第三百九十話 不思議な引き出し
「早く帰ってきてね! 晩御飯までにはちゃんと戻ってきて!」
「分かってるよ」
「うん! 今日は広場でバーベキューだよ! だから絶対早く帰ってきて!」
アリスは窓に近寄って鼻を鳴らす。どこからともなく肉を焼くいい匂いがしてくる。多分これは広場からだから、今日のバーベキューは領地全体でやるようだ。
「分かった分かった。ちゃんと話し終わったらすぐに戻ってくるから、アリス達は先に戻ってていいよ」
ノアはそう言ってアリスの頭を撫でると、ルイスとカインとシャルルを見て頷き次の瞬間、四人とも部屋から姿を消してしまった。
無事に行ってしまった三人を確認したキリはマリカ教会の制服が入った紙袋を持つと立ち上がる。
「では、我々もすべき事をしましょう。俺はとりあえずこれを隠してきます」
「あ、俺も行くよぉ~」
そう言って部屋から出て行くキリとユーゴ。それを見てアリスは何かを思い出したかのように立ち上がった。
「私、ちょっと家に戻って師匠に手紙出してくる!」
「師匠に手紙? アリス、そんな事出来るの?」
不思議そうに首を傾げたライラにアリスは頷いた。
「偽シャルルがね、師匠に手紙届けてやるから、黒い本が入ってた所に入れなさいって。そしたら師匠に手紙が届くんだって!」
意気揚々と言うアリスに、リアンは疑わしそうな顔をしている。
「何で偽シャルルがそんな事出来んの?」
「分かんない。でも出来るって言ってた! ちょっと行ってくるね!」
そう言って飛び出して行ったアリスを皆はポカンとして見つめていたが、やがて平静を取り戻したトーマスが言った。
「お茶のお代わりでも淹れましょうか。私達だけではどこへ行く訳にもいきませんし」
「そうですね。じゃ、俺も用意手伝います」
「あ! 私もお手伝いします!」
トーマスとオスカーとミアが退出すると、残っていたバターサンドを一つ摘まみ上げながらオリバーが言った。
「キャスパーの繋がりをもう一回洗いなおした方がいいかもっすね。キャスパーは金で何とかしようとするんで、案外お金に困ってる家とかは利用されてるかもっす」
「そうね。そうなってくると教師や使用人側だけとは限らないわ。生徒も調べてみるべきかもしれないわ」
「生徒だったとしたら、怪しいのはクラスメイトだよね。僕はクラスメイトとあんま口利かないけど、ライラんとこはどう? 同室の子とかさ」
リアンの言葉にライラは首を傾げた。
「どうかしら……あまりクラスではアリスも私もこの集まりの事は話さないわ。ほら、アリスってば自分の興味ある話しかしないから、大抵は話が噛み合わない! ってベルに怒られてるわ。同室の子もそうね。あんまり話をしないわ。お互いに干渉しないようにしましょって最初に言われたの」
同室の子爵家の子は、入学当初から何故かライラを嫌っている。それはよく分かっているので、ライラも極力干渉しないようにしているのである。部屋には鍵もついているし、あの子が何かしているとは思えない。
根っからの文学少女で、趣味で小説を書いては一人楽しんでいるような子である。よく共有部分のソファで本を読みながら一人ニヤニヤしているのを見るので、余計にそんな事をするような子には見えないのだ。そしていつかそれを読ませて欲しいと思っているライラである。
「そう……でも言われてみれば私達もあまりクラスでそういう話はしないものね……」
「っすね。どこでするって言われたら……食堂かルイスの部屋っすもんね」
「……ルイスの部屋……ちょっと学園に戻ったらアランに皆の部屋を調べてもらいましょうか。もしかしたら既に何かに『傍受』をかけられている可能性があるわ」
「だね。部屋じゃなくて僕達が普段持ち歩いてる物とかも調べた方がいいかも。『傍受』かけられてるならクラスメイトとか関係なく誰にでも簡単にかけられるし」
出来るだけ学園に居る人達は疑いたくない。
