第四百二十二話 最終決戦の本当の敵

『さて、では話をしましょうか。アリスが十九歳になるまでにメインストーリーはあなた達に攻撃を仕掛けます。理由はもちろん分かっていますよね?』

「アリスが死ぬ前に、って事でしょ?」

『そう。そしてもう一つ、アメリアとの戦争に私も参戦する為です。あいつらがコソコソ余計な事をしている限り、私の計画は全て潰れてしまう』

「君の計画っていうのは何なの? あのカミングスーンとフルバージョンって言うのは――」

『それはあなたの記憶にちゃんとありますよ。何せこんな事をしでかしたのは他の誰でもない、あなたなのだから。ただ、私がアメリアとの戦いに参戦するには、あなたにはシャルルとの闘いが終わったらすぐにでも計画の仕上げを実行してもらわなければなりません。たとえそれで何を失おうとも』

「……僕はそれをする事で何かを失うの?」

『失いますね。でもそれを決めるのはあなたです。私ではありません。あともう一つ、あなた達は何故か最終決戦の敵は私だと思っているようですが、あなた達と戦うのは彼です。私じゃありませんよ』

「え⁉」 


 その言葉にノアは驚いた。すっかり偽シャルルと戦うものだとばかり思っていたが、違うのか? そんなノアの顔を見て偽シャルルは声を上げて笑う。


『当然でしょう? だって、今あなた達が進んでいるストーリーには私は存在してないんですから。あなた達の敵は、そちらに居る仲間のシャルル・フォルスですよ』

「……」

『上手い事やって彼を闇落ちさせてください。そうする事で、私はようやく動ける』

「……闇落ちをさせないといけないの? 芝居では駄目って事なのかな?」

『そうですね。シャルルが手を抜いては私が生まれる意義がなくなる。それでは駄目なんですよ。優しい私はそちらのシャルルも幸せになれるよう、本来のストーリーを書き換えました。だからそれぐらいは従ってほしいですね』

「ストーリーを書き換えた? 君はそんな事まで出来るの」

『ええ。ですが私に出来るのはそこまでです。さて、ここまで話せばあなたがすべきことは分かるでしょう? 私はあなたの似顔絵を元にアメリアを排除しなければ』

「あ、それはちょっと待ってくれる? 今から作戦実行するから、それが済んでからにしてほしいんだ」

『分かりました。では、実行する時にまた呼んでください。ただし、昼の一時と夕方の六時前後は避けてください。私は動けないので』

「? 分かった」

『それでは、また。実際にお会いできる日を楽しみにしていますよ、ノア』

「……」


 どこか含みのある言葉を言って偽シャルルとの会話は途絶えた。


「シャルルを闇落ちさせる……どうやって……」


 ノアは椅子に座ってカインに連絡をしようとして止めた。


 駄目だ。キャラクター達にはこの話は出来ない。ログがシャルルの元に筒抜けになってしまうからだ。と言う事は、話せるのはキャラクターではないメンバー達しか居ない。


 ノアは頭を抱えて大きなため息を落とした。


 

 強制的に偽シャルルによってバセット領に放り出されたアリスとキリは、顔を見合わせて急いで妖精手帳に秘密基地と書き込んでみたが、一切反応しなかった。


「キリ、兄さまに何かあったらどうしよう⁉」

「落ち着いてください、お嬢様。偽シャルルは声でしか出て来られないようですから、ノア様に直接の危害は加えられないはずです。それよりも、俺達は作戦を実行するのが先です」

「そ、そ、そうだよね! じゃあレッド君に兄さまの服着せてそれから、何するんだっけ⁉」


 完全に動揺しているアリスは、ウロウロと部屋の中を歩き回った。その様はまさに檻に閉じ込められたお猿さんである。


「……お嬢様、いいです。あなたは先に馬車で待っていてください。俺が準備してノアレッドを馬車に連れて行くので」

「う、うん! 分かった! あ、おやつ持ってっていい⁉」

「……お好きにどうぞ」


 こんな時でもおやつか。キリは一瞬そんな事を考えたが、考え事が苦手なアリスは、どうやら体を動かしている時よりも頭を使っている方が栄養を欲するのだろうと解釈して頷いた。


