第三百三十五話 正しい大人の力の使い方

 ストリング伯爵はブレスレットを撫でてホッと息を吐いて椅子に座り込んだ。そんな彼を力づけるようにダニエルが声をかけ、笑い合っている。


「母さん!」


 ホッとしたのも束の間、ルイスが倒れるように椅子に座り込んだステラを支えた。その顔は真っ青だ。ふと見ればオリビアも青ざめてキャロラインとヘンリーの手を握りしめている。


「どうしましょう……私達、あれをずっと孤児院に送っていたの……何てこと……何てことを……」


 ステラのポツリと言った言葉にオリビアもガクガクと震えだした。知らなかったとは言え、何て事をしてしまったのか。


 何て声を掛ければいいのか皆がシンとしてしまった中、


「……誰のせいでもないよ」

「アリス?」


 そんな二人の様子をじっと見ていたアリスが突然口を開いた。ノアが覗き込むと、その目ははっきりと怒っている。


「ルイス様のお母さまとキャロライン様のお母さまは子供達に美味しい物を食べさせたかっただけだよ。それのどこが悪い事? 何にも悪くないよ! 許せないのは、皆が大好きな物を利用する人達だよ! ステラ様もオリビア様も全然悪くない! そんな顔する必要、どこにも無い!」


 叫んだアリスの目からとうとう涙が零れた。それを見てノアの顔色が変わる。そしてそれを見たキリがゴクリと息を飲んだ。


 マズイ。非常にマズイ。アリス、今すぐ泣き止んでくれ! 


 そんなキリの心の声などアリスに伝わるはずもなく、アリスは泣きながらノアに抱き着いた。それを受け止めたノアの顔には、今まで見た事もないほどゾッとするような笑顔が浮かんでいる。


「そうだね、アリスの言う通りだよ。ステラ様達は利用されただけ。元はと言えばオピリアなんてふざけた物を持ち込んだ奴が元凶なんだ。こうなったら全面戦争だよ、アリス。もう僕はあらゆる手を使ってでもこいつらを止める。それでいい?」

「うん……私も一緒に戦う……」


 ベソベソ言いながらノアに泣きつくアリスを撫でたノアは、顔を上げて仲間たちを見渡した。仲間たちはそんなノアの決意に大きく一つだけ頷き、立ち上がる。


「もちろんだ。その為に俺達は今まで戦ってきたんだ」

「だね。別に世界を救うとかそんな高尚なあれは無いけど、アリスちゃんと同じように、俺も皆が幸せな方がいいからね」

「……本当ね。その為に私達はここまでやってきたのよ。もう私の大事な家族に手出しはさせないわ」


 オリビアの手を強く握り、安心させるようにその頬に口付けたキャロラインは、ヘンリーの手も取ってはっきりと言った。そんな娘の姿にヘンリーもオリビアも驚いたような顔をしている。


「まぁ、こうなったら仕方ないよね。僕達だけで動くには限界もあったし、ここらへんでそろそろ大人の手も借りるべきだよ」

「そうね。リー君の言う通りだと思う。悔しいけど私達はまだ学生だし……アリスは卒業すら危ないかもしれないし……」


 そう言って視線を伏せたライラの言葉に、ノアに抱き着いていたアリスが肩を震わせた。どうやら図星らしい。そんなアリスを慰めるみたいにノアがアリスを撫でている。


「俺は元から誰に止められてもオピリアの犯人は捕まえるつもりっすよ。なんせ、最初の被害者なんで」


 コクリ。


 オリバーの手を掴んでドロシーも頷いた。その通りだ。話を聞く限りオリバーの存在が発端となってオピリアという薬の存在が明るみに出たのだ。


 それを受けてダニエルも立ち上がり、ストリング伯爵の肩に手を置いて言った。


「俺も今まで通り手を貸すつもりだ。親友が毒牙にかけられたんだからな! それに、大事な従弟と幼馴染が戦ってるのに、俺だけのうのうとしてられる訳ないじゃねぇか。そうだろ?」


