ルカやロビンの意見を聞か無かったくせにこんな時だけすり寄ってくるのは腹立たしいと、ルカが怒っていた事をヘンリーに聞いたキャロラインは、申し訳ないとは思いつつも笑ってしまった。
キャロラインが見て来た飢饉では、決して笑いごとでは済まなかった事態も、今回は大分緩和されているように思う。何せ笑える程度で抑えられているのだから。
それから一月もしないうちにルーデリアからグラン、フォルスにもアリス工房で作られた乾麺と缶パン、そしてレトルトの配布が開始された。それらは全てキャロラインがコツコツと今まで積み上げてきたものだと皆が知る事になったのもこの頃だ。
今までフワっとしていた聖女のイメージが、飢饉によって急に現実味を帯びた瞬間だった――。
年末に怒涛の様に襲ってきた飢饉は、年が明けて今の所は最小限で食い止められていた。
やはり本来のゲームのシナリオとは違い、小麦が半分は生き残っている状態だったのが救いだったのだろう。
「いや~頑張った甲斐があったね!」
アリスがバセット領でキャシーのバターサンドを袋に一生懸命詰め込みながら言うと、隣でそれを手伝っていたノアも頷いた。
「ほんとだね。ところでアリス、これはさっきから何をしているの?」
「あのね、キャシーのバターサンドをね、キャロライン様が食べたいわって言ってたんだって! だから送るの。もうちょっとでキャロライン様ってばお姉さんになるんだし! お祝いだよ!」
そう言って大きくつなぎ合わせた虹色手帳に大量にバターサンドが入った袋を包んだアリスは、虹色手帳に『キャロライン様の所♡』と書いた。すると、次の瞬間には目の前からバターサンドが全て消える。
「えへへ! 成功成功。キャロライン様喜んでくれるかなぁ?」
「多分ね。で、アリス。ドンなんだけどね」
そう言ってノアはチラリと庭を見た。庭にはドンと、何故か真っ白で目が銀色の大きなドラゴンが居る。
「うん?」
「あれは結局誰だろう?」
「分かんない」
「ドンの彼氏……とかなのかな」
「かなぁ? キリがめっちゃ怒ってたね」
そう言ってアリスは白ドラゴンがやってきた時の事を思い出した。
三日前の夕方、天地返しを無事に終えて皆で食事をしていた所に、突然庭に最近夜遊びばかりしているドンがやってきたのだ。
ドンが食事している部屋の窓をしきりに叩いて何かをアピールしてくるので外に出て見ると、そこにはお腹の辺りに血を滲ませた真っ白なドラゴンが倒れていた。
そんな光景を見ては居ても経ってもいられないアリスである。すぐにアランに電話して大量の薬を分けてもらい、白いドラゴンのお腹の毛を刈り取って薬を塗り込んだ。アレックスの薬は大変よく効く。
翌日には白いドラゴンはすっかり元気になり、その後元の所に返してきなさい! と怒鳴るキリとドンの嫌だ! と駄々をこねる攻防が小一時間繰り広げられ、そんな二人の喧嘩を止めたのは他の誰でもない、白ドラゴンだった。
白ドラゴンはどこからかっぱらってきたのか、キリに金貨を二枚渡して頭を下げたのだ。
それを見たキリは大きなため息を落として金貨をドラゴンに返すと、ドンに言った。
『……食料は自分達でどうにかするように!』
と。
それから白ドラゴンはアリスに何だか強そう! という理由で『スキピオ』なんて名前を付けられてバセット家の庭に今も居る。たまにドンと二人でどこかに行って、また戻ってくるのだ。あたかもここがもう自分の家だと言わんばかりに。
しかし何故スキピオなどと付けたのか。ドンとは偉い違いである。
「まぁ、もう何でもいいけどね、こうなったら」
諦めたようにノアがいうと、アリスがいつものように嬉しそうに笑った。
「どんどんうちはカオス化していくね!」
「……だね。カイン辺りに言ったらすぐ飛んでくるんだろうね」
そう言いながらノアは今度はじゃがいもの皮むきを手伝うのだった。
スキピオが住み着いて三日目の夜、ノアはいつものメンバーを集めた。
「うちにね、白いドラゴンがやって来たんだよ」
おもむろにそんな事を言うノアに、案の定カインとオスカーが目を輝かせて立ち上がった。
「マジか! え? 今から見に行っていい? てか、今日そっちに泊まっていい⁉」
「し、白いドラゴンですか⁉ 俺も見たいです!」
「あ、うん、ごめん落ち着いて、カインにオスカーさん。本題はそこじゃないんだ」
「あ、そうなの?」
「すみません」
しょんぼりと席についたカインとオスカーにノアが苦笑いを浮かべつつ話を続ける。
「そのドラゴンがね、一体どこから来たのかなって思ってさ」
「別にドラゴンがどこから来ようと関係なくない?」
リアンが言うと、ルイスもキャロラインも頷いている。そんな事よりも何故バセット家には次から次へと色んな生き物が集まるのか、そちらの方が不思議である。
「そう思うでしょ? ところがね、面白い事が分かったんだよ」
「面白い事?」
「うん。その白ドラゴン、どうも外から来たんだよね」
「外から? どうやって? ドラゴンがフェアリーサークルをくぐったのか?」
ルイスの言葉にノアは首を振った。
「まさか! 空はね、どうやら自由に行き来出来るって事が分かったんだよ」
ドンとスキピオはしょっちゅうどこかへ二人で行く。その事を不審に思ったキリが、二人にレッド君とレッド君αを持たせたのだ。すると面白い事が分かった。
戻って来た二人からレインボー隊を回収したノアは島の地図を二人に見せて聞いたのだ。あの二人がどこへ行っていたのか、と。すると、二人は揃って島の外を指さした。そこはエリスの故郷、メイリングだったのだ。
それを皆に伝えると、皆がギョっとしたような顔をする。
「そ、それは本当なのか⁉」
「本当だよ。レッド君達が僕達に嘘を言う必要もないし、ドンはスキピオと一緒に毎晩メイリングにデートに行ってるんだ。つまり、空にはゲームの結界は張られてないって事だよ」
海は行き来が出来なくなっている。
けれど、どうやら空には結界は張られていないらしい。つまり、下手すれば空から攻撃をされる事があるかもしれない、という事だ。
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