第三百九十一話 ボンキュッボンなキャシー

「まぁ! 凄いわね!」


 キャロラインの声にアリスは嬉しそうに頷き、他の皆は口をあんぐり開けて固まっている。


「何かあったら、うちはこうやって皆が集まってお祝いするんです! あっちに並ぶ屋台から好きな食材持ってきて、あそこで焼いて食べるんです! あ! キャシー! キャシーも来てたの⁉」

「ぶもぉ!」


 キャシーが振り向いてアリスを見つけると、少しもスピードを緩めずアリスめがけて突進してくる。それを真正面から受け止めたアリス。


「……何であのスピードで走って来る牛に跳ね飛ばされないの……?」

「リー君、考えちゃダメよ。受け入れるの」

「無理だよ! どう考えてもおかしいんだよ、色々と!」


 思わず突っ込んだリアンの言葉に、全員が真顔で頷く。そこへキャシーを連れてアリスが戻ってきた。


「皆さん、紹介します! 私の母も同然のキャシーです! 美人でしょ~? ちょっとそんじょそこらの牛には負けないでしょ? 見て! このくびれ! ボンキュッボンだし! はぁぁ……美しすぎる……」


 まるで芸術品のようだと牛を褒めるアリスに皆は引きつったまま頷いた。そこへキャシーの飼い主のバートがやってくる。


「お嬢! 皆さんが困惑してるから止めてあげなさい。いや~すみません、お嬢がいっつも迷惑ばっかりかけてるようで」


 そう言ってアリスの耳を抓ったバートを見て、ライラは勢いよく首を振った。


「迷惑だなんてとんでもない! いっつもアリスには助けてもらってばっかりで、アリスはもう本当に凄くて、最早大地の化身だと言っても過言じゃないほどで――」

「ライラストップ! 引いてる! 皆引いてるから!」


 アリスを語り始めたライラはスイッチが入ると一時間はマシンガンのようにアリスを褒め続ける。


 初めてライラがこれをしだした時、流石のアリス厨のノアでも最初はうんうん、とニコニコして聞いていたものの、ニ十分を超えた辺りからコイツヤバイ、みたいな顔をしていたので、ライラのアリス厨も相当なものである。


「はぁ……流石お嬢のお友達ですなぁ……ははは! 楽しそうで何よりです! さぁ、今日はバセット領を満喫して行ってください!」


 そう言ってバートはキャシーを連れて自分の屋台に戻って行ってしまった。


 どうやらあそこでは搾りたてのミルクが飲めるらしい。その他にも色んな屋台があった。肉の屋台に魚の屋台、野菜が並んでいる屋台もある。


 皆それぞれに好きな屋台で食材を受け取り、中央のアリス工房作品、バーベキューセットで焼いて食べている。


 唖然としてそんな光景を見ていたリアンだったが、突然後ろから聞きなれた声が聞こえてきた。


「お~! すっごいね、これ! ルイス、何食べる⁉」

「俺はまず肉だな! よしカイン、皿をもらいに行くぞ! ノア、行ってきていいか⁉」

「……馴染んでる……」


 いつの間に戻ってきたのか、ルイスとカインが嬉しそうにソワソワしながらその場で足踏みしているのを見て、リアンがポツリと言うと、ノアが呆れたように頷いた。


「いいよ、行っといでよ。皆も、人気なのはどんどん無くなるよ」

「よし、アラン! お前も手伝え! これは戦争だ!」

「え⁉ はぁ……」


 その一言にそれまでウズウズしてたアリスとルイスとカインが走り出した。ルイスに袖を引っ張られながらアランも渋々ついていく。そこにようやく制服を隠しに行っていたキリとユーゴが戻ってきた。