 そう言ってダニエルが商会のメンバーを見ると、皆も力強い眼差しで頷く。それを見てダニエルは安心したように笑った。


 そんな子供達の決意をじっと部屋の端で聞いていたロビンが大きなため息を落として立ち上がった。


「普通の親ならば子供達がこんな事に首を突っ込んでいたと知ったら、𠮟るのでしょうね。もちろん全面的には私も賛成は出来ません。ですが、この子達が私達の知らない間に色んな事を解決してきたのも事実。それに止めてもきっとこの子達は聞かないでしょう。だったら、初めから手を組んだ方が効率がいい。上手く私達を使いなさい。ただ一つだけ、命に関わるような危ない事だけはしないと約束してください。いいですね?」


 ロビンの言葉に皆、神妙な顔をして頷いた。元よりそのつもりである。何せキャラクターに万が一の事があれば、オピリアとか関係なくこの世界はまた逆戻りしてしまうかもしれないのだから。


「もちろん私達も手を貸します。これは国家反逆罪に値します。何よりも、人々を笑顔にする物に薬物を混ぜ込むなど、言語道断です。ですがアレックス、君は自分で選びなさい。君はオピリアで苦しんだ被害者です。思い出したくもないというのなら、それで構いません。その事で誰も君達を責めませんよ」


 優しく言うアベルにアレックスは神妙な顔をして首を振った。


「クラーク伯爵、お気遣い感謝します。ですが、被害者だったからこそ、僕は、僕達は力になりたい。無理やり摂取させられると言う事が、どれほどの苦痛を伴うかを知っているのは、被害者である僕達だけですから」

「もちろん、うちも協力しよう。妻と娘に被害が及んでいるんだ。手を貸さない理由もない。何よりも、これは国家に対する侮辱だ。到底許せる事ではない」


 最後に立ち上がったヘンリーは、しっかりとキャロラインとオリビアの手を握っていた。これから生まれて来るまだ見ぬ子供の為にも、何としてでも阻止しなければならない。


 その時、扉の方から威厳のある声が聞こえてきた。その声の主はここに居るはずの無い人だ。


「お前達、また俺だけ除け者か。王を差し置いて良い度胸だ」

「王! な、何故ここに⁉」


 ロビンが驚きすぎてずり落ちた眼鏡を押し上げると、ルカは意地悪く微笑んでルイスを見た。


「残念ながら俺には優秀な息子が居るのでな。ステラの危機だと聞いたら駆け付けない訳にはいかないだろう。ステラ、それにオリビアも気に病むな。アリス嬢の言う通り、君達には何の責任もない。それどころか、子供達にお菓子を届けていたなんて褒められるべき事だろう? 俺はそんな事は全く知らなかった訳だが、まぁそれはいい。俺はシャルル大公の即位式の時からずっとルイス達の動向を探っていたが、我が息子ながら優秀な友人や仲間に囲まれているようでな。あちこちからルイスとキャロラインの評判を聞く。それとオピリアの話も覆面と呼ばれる者達の情報も入って来た。それに伴い、俺は騎士団以外の騎士達を今、あちこちの警備にあたらせるよう手続きを終え、派遣した」

「ど、どういう事ですか⁉ そんな話は一言も聞いてませんよ⁉」


 ルカの言葉に目を剥いたロビンが言うと、ルカは悪びれる事もなく肩を竦めて見せる。


「言うのが遅れた、すまん。まぁ聞け。するとどうだ。あちこちでオピリアの被害に遭っている者が出るわ出るわ。悪いが勝手にあのブレスレットを配ってる最中だ」

「だから! どうしてそんな勝手な事をいつもいつもするのですか!」

「そうは言うが、言った所でまずは会議がどうたらこうたらと言ってすぐに実行に移せないじゃないか。だが時は一刻を争う。会議などしている場合ではない。オーグ家、クラーク家、ライト家、全ての高位貴族には今後あらゆる場所で警戒をしておいて欲しい。それからルイス、お前達も情報の提供を頼む。もちろん、こちらからも渡そう。これは戦争だ。大人も子供も関係ない。一人のルーデリアの国民としての良識を問うた戦争だ。国民を巻き込みたくはないのでオピリアに関しては今まで通り表沙汰にはしないが、食品や衛生商品に関しては今後徹底的に調べる。アベル、その棒を量産してくれ。全ての店に秘密裏に騎士をやり調べさせてこよう。もし万が一他からも出たなら、その時点で関係者全員を拘束する。いいな?」


 ルカの問いかけにアベルは深く頷いた。王の決定は絶対だ。逆らえるはずもない。それを見たルカは頷き、カインに視線を送った。どうやらこれまでの経緯を説明しろという事らしい。

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