第四百四話 罠を張る

 シャルルに教わるまでもなくスイスイ操作するアリスを見て、皆は一様に感心していたが、アリスがふと全体のメインルートを見て首を傾げた。


「どうしたの? アリス」

「あ、兄さま。あのね、この最後の決戦の後にもう一個エンドが伸びてるんだよ。で、その後見て。カミングスーンって出てる。おかしいな。こんなの無かったのに……」

「単に2がもうすぐって意味じゃないの?」


 同じように画面を覗き込んでいたリアンが言うと、アリスは首を振った。


「ううん。私が今見てるのは、全部の作品のメインルートだけを表示した奴なんだけど、これ見たら大体メインストーリーをどれぐらいクリアしてるかが分かるの。でね、見て。今私達は80%ぐらい攻略出来てるんだけど、『花冠』はこの最後の決戦で終わりだったんだ。でも、これにはその後もう一つルートが出来てる。おまけにそこにさらにもうすぐって……どういう事だろう……本当の『花冠』にはこんなのがあるのかな……」


 自分もそういう設定のキャラクターだと知った今、アリスのゲームに関する記憶も怪しい。


「この新しいのは多分、女王との闘いなんじゃないか?」


 ルイスが言うと、その場に居た全員が頷く。


「でもその後にもうすぐ、ですよ? 何がもうすぐなんです? ちょっと見ててくださいね」


 アリスはそう言ってゲームを弄り始め、『花冠1』だけのメインストーリー攻略度を表示した。


 そこには強大な敵にアリスが立ち向かう決心をした所でendとなっている。続けて『花冠2』のメインストーリーも表示すると、そこも最後にはendだ。


 それは3も同じだった。ところが、全体のメインルートを表示すると現れる新しいルートとカミングスーンの文字。これが一体何を意味するのかアリスにもさっぱり分からない。


「……ほんとだね。一つ一つのルートは全て完結してるのに、全部合わせた奴だけもうすぐってなってる?」


 ノアの言葉にアは頷いた。


「それはあれじゃないの? 戦いが全て終わるのがもうすぐ、とかそういう意味ではなくて?」


 かなり好意的に解釈したキャロラインに、ノアは小さく首を振った。


「だとしたら、全ての戦いの後にこれが入るのはおかしい。これを作ったのは、恐らく僕なんだ。偽シャルルの言う僕の記憶って言うのは、このゲームを作っていた時の記憶。つまり、転生前の僕の記憶を早く思い出せって言ってるんだよ。レヴィウスの事を思い出した時、僕には二つの記憶があった。レヴィウスで必死になって皆の絵を描いてる僕と、真っ暗な部屋で何かをしてる僕。本当は全部一緒に思い出したかったんだけど、そちらには触る事が出来なかったんだ。そしてこのゲームを作った僕は、多分そんな理由でこれを作った訳じゃない。それが偽シャルルの言ってた、僕の目的を思い出せっていう奴なんだと思う」


 ノアの言葉に、やはりあの場に居なかった仲間たちがギョッとした顔をしてノアを見ている。


「ど、ど、どういう事? 兄さまが作ったの? 『花冠』を?」

「そうらしい。シャルル、あれ見せて」

「ええ」


 ゲーム機を操作して制作秘話を出したシャルルは、アリスにそれを見せた。それを最後まで読んでアリスは愕然とした顔をしてノアを見る。


「え……これ……この支倉乃亜って人が兄さま?」

「多分ね。で、この支倉乃亜は皆を幸せにするためにこのゲームを作った訳じゃない。そんなアリスみたいな性格ではないと思うんだ」

「……ノア様、自分でそれを言ってしまいますか?」


 呆れたようなキリにノアはコクリと頷く。


「自分だから分かるんだよ。この人は手段を選ばないなって。僕と同じように、エグイ事平気で考えるしやる人だよ」


 言い切ったノアに部屋の中はシンと静まり返った。なまじノアの性格を知っているので、否定できないのが辛い所だ。


「ま、まぁ、こいつは乃亜であってノアではない訳だから。この乃亜のたくらみが何であれ、ここに居るノアはそれを阻止しようとするはず……だよな⁉」

「もちろん。アリスじゃないけど、僕にはこれが今の僕と同じ人間だとは思えないから」


 ノアはカインの言葉に小さく笑う。


 アリスとシエラが違う趣味嗜好を持っているように、バセット家で過ごした日々がノアの記憶の中にある限り、たとえ乃亜の記憶を思い出したとしても、こうはならないと思える。


