第三百八十七話 悪魔の海域と幻の島
「そうだよ。それ以降はこっちに来てないし、こっちからも行ってない」
「本当は、それ以降も船は秘密裏に出航してたんだと思う。でも、それは全てここを見つけられず難破して一つも戻って来なかったって聞いてる。だから伝説の島があった場所は、悪魔の海域って呼ばれてたんだよ、僕の時代ではね」
「なるほど……結局、レヴィウスの教会は自分達で自分達の首を絞めたって事か……でもそれだとおかしくないか? 時系列的にリー君のお爺さんの親の代だったら、まだここの世界は止まってないはずだろ?」
「うん。だから、国交の記録には残ってないだけだと思うよ。実際にはそれ以降も色んな物をこちらに持ち込んだり持ち出してたんじゃないかな。悪魔の海域だって言われてるから、誰も迂闊には近寄らない。それを隠れ蓑にしてさ。で、『花冠』が出来た事で完全にこことの国交は断たれた。本当に船が帰って来なくなってしまったんだ。それにね、僕がまだレヴィウスに居た時、レヴィウスには妖精狩りなんてなかったんだ。妖精と仲良くも無かったけど、狩ったりはしなかった。師匠が居たメイリングでは既にあったみたいだけど、少なくともレヴィウスには無かった。でも僕がこちらにやってきてから十四年の間に、どうやらレヴィウスも妖精狩りを始めたみたいだね。あの奴隷商がいい証拠だよ」
「……何てことを……結局、フェアリーサークルを通らないとこちらに来れなくなってしまったから、妖精を狩りだしたって事か……」
カインの言葉にノアは頷いて薄く笑う。
「それで面白いのはここからでね、従妹のアメリアっていうのは、この教会の出身なんだよね」
「は? でもお前の従妹なんだろ?」
「そうだよ。王の弟が教会のシスターと子供を作ったんだよ。とんだ禁忌を犯したって流刑にされたんだけど、その時生まれたのがアメリアなんだ。その後アメリアの母親は王に言ったんだ。この子に罪はない。王の系譜を引いているんだから、扱いには気をつけろ、ってね。この頃には既にレヴィウスの王政は教会の言いなりだったから、アメリアは王位継承権を貰ったんだ。もちろん、王位継承権って言っても、王には実際に王子が既に四人も居る訳だ。だから全員が死んでしまうか廃嫡でもされない限りアメリアには権利がないよね? そこで考えたのが内戦だよ。身内同士でつぶし合ってもらって、全員が死ぬか廃嫡された所でアメリアが王位に就く。その為にアメリアはいいように使われたんだと思うんだ、最初はね」
そこまで言ってノアはアメリアの人となりを思い出していた。
いつも仮面のような笑顔をニコニコ貼りつけて、正直苦手だった。それなのにどうして自分はアメリアに『花冠』の話をしてしまったのか。今思えば、ノアはアメリアに魔法をかけられていたのだろう。
「僕はこの頃、相当疑り深かったはずなんだ。それなのにペラペラとアメリアには『花冠』の話をした覚えがある。多分、洗脳系の魔法をかけられてた可能性があるんだ。最初は絵だった。アリスの絵だよ。それを見つけたアメリアがそれは誰? って聞いて来たんだ。僕は正直にアリスの話をした。それにアメリアは興味を持ったんだよね。そこからはもう、来るたびに僕は彼女に『花冠』の話をしたのを覚えてるんだ。アメリアが帰った後、いつも不思議だった。どうして僕はアメリアにこんな誰も信じてくれないような話をするのか。最初はアメリアが楽しそうに聞いてくれるからだって思ってたんだけど、そうじゃないって気づいたんだよね。アメリアは野心家だった。伝説の今は行けない島の話をする僕の話を、全て教会に話してたんだ。だって、教会の奴らは僕の話が嘘じゃない事を知ってる。だから、僕を利用しようとしたんだろうね。内戦が起こった日、牢の鍵を開けてくれたのはアメリアのメイドだった。でも別に助けてくれた訳じゃない。僕を捕まえようとしてたんだよ。僕はそれを事前に知ってしまった。だから僕はあの日、妖精王と契約をしたんだ」
