第三百五十四話 シャルルの秘密

「今から行くのか⁉」

「こういうのは早いうちのがいいでしょ? 先送りしたって何も良い事なんてないし、何よりもアリスが居たら出来ない話だから」

「……確かに」


 ルイスとカインは何かに納得したように頷いた。


「僕だけ帰らないとアリス不機嫌になるかもしれないけど、そこらへんはお願いするよ。あとシャルル、シエラさんにも今の話はしない方がいいかも」


 同じアリスだというなら、もしかしたらシエラもそうだったかもしれない。そう思ったのだが。


「大丈夫です、ノア。シエラの両親は本当にシエラの両親だったので。だから私もかなり驚いています。ログではやはり細かい所までは見えないのが厄介ですね」

「そうなの?」

「ええ。シエラの両親は普通に男爵家同士のご両親ですよ。そしてシエラの魔法を忌み嫌っていました。だからシエラの魔法が分かるなり両親はシエラを軟禁していたんです。ちなみにシエラにも兄が居ましたが、幼い頃に死別しています。こんな具合に、私達の歴史はその都度変わっているんですよ」

「そうなんだ。シエラさんも中々ヘビーな人生送ってたんだね」


 ポツリと言ったノアに、シャルルは頷いた。


 その他のアリスだって全員生い立ちが違う。それこそ普通に男爵家の令嬢として育ったアリスもいれば、そうではないアリスも居る。


「複雑な話だな。だが、それは皆がそうだったという事なんだよな?」

「ええ、そうです。だから今回のように全員の爵位が一致していて、なおかつストーリーをちゃんと踏んでいるのは本当に珍しいんです。多分、こんなにも上手くいってるのは最初の一回目のループ以来でしょうね」

「初めは上手くいったんだ⁉」


 驚いたカインにシャルルは頷いた。


「ええ。ですが、アリスが十八歳で亡くなってしまったんですよ。流行病で」

「……は?」

「ヒ、ヒロインなのに?」

「ええ。アリスの選んだルートは大団円エンドでした。そのエンドが終わって一年後、アリスは亡くなった」

「初めて聞くんだけど?」


 ノアの冷たい声にシャルルは息を飲んだ。その声があまりにも冷たかったからだ。


「この話はここだけの話にしておいてください。シエラにも言ってないので。あの時の事は忘れもしません。あれから全てが始まったんですから」


 そう言ってシャルルは話し出した。一番初めのアリスの話を。


 その時はまだシャルルもここがゲームの世界だなどとは夢にも思わず、体験学習に来たアリスに一目ぼれをした事すら、運命だと思っていたのだ。


 その後も手紙のやりとりなどをしつつ、アリスと交流を深めていた。アリスは天真爛漫で、とても気立てが良く、何よりも誰からも愛されていた。ルイス達の卒業パーティーではキャロラインとも和解して、完全なハッピーエンドだったのだ。


 ところが、アリスが十八歳になった時、シャルルの元に訃報が届いた。手紙の送り主はルイスで、短く『アリスが亡くなった。明後日、葬儀をあげる』とだけ。


 シャルルは信じられなかった。つい三日ほど前にアリスからいつもの元気な様子の手紙が届いたばかりだったのだから。


 急いで馬車を走らせすぐにルイスの元に向かったシャルルは、簡素な病院のベッドの上で眠るように横たわっているアリスを直視する事が出来なかった。それから、全てを聞いて愕然としたのだ。


 アリスは、もう二か月も前からずっと体調を崩していたという。


 それでもアリスはシャルルに心配かけまいとあんな手紙を寄越していたのかと思うと、やるせなくなってその場に崩れ落ちた。


 涙すら出なかった。これから先、もうアリスとは二度と会えない。そんな人生が待っているのか。それはどんな拷問よりも辛いのではないか。強くそう思ったのだ。


 その時、世界が終わった。


 一瞬辺りが真っ白になったかと思うと、気付けば自分は子供の姿で城に居た。辺りを見渡しても自分の城で、何が何だかよく分からないままシャルルはまた子供からやり直したのだ。