「そう、なら今まで通りという事ね。私達は私達の出来る事をすればいい」

「そうです。私達は今、ここで生きているんですから!」


 珍しくアリスが言いそうな事を言いだしたライラにリアンはギョッとしているが、そんなライラの言葉にアリスは嬉しそうに笑顔を浮かべた。

 


 学園に戻り従者たちは早速次の長期休暇は皆、それぞれの領地に戻るという情報を流した。


「そう言えばミアさん、次の長期休暇のご予定は?」


 キリの言葉にミアが手帳を取り出して顔を綻ばせる。


「実は、今度の長期休暇はお嬢様はお家に戻られるんです。私もそれに合わせて休暇を頂いたので、一度家に顔を出して来ようと思います」

「それはいいですね。きっとご兄妹も待っておられるのでは?」


 トーマスの言葉にミアはおかしそうに笑った。


「そうですね。随分長い間戻っていなかったので、そろそろ一番下の弟辺りは私の事を忘れているかもしれません」

「ミアさんは一体何人兄妹なんですか?」


 少し離れているだけで忘れ去られる程兄妹が多いのか疑問に思ったキリが言うと、ミアは恥ずかしそうに頬を染める。


「7人です。私は上から三番目なんです。ビックリするほど多いでしょう?」

「ええ、多いですね……ですが、楽しそうです」


 親兄妹の居ないキリにとって、7人兄弟というのは全く想像がつかない訳だが、今のミアを見ていると、家族の仲はとても良さそうだ。


 いつものキリからは考えられない程の素直な反応にミアは一瞬目を丸くしてそっと視線を伏せた。キリの家族事情を思い出したのだろう。


「そんな顔をしないでください。ミアさんがそんな顔をしなくても、俺にはお嬢様とノア様が居るので。それに、最早領地全体が大きな家族のようなので、そういう意味ではミアさんの所よりも大家族です。うちもそろそろ天地返しに帰って来いとの連絡があったので、次の休暇は領地に戻る予定です。今から毎日事件が起こる予感しかしません」


 あれはもう家族のようなものだ。


 キリがミア特製の激渋お茶を飲みながら言うと、ミアはそれを聞いてまるで自分の事のように嬉しそうに笑う。そんなミアとキリを見ていたユーゴがふと言った。


「ずっと思ってたんだけど、キリ君ぐらいの容姿だったらさぁ、実際は欲しがる貴族多かったんだろうねぇ。王子もさ、次の休みにキリ君に爵位を与えられないかどうか王に聞くって言ってたしぃ、もしかしたらキリ君も近いうち貴族の仲間入りするかもねぇ」


 それまでマジマジとキリの顔を見ていたユーゴが、ふと口を開いた。その言葉にルーイはユーゴの口を慌てて塞ぐ。


 けれどキリは特にそんな事は気にしない。


「そうですね。幼い頃は色んな所から打診が来たようですが、その度にお嬢様が怪獣のように泣き叫んでそれを阻止してくれていました。もちろんアーサー様も断ってくれていたようですが、それでもしつこい家にはお嬢様をゴーしてましたね。それにしても俺が貴族の仲間入りですか? それは有難いですね。ミアさんの家に挨拶しに行きやすくなるので」

「は、え⁉」

「なので、せめて子爵ぐらいは欲しいですね」

「はいはい、ごちそうさまぁ。カイン様はどうすんのぉ?」

「うちも戻ります。初めての姪っ子にカイン様は今からそわそわしてますよ」

「あーそっかぁ、宰相様もデレデレだったもんねぇ。アラン様は相変わらず薬草採りでしょぉ?」

「そうでしょうね。クラーク家はこの時期は本格的に寒くなる前に毎年全員で山に入っていきますから」

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