けれど、偽シャルルの魔法すら利用されているのなら、こちらの情報は丸々向こうに渡っていると考えた方が良さそうだ。
「皆さん、アリスさんが持ってきてくれた白茶が入りました。一旦難しい事を考えるのを止めて、一息つきましょう」
トーマスはそう言って皆の前にキャシーのバターサンドと白茶を置いた。ややこしい話は根を詰めると逆効果である。
トーマスの言葉に頷いたキャロラインは白茶を一口飲んで大きく息を吐いた。
「はぁ、落ち着くわね。良い香りだわ。それにこのバターサンド! さっきも思ったのだけど、とても美味しいわね!」
「私もそう思います! このレーズンが憎いですよね。あと、カロリーも……」
「うっ……」
大変美味しいがカロリーがエグいバターサンド。ライラは一つ抓んで恨めし気にバターサンドをじっと見つめる。
シエラもキャロラインもライラの言葉にグッと息を飲んで喉を鳴らした。
特にダイエットと言って幼い頃から体型維持の為に色んなものを我慢してきたキャロラインである。ここはもう止めておいた方がいいかもしれない。
そんな事をキャロラインとライラとシエラが考えていると、ドアが勢いよく開いてアリスが飛び込んできた。
「アリス! 早かったわね」
「うん! 見て! お返事来たよ!」
「えっ⁉」
キャロラインは思わず持っていたバターサンドを落としそうになって、慌てた。そしてアリスが自慢げに掲げる手紙を見て驚く。
「は、早くない?」
シエラの言葉にアリスは頷いた。
「何かね、師匠のとこにはすぐにお手紙が届くみたい」
「一瞬で届くって事?」
「うん。手紙版スマホみたいな感じだったよ」
そう言ってアリスはつい今しがた起こった事を思い出した。
アリスが部屋に戻ってあの引き出しに手紙を入れ、戻る前に部屋に隠していたオヤツを食べていると、突然机の引き出しが光った。驚いて開けると、中にはボロボロの紙が出て来たのだ。そこには懐かしいエリスの字が沢山並んでいた。
嬉しくなったアリスはすぐに返事を書いてまた引き出しに入れると、またすぐにエリスから返事が返ってきたのだ! それから二通ほどやりとりをして戻ってきた次第である。
「――と言う訳です!」
「なるほど。では師匠さんの所には引き出しとかではなくて直接届くと解釈すればいいのかしら?」
「多分……でね、やっぱり向こうでは大変なんだって! 助けてほしいぐらいだって書いてありました!」
そう言ってアリスはエリスからの返事のうち、重要そうな三通の手紙を机の上に並べて見せた。残りの一通はアリスとエリスのしょうもないやりとりだったので、部屋に置いてきた。
そこには、今の外の世界の現状と自分が今やっている事と、自分の剣はアリスが使えと書いてある。そして一番肝心の妖精達をこちらに連れて来るのを手伝って欲しいという事に関しては、大賛成してくれている。
アリスは手紙を胸に抱いて涙を浮かべた。ずっと死んだと思っていたエリスである。こんなにも嬉しい事はない。そんなアリスを見てキャロラインもライラもシエラも微笑んでくれた。
「良かったわね。これで外の妖精たちは少しはこちらに戻って来られるかしら?」
「だといいですね! でも、それこそ妖精王の力を借りなければ……シャルにお願いして妖精王にも協力を仰ぎましょう!」
「ええ、お願いするわね。でも、きっと妖精王なら喜んで手を貸してくれそうだわ。だって、話を聞く限りとても優しい方のようだもの」
キャロラインが言うと、シエラは少しだけ困ったように笑った。そんなシエラの笑顔の理由は、その時のキャロラインにはまだ分からなかった――。
ひと段落ついたところで、とうとうアリスがお腹が減ったと騒ぎ出した。それを受けて皆は仕方なく広場に移動して感嘆の声を漏らす。
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