第三百九十四話 デタラメな生命力アリス

 妖精王はしばらくポカンとしている仲間たちを無視して事務所の中を見渡していたが、ふと口を開いた。


「狭いな。よし、こうしてやろう」


 妖精王がパチンと指を鳴らした途端、事務所の中は一変して豪華な広い部屋になる。驚いた一同が思わず辺りを見渡すと、そんな皆を見て妖精王はイタズラが成功した少年のように無邪気な笑みを浮かべた。


「ここは妖精界だ! 事務所とここを繋いでやったぞ!」


 それを聞いて全員がギョッとする。妖精界になどうっかり来てしまったら、戻った時に自分達はどうなっているのか分からない。


「ああ、大丈夫だ。妖精界と言っても我が作った空間だ。そなた達の体には何の影響も無い。安心せよ。ところで、我にその仲間のスマホは無いのか?」


 キョトンとした顔で手を差し出してくる妖精王に、何となくシャルルやフィルと同じ匂いを感じる。


「……作っておきます。シャルルから後日貰ってください」

「そうか! 分かった。我のは虹色にしてくれ!」

「……ええ、塗っときます」


 呆れたようなノアの声に、カインがポツリと言った。


「流石フィルの父親だな……」


 見た目は完全に子供だが、こうやって実際に対峙してみると分かる。並外れた魔力の持ち主だという事が。ただ、そんな妖精王すらさっきからアリスを見ようとしない。


 カインの心をまるで読んだように、妖精王は言った。


「アリスとやらは、そなたか……?」

「? そうですけど」

「……そうか、あまりこちらに近寄るでないぞ」

「何でですか?」


 近寄るなと言われると近寄りたいアリスである。一歩妖精王に近寄ると、妖精王は一歩後ろに下がった。


「何で逃げるんですか!」

「何故って、お前の生命力が恐ろしいのだ! 寄るな!」

「酷い! 人を化け物みたいに!」


 あからさまに逃げる妖精王をアリスは楽しくなって追いかけた。それをシャルルもシエラもヒヤヒヤして見ていたが、追い詰められた妖精王はとうとうノアによじ登って、あいつをどうにかしてくれ、と懇願している。


 これは本当に妖精王なのか? 思わずそう思うが、フィルマメントやロトのアリスを見た時の反応を思い出した仲間たちは何かに納得したように頷いた。そう言えば皆、アリスを見てこんな反応をしていたな、という事を。


「アリス、妖精王怖がってるから止めてあげて。あんまりオイタするとここから追い出されちゃうよ?」

「ぶー!」


 やんわりと妖精王を抱きかかえながらノアが言うと、アリスは頬を膨らませて妖精王から一番遠い席に座った。


「ふぅ……なんだ、あのデタラメな生命力は……まぁ良い。ところで、我を呼び出すとは何事だ?」

「ああ、そうでした。こちらを見てください。外の世界の知人からの手紙なのですが、この周りの部分です」


 ようやく一息ついた妖精王の前に手紙を差し出すと、妖精王はそれを見てあからさまに顔色を変えた。


「どういう事だ! 大きなフェアリーサークルだと⁉ そんなものを作ったら、羽を盗られた妖精達にどれほどの負担がかかると思っているんだ!」


 机を勢いよく叩いて立ち上がった妖精王は、眉を吊り上げる。これだから人間は嫌いだ! 思わず言ってふと周りを見渡すと、シャルル以外が申し訳なさそうに視線を伏せている。