「あ~! ズル~イ! 隊長何食べます? 俺持ってくるよぉ~」

「ユーゴ、お前、主に向かってズルとは何だズルいとは……ではソーセージと生ハムをもらってきてくれ」

「あんたも行きたかったんじゃん! なんだよ、もう。ライラ、僕達も行こ。何食べてもいいんだってさ。ちょっと楽しそう」

「うん! キャロライン様とシエラさんはどうします? 取ってきましょうか?」

「いえ、私達も行くわ!」


 目をキラキラさせてそんな事を言うキャロラインにシエラも満面の笑顔で頷いた。そんなシエラにシャルルは安心したように目を細める。


 何だかんだと全員が食材に取りに行ってしまい、残されたのはノアとシャルルだけになった。広場では貴族も平民も動物も皆集まってバーベキューを楽しんでいる。


 そんな光景を見てシャルルが可笑しそうに肩を揺らした。


「いいですね、ここ。私も老後はここに引っ越してきましょうか」

「いいよ、来なくて……それよりも、妖精王は何て?」


 王城でノアの記憶と女王の正体、そしてこれからの事を王達に伝えると、王達は言った。


『何事もなく平穏に女王を捕まえたかったが、女王が君の正体を知ってるのは厄介だな。もしかしたら君を捕えて向こうで何かをする気なのかもしれん』


 ノアは腐ってもレヴィウスの第四王子だ。あちらの状況が全く分からない今、女王の目的がこのルーデリアの侵略だったとして、その為に事情を知っているノアを担ぎ上げようとしている可能性も否定は出来ない。


『これはもう、全面戦争になる覚悟もしなくてはなりませんね……とは言え街中で派手にやりあうのは避けたい……』


 ロビンの言葉に全員が頷いた。戦争になったとしても、国民は巻き込みたくない。それは皆が思っている。


 けれど、戦争を始められるような広い土地などルーデリアには無い。


『そうなればもちろん、フォルスも参戦します。ただうちも土地が……』


 小さな島国故の弊害で、有り余るほどの土地が無いのが難点である。皆が頭を悩ませていると、ふとカインが口を開いた。


『妖精界はどうだろう?』

『……は?』


 何を言いだすんだ! とばかりにロビンが聞き返すと、カインは慌てて首を振った。


『違う違う! 妖精なら戦争に巻き込んでいいとかそんなじゃなくって、フィルが言ったんだ。妖精界は広い。でも住めない場所が沢山あるって。人間は自分で土地を開拓するけど、妖精はそれをしない。だからいつまでも妖精の住めるところは広がらない! って怒ってたなって思ってさ。そん時は手伝いに行ってやりたいけど妖精界に入ると俺達おじいちゃんになっちゃうからなーって返したんだけど、ふと思ったんだ。妖精王の力で、その間だけその使ってない土地を人間界とくっつけられないかな? って』


 カインの言葉にシャルルはポンと手を打った。


『なるほど。確かに妖精界は広いです。あそこはこの世界の裏側なので、世界の裏側は丸々妖精界なんですよ……ちょっと聞いてみましょうか。妖精王は今回の事にかなり怒っています。もしかしたら手を貸してくれるかもしれません』


 妖精を巻き込まないのであれば、案外手を貸してくれそうな気もする。


 シャルルはその場で手帳にお願いごとと言う名の妖精王への手紙を書きつけた。すると手帳が光り破れる。しばらくすると、妖精王から手紙が戻ってきた。そこには、こう書かれていたのだ。


『しばし待て。検討する』


 と。


 それを見てルカは驚いたような嬉しそうな顔をして、ロビンもヘンリーもアベルも感心したように頷く。


『やはり、あなた達と手を組んだのは正解でした。私達だけではきっと、無益な死者を山ほど出していたでしょうね……』


 とてもではないが、自分達だけでは妖精との繋がりは作れなかった。そう思うと、全ては何かにまるで導かれるように繋がった一本の糸のようだ。


『それは僕達もです。最初はまさかこんな事に繋がるなんて思っても居なかったので』


 アリスの一言から始まった、ループから抜け出そう、という話がどんどん壮大になりすぎて、最終的には国同士の戦争にまで繋がりそうなのだ。これはもうノア達だけの手には負えない。

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