ノアの言葉に全員がゴクリと息を飲んだ。
「兄さまはどうしてそれが分かっちゃったの?」
恐る恐るノアの服を掴むアリスの頭を撫でたノアは、続きを話し出した。
「ここで絡んでくるのがエミリーだよ。エミリーもね、アメリアに負けず劣らず野心家だったんだ。兄たちの面倒を見てたエミリーは、どこかでアメリアの生い立ちを知ってしまったんだと思う。そしてそこから自分で調べたかどうかは分からないけど、まんまと僕の世話係に就任して、アメリアの傘下に入った。エミリーはしきりに僕に絵と文字の話を振ってきた。でも僕はエミリーには何も話さなかったんだ。魔法がかけられなきゃ僕は『花冠』の話なんてしようとは思わなかったしね。ある時、エミリーが僕に言ったんだ。手を組もうって。多分彼女は『花冠』の話なんて知らなかっただろうし、恐らく伝説の島の話も信じてなかった。ただ僕の頭がおかしいんだって思ってたと思うんだ。小さい頃から世話してきた自分の言う事なら、馬鹿な僕は聞くだろうってね。僕の世話係として僕を操り、アメリアを出し抜こうと思ったんじゃないかな。僕は頷いて彼女の計画を聞いた。そこで分かったんだ。もうすぐ内戦が起こる事も、アメリアが僕を逃がしに来て捕まえようとしてる事も。だから僕はすぐさま妖精王と契約をした。アリスに会いたい。ルーデリアで生まれたと言う事にしてほしい、ってね」
あの日、アメリアが手渡して来た手紙の指示にノアは従わなかった。妖精王との約束の場所に向かおうとしたノアを待ち構えていたのは、エミリーだ。
エミリーは屈強な男を従えてノアを待ち構えていた。今ほどでは無いにしてもそれなりの体術を嗜んでいたノアは、男達をどうにか倒してエミリーを足元に見えたフェアリーサークルに咄嗟に突き飛ばして言ったのだ。
『君とは行けない』
と。
「……エミリーさんのお話と随分違いますね」
「ははは! そりゃ言えないでしょ? 僕を捕まえようとして逃げられた、だなんて。それにエミリーは僕をずっと頭がおかしいって思い込んでるからね。忘れてるって聞いてこれ幸いって思ったんじゃないの?」
ノアがレヴィウスの事を忘れているなら都合がいい。エミリーはきっとそう考えたはずだ。さもノアを心配している振りをして一緒にレヴィウスに戻ろうとした。この事から察するに、兄たちはもしかしたらもう何の力も権限も無かったのかもしれないし、レヴィウスをノアが出て十四年。アメリアはもう三十のはずだ。女王と言っても過言ではないぐらいの権力は持っているかもしれない。
「つまり、女王の正体はそのアメリアという奴だという事か?」
「そう。それしか考えられないんだ。そしてアメリアの魔法こそが、洗脳系だよ。傀儡を使うのは偽シャルルの方なんじゃないかな」
「どういう事です? 私達は散々あの傀儡によって振り回されたというのに」
「だってね、あの覆面が出てきた時ってさ、全部僕達に都合が良すぎると思わない?」
「……言われてみれば、そだね」
リアンの言葉にオリバーもアランも頷いた。
「本当ですね。一度目はオピリア畑の側、二度目は鉱山でしたか?」
「うん、次にグラン、それからバーリー、シャルルの即位式にアリス達が留学中のフォルス。ここまで聞いて何か気付かない?」
ノアの言葉にカインとシャルルが何かに気付いたようにハッと顔を上げた。
「全部……俺達の誰かが居た……?」
「そうなんだよ。まるであらかじめこっちの動きを知ってたみたいじゃない? まぁ女王のスパイが居てそれを流してたって可能性もあるんだけどさ、それにしても出て来るタイミングが良すぎるんだよね。だって、セレアルに出て来たオピリアの話、どうしてアランはあそこにオピリアがあるかもしれないって思ったの?」
「えっと、あそこに最近出る覆面の盗賊が、何かを守ってるって噂が立ったからですね」
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