第四百二十三話 キリの女主

「俺はノア様に一生仕えるつもりでいますが、もしもあなたがノア様と一緒にならないのであれば、必然的に俺の女主は違う方になると言ってるんです」

「それは……兄さまが他の人と結婚するって……そういう事?」

「はい。ノア様はあなたと結婚しない限りバセット家を継ぐことは出来ません。そうなると必然的にノア様はバセット領を出る訳ですから、結婚はしないにしても、俺もノア様もここを出るほかありません」

「やだよ! そんなの絶対に嫌!」


 キリの言葉にアリスは思わず立ち上がって涙を浮かべた。ノアとキリが居なくなる? そんなの絶対に嫌だ!


 拳を握りしめたアリスを見て、キリはコクリと真顔で頷いた。


「俺だって嫌ですよ。出来るなら女主もあなたがいいです。ですが、あなたが腹をくくらない限り、それは遅かれ早かれやってくる事実ですから」

「……だ、だって……そんな事言ったって、兄さまはずっと兄さまだったんだもん……そんな突然無理だよ……」


 今まで兄だと思っていた人がある日急に兄ではなかったと聞いて、そんなすぐに切り替えられるものだろうか? 


 少なくともアリスには無理だ。そりゃノアとはずっと一緒に居たい。もちろんキリも。それにキリが今言った事も、目を背けてただけで分かってた事だ。


「結婚……するなら兄さまがいい……それでずっと一緒に居られるなら……」

「言っておきますが、結婚したら次は跡継ぎを残すんですよ? それは分かってますよね?」

「分かってる! ちゃんと……分かってる」


 要はノアとそういう事が出来るのか? とキリは言いたいのだろうが、生憎アリスにはそんな事考えもしなかったので分からない。


 というか、ノアとそんな雰囲気になった事がない。


 すっかりしょげてとうとう俯いてしまったアリスを見て、キリは小さなため息を落とした。


「まぁ、今すぐに決めなくていいです。ただ、少しはノア様の事も考えてくださいね」

「うん……考える」

「ええ、そうしてください」


 キリはそう言ってアリスの頭を軽く撫でた。そんなキリにアリスはハッとして顔を上げる。


「俺だって、ずっとあなたに仕えたいんですよ。それに、猿をこの領地に野放しにするのは気が引けます」

「……もう! 猿じゃないもん!」

「はは!」


 珍しく声を出して笑ったキリを見て、アリスは考えた。


 メインストーリーが終わり、全てが片付いた後のその先の未来はアリスが考えなければいけないのだ。そこから先は、アリス自身が決めていけなければいけないのだから――。


 