 キリのお許しが出た途端、アリスは部屋から飛び出して真っすぐに厨房に向かう。


 そうしてくれた事で、さも今までアリスがバセット家に居たかのような演出が出来たので結果オーライである。


 一方、突然厨房に姿を現したアリスを見て驚いたのはハンナだ。


「お嬢⁉ 驚いた……で、どうしたんだい?」


 いつ戻ってきたのだ! 思わずそう聞きそうになったが、まだ作戦の真っただ中だという事を思い出したハンナはいつものようにアリスに尋ねた。


「あのね! 今から捕まえた奴らと一緒にお城に行ってくるからおやつちょうだい! 兄さまとキリの分も!」

「城に? 今からかい? じゃあちょっと多めに渡しておかなきゃだね。ちょっと待ってな」

「うん!」


 アリスはその場で足踏みしながらハンナが三人分のおやつを用意してくれるのを待った。しばらくしてハンナが大きな紙袋を持って戻って来る。


「はい、これ。さっきグレースが届けてくれたんだよ。焼きたてのパン、これも持って行きな」

「ありがとう! グレースにもお礼言っておいてね! それじゃあちょっと行ってくる! 犯人捕まえた皆にもご馳走あげておいてね! あと皆も気をつけて!」

「はいはい、そっちも気をつけるんだよ!」

「うん! 行ってきます!」


 そう言ってアリスはまだホカホカのパンとオヤツが沢山詰まった袋を胸に抱えて走り出す。そんな様子を見ていた使用人達は皆苦笑いだ。


「いつになったらお嬢は成長するんだろうねぇ」

「ありゃ一生あのまんまだろう、多分」

「……地獄だな、それは……何にしても、もうじき皆帰って来るんだ。俺達も気合い入れなおさないとな!」


 バセット家の使用人達はそう言ってお互い顔を見合わせて頷き、それぞれの仕事に戻って行った。

 


 馬車の中では既にノアレッドとキリが居た。アリスが乗って来るなりノアレッドはただのレッドに戻り、アリスのポシェットにいそいそと入って行く。


 今回はこの作戦の為にレインボー隊は全員出動している。


 けれど、そうする事でドンの元にレッドを置いてくる事が出来なくなってしまったので、仕方なく『レッド君α』をアランに頼み込んで作ってもらった。


 レッドの人工知能と全く同じ、言わばレッドの分身のような存在だ。趣味嗜好までレッドを完全にコピーしている。それをドンに持たせた次第である。


「お待たせ!」

「何ですか、その尋常じゃない大きさの袋は……一体何日間旅するつもりです?」

「え? こんなの二日で無くなるよ。それよりも! 走り出したらすぐにお城に向かえばいいのかな? 兄さまにもメッセージ打っておこうか」


 袋を自分の隣に置いたアリスがスマホを取り出そうとすると、キリがそれを手で制した。


「もうノア様にはメッセージを送りました。なので、我々はバセット領を出た辺りで城に向かいましょう。馬車を操っているのは王都の騎士なので、こちらの事情も既に話してあります」

「そっか。ありがとう。はぁ……兄さま、大丈夫かな」


 アリスはそう言って視線を伏せた。そんなアリスを見てキリがポツリと言う。


「ところでお嬢様、実際の所ノア様の事はどう思っているんですか? 俺は好感度は見えますが、好感度の種類が分かる訳ではないんで」

「え⁉ な、なに、急に!」


 キリの突然の言葉にアリスは耳まで真っ赤にして意味なく窓の外に視線を移す。


「急にではないです。あなたが今後どうするつもりなのかによっては、俺の勤め先も変わるので」

「ど、どういう意味?」

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