「ああ、いや、すまん。そなた達の事ではない。外の連中の事だ。あいつら、絶対に許さん! 我の魔力で今すぐに滅ぼしてやろうか」


 サラリと恐ろしい事を言う妖精王にアリスが立ち上がって言った。


「ダメだよ! 関係ない人たちも一杯居るんだからね! もしそんな事したら、妖精王だって容赦しないよ⁉ 一日中へばりついてやるんだから!」


 妖精王と同じように机を叩いて立ち上がったアリスを見て、皆がゴクリと息を飲んだ。


 アリスは何にも忖度しない。それは分かっているが、妖精王にまで忖度しないのかと思うといっそ尊敬してしまいそうだ。


 どうやらそれは妖精王も思ったようで、まるで初めて批判されたかのように目を丸くしてアリスを見ている。


「そ、それは勘弁してくれ! そなた、我にもそんな口を利くのか」

「誰だろうと関係ない! 生き物は皆一緒だよ。仲良くしないとダメ。誰が欠けても世界は成り立たないよ!」

「ふむ……まぁ一理ある。ではどうすればいいと言うのだ。仲間たちが消えていくのを黙って見ていろと?」

「そうは言ってないよ。それを回避するために皆ここに集まったんだもん。ね? 兄さま」


 いつだって難しい事はノアに丸投げのアリスは、肝心な所はやっぱり今回もノアに頼る。


「そうだね。妖精王、落ち着いてください。僕達だってこんな物作られて乗り込んで来られても困るんですよ。どう対処するか、これから皆で考えましょう」

「その通りです。時間は限られているのですから、そんな事でいちいち話の腰を折らないでください、妖精王様」


 やんわりと、けれど有無を言わせない態度のノアと、妖精王にも辛辣なキリに妖精王は渋々従った。そんなノア達を見ていたロビンが、隣に座っていたルカにボソリと言う。


「流石のルカも妖精王にはあんな事言わないのに、あの三人は凄いですね」

「全くだ。俺も今、内心ビビっている」


 妖精王にもあんな事を平気で言うのなら、きっとルカにもけちょんけちょんに言ってくるに違いない。バセット家はどうやら鷹の集まりのようだ。これはアーサーはさぞかし苦労しただろう。


「えっと……おちついた所で自己紹介でもしましょうか。王からどうぞ」


 気を取り直してシャルルが言うと、ルカが鷹揚に頷いた。


「ルーデリアの現王、ルカ・キングストンと申します。自国はもちろん、妖精界も含めてこの島全体に起こっている事を解決すべく、尽力致します。どうか、お力をお貸しいただきたい」

「うむ。我も同じ想いだ。こちらこそよろしく頼む」

「では、次は私が。ルーデリアの現宰相ロビン・ライトです。以後、お見知りおきを」

「そなたの手腕は我の元にも入ってくる。優秀な宰相だとな」


 妖精王の言葉にロビンはもう一度大きく頭を下げる。


「ライト家からは廃嫡されましたが、ロビンの長男、ルードと申します」

「そなたも聞いておるぞ! 愛の為に家を出たのだろう? しかも最近娘が生まれたそうだな! 加護をやろうか?」


 ん? ん? と嬉しそうな笑顔で言う妖精王に、珍しくルードは慌てて首を振った。


「と、とんでもありません! 妖精王に自ら加護を頂くなど、恐れ多くて!」

「……そうか。残念だ……欲しくなったらいつでも言ってくれ」

「は、はい……」


 噂に聞く妖精王とは随分違いすぎて少々混乱しているが、ルードはどうにか頷いた。


「では次は俺が」


 そう言って立ち上がろうとしたルイスを見て、妖精王は首を振って言った。


「あ、ここら辺は皆知っているからもういいぞ」

「雑っ!」


 思わずいつもの調子で突っ込んでしまったリアンを妖精王がジロリと見て来る。リアンはそれを見て慌てて口を噤んだが、次の瞬間妖精王は笑み崩れた。


「リー君だな! そうだろう⁉」

「え? は、はい、そうです。あ、お手紙ありがとうございました。父も喜んで家宝にすると言ってました」

「そうかそうか! 是非そうするといい! リー君、我のイメージ通りだ!」

「……ちょっと、あんた達僕の事何て紹介したの?」


 妖精王の反応を見て思わずリアンがシャルルとシエラに問うと、二人は揃って壁を見つめている。


「そなた達の活躍はこの二人から全て聞いているぞ。まずもうじきA級おが屑のルイスに、動物オタクのカイン。サボり魔常習犯のアランに、麗しすぎる聖女キャロライン、変態ノアに隠密が得意なモブ。おっとり毒舌ライラに、突っ込み担当リー君、最後に残念過ぎるヒロインアリスだろう?」

「……」


 一人一人指さして言った妖精王に、全員が黙り込んでジロリとシャルルとシエラを見たが、二人はまだ壁を見つめている。そんな二人を見てノアが腕を組んでにっこりと笑う。

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