 城には既にルイスとカインとキャロラインがルイスの部屋に集まっていた。そこへ少し遅れてアランが到着して、リアンとライラとオリバーもやってきた。


「アリス達、遅いわね」

「だな。何なら一番にやってくるかと思ったが――うわぁ!」


 ルイスは目の前に突然現れたノアを見て、ソファからずり落ちた。そんなルイスを無視してノアはキョロキョロと部屋を見渡して首を捻る。


「あれ? アリス達まだ来てない?」

「ん? お前達一緒じゃないのか?」

「うん。あの後偽シャルルに二人は強制送還されちゃったんだ」


 まるで何でもない事のようにノアが言うと、当然皆は目を剥いた。


「は⁉ なんで! てか、何でそういう事をシレっと言うかな⁉」

「いや、本当に大した話じゃなかったんだよ。カミングスーンとフルバージョンについて聞こうと思ったんだけど、それは僕の記憶の中にある、って言われて終わり」

「……それだけ?」

「それだけ。だから僕の方が先に着いたんだよ」


 不思議そうに首を捻ったキャロラインにノアはコクリと頷いた。嘘は言ってない。ただ他の事は黙っているだけである。


 遅いなぁ、などと言ってスマホを弄るノアを見てキャロラインとルイスは安心したように胸を撫で下ろす。


「じゃあ待っている間にこれを先に聞きますか?」


 アランがそう言って取り出したのは傍受から移したあちら側の会話だ。それを見て、皆の間に緊張感が走る。


「じゃ、再生しますね」


 宝珠にアランが手を翳すと宝珠が光り、最初に聞こえてきたのはエミリーの声だ。


『最近はあちこちに騎士が居てやりにくいわね。『傍受』のかかった物も片っ端から処分されてて女王がイライラしてるわ。まぁ、学園に届けた花と花瓶が生きてるのが幸いね』

『全くだ。上手く誤魔化してるが、あちこちに騎士が潜んでやがる。こんな時頼りになるのがユアンだったんだが』

『ユアン? ああ、処刑された人?』

『そうだ。あいつは悪知恵が得意だったんだが、あっけなく誰かに陥れられたんだ……くそ! 本当にいざって時にいつだって間抜けなんだよ、あいつは! その点アーロは無口だが信頼は出来る。あいつは頭はいいが、応用がきかない上に素直なんだよ。だから扱いやすいんだ、昔から』

『アーロねぇ、しょっちゅう居なくなるじゃない、あいつ。……そのユアンって人も、処刑されたんなら仕方ないわ。あの白魔法使う子供を捕まえて復活させるしかないんじゃない』

『あれもな、そもそも見つけたのはユアンだったんだ。なのに逃げられちまって。せっかく小娘の母親捕まえて殺したってのに、最後の最後でポカする』

『はぁ、何にしても参るわよ。女王、最近私達にまで八つ当たりするのよ? どうにかならないの?』


 どうやら部屋にはエミリーとキャスパーしか居ないようだ。二人は『反射』がかけられているとも知らず、話し続ける。


『あれはただのオピリア切れだろ? あっちでも最近勇者に畑二個も潰されたって騒いでたし。にしても、教会もとんだ化け物育てたもんだよな。あっちでもこっちでも聖女になろうとしてるんだからな』

『聖女から一番程遠いくせに、よく言うわ。あんたもいい加減な所で見切り付けた方がいいんじゃない?』

『いや、俺はもうどのみちどこにも戻れん。それに、女王が狙ってる第四王子は馬鹿なんだろ?』

『ええ。勉強がちょっとできるだけの馬鹿よ。ただ、記憶失くしてるのよね。それだけが気になるわ』

『レヴィウスの事なんて何も覚えてないんだろ? そんなんであの島の大いなる秘密なんて分かるのか?』

『どうかしらね。捕まえてみたら分かるんじゃない?』

『簡単に言うなよ。ギフトの方も失敗したし、裏切者が居るのは確かなんだ。おいそれと作戦も組めない』

『……何よ、私が裏切ってるっていうの? 言っておくけど、今一番疑われてるのはあんただからね』

『それは濡れ衣だ! 誰かが俺を陥れようとしてるんだ! もしくは誰かが傍受されてるか……』

『それは調べたでしょ。でも何も出なかった。ことごとくこちらの計画が潰されてるのよ。遅かれ早かれ戦争になるわ。まぁ、その時にあんたは名誉挽回したら?』

『それしか無さそうだな。……ああ、女王様がお呼びだ。また新しい男連れて来い、かな。ったく』


 そこでキャスパーだと思われる声が離れた。シンと静まり返った中、ポツリとエミリーの呟き声が聞こえてくる。


『……女王の腰巾着の馬鹿な男。自分が利用されてるだけって事も知らないで。あの島にどんな秘密があろうがなかろうが、私には関係無いわ。私はただ、ノア様が欲しい。だから女王はルイスを手に入れて勝手にルーデリアを支配すればいいのよ。その為にはやっぱりあの妹が邪魔ね……さっさとあいつを始末してしまわないと』


 そこで宝珠は切れた。どうやら今回はここまでだったようだ。


「以上、ですね」


 アランは宝珠を仕舞いながら考えていた。学園の花瓶にもカインの『反射』をかけて、どうにか向こうの作戦とやらを聞き出さなければ、と。

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