 シャルルはアリスの事がずっと忘れられないまま、次のアリスが学園に入学した日の朝、夢を見た。


「夢?」

「そう、夢です。箪笥の中の引き出しに、見た事もない装置が入っている夢」

「……装置?」

「ええ。これです」


 そう言ってシャルルは胸ポケットから何かを取り出した。


 それは確かに、見た事もない形の装置だ。両手の平に収まるぐらいの長方形のピンク色の薄い箱だ。スマホのように表面はツルツルしている。裏にはしっかりと『花冠』マークが入っているので、これも魔法の小道具なのだろうか。


「これは……なに?」

「これが何なのかは私にもよく分かりません。ただ、よく見ていてください」


 そう言ってシャルルはその装置を弄り始めた。すると、画面だと思われる所に『花咲く聖女の花冠』という文字と音楽が流れ出したではないか。


「……」


 頭が痛い。ノアは思わず頭を押さえてその場に蹲った。それを見てルイスとカインが慌ててノアを支えてくれた。するとすぐに頭痛は治まり、ホッと息をついたノアにルイスが心配そうに言う。


「大丈夫か? 何か薬を持って来させよう」

「ありがとう、大丈夫だよ。多分、僕はこれを知ってるんだと思う。最近、たまになるんだ。もしかしたらもう少しで思い出せるのかもしれない」

「そうなの? あんま無理すんなよ?」

「はは、カインからそんな言葉が聞けるなんてね。ありがとう、二人とも。シャルル、ごめん続けて」

「ええ。ここにね、その時の皆の事が書かれているんですよ。こうやって操作していくと、ほら」

「……ほんとだ」


 カインは驚いたように目を丸くした。そこには『キャラクター紹介』という文と共にルイスの似顔絵と爵位や身長などの説明が書かれている。


「俺、か?」

「ええ。キャラクター全員分ありますよ。そして私の言うログというのはこれの事です」


 また装置を操作したシャルルは、違う画面を見せた。そこにはキャラクター達が話した事が全て辿れるようになっている。ただ、キャラクター以外の人たちの会話は書かれていない。


「なんだ、これ……ノア、分かる?」

「これが、アリスの言うゲーム機……なんじゃないのかな……」

「私もそう思います。他にもこんな風に分岐が見れるようになってるんです。これがアリスのルート。そして一旦これを終了させてもう一度初めの画面に戻ると、2と3も選べるようになっています。これで私はあなた達が進もうとしているルートが分かったんですよ」

「違う意味のチートだったんだな、シャルルは」


 ポツリと言ったルイスにカインとノアも頷く。これで納得がいった。どうしてシャルルが自分達のしていた事をこんなにも知っていたのかが。全てこの装置を見ていたからなのだという事が。


「最初はこれが何なのかさっぱり分からなかったんですが、色々と弄っているうちにだんだん分かって来たんですよ、この世界がこの装置の中に収められているんだという事が。そして私がキャラクターの性能を弄ったりシエラを作れたのは、そのルートが終わる一瞬の間にローディングという時間があるんです。その間だけ、各キャラクターのパラメーターを弄ったりキャラクターを追加したり出来るようになっているんです。そこで弄っていたんですよ。だからここに現れないキャラクターは弄れないという訳です」


 種明かしをしたシャルルをノアは半眼で睨みつける。変な弄り方したからアリスがああなってしまったのだという恨みは決して忘れない。まぁ、そんなアリスも可愛いから今更なのだが。


「でも、君は僕に思い出せってずっと言うけど、ここには僕も出て来ないのにどうして僕の事を知ってたの?」

「それはこれです」


 そう言ってシャルルはまた装置を操作し始めた。すると、そこには動くアリス達の映像と共におそらくこのゲームに携わった人達の名前が書かれていたのだ。

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