第三百十六話 レインボーアッシュ

「さあレインボー隊、大きくなるのです!」

「頑張れ! 空気を吸って!」


 それを聞いてレッドが頷いて見せた。それと同時にムクムクとレインボー隊は大きくなっていく。


「……うわぁ……このサイズになると可愛くないね……」


 いよいよ保健室一杯の背丈までになった所で、レインボー隊は膨らむのを止めた。


「次は元のサイズに戻ってみてください」


 アランの声に今度はレインボー隊の体が縮んでいく。


 それを見てアリスとアランは顔を輝かせながら見つめ合う。


「アリスさん!」

「アラン様! 成功ですよ!」

「はい! 後はこの子達がちゃんと動けるかどうかですね! 明日から歩く特訓をしましょう!」

「はい!」


 手を取り合って喜ぶ二人を、周りは冷めた目で見ていた。


 いや、凄い事なのだろうが、突拍子もなさすぎて最早どこから突っ込めばいいのか分からない。


「とりあえず、一件落着?」


 リアンの問いにレスターが無言で頷いた。その顔は引きつっている。


 ずっと化け物だと言われて育ってきたレスターだが、やっぱりアリスは本物だ。多分、アランも。こんな事、よく思いついたなと言わざるを得ない。


 何かがルーデリアに襲い掛かろうとしていて、仲間が欲しいとは言っていたが、まさかレインボー隊まで巻き込んでしまうとは!


「さて! じゃ、レインボー隊はしばらく借りるねってルイス様とキャロライン様に言っとかなきゃ!」

「そうですね。あと、桃も。レインボー隊、明日から特訓です。いいですか? ついでに危険察知の能力もつけましょう。危ない物には近寄らないように」


 アランの質問にレインボー隊は全員がビシリと敬礼を返してくれた。彼らは彼らなりにそれぞれの主人を守りたいと思っているのだ。特に桃の一件で全員にその危機感が伝わったのかもしれない。桃は運よく人工頭脳を壊されなかったが、次もそうとは限らないのだから。


 こうして、レインボー隊はしばらくの間アランの下で猛特訓をする事になったのだった――。



 翌日の放課後から、校庭にカラフルな巨人が姿を現すようになった。最初は学園の生徒たちもそれを遠巻きに見ていたが、どうやらアリスの仕業だと知った生徒たちは、安心したように近寄って来て、一週間もすれば気づけば見学者が増えていた。その中心でレインボー隊に指示を出すのは、何故かイーサンだ。


「こら、お前達もっとちゃんとまとまって動け。でないとまた……」


 イーサンが言った途端、超合体『レインボーアッシュ』(アリスが名付けた。意味は不明である。恐らく、単純に音だけでつけたのだろうとノアは推測している)は、音もなく崩れ落ちた。元が空気とスライムのハイブリッドだ。見た目は巨人だが、触ればフワフワである。



 ベチャっと地面に這いつくばったレインボーアッシュは、よっこいせ、と起き上がると、バラバラになってお互いを指さしてサイレントで怒鳴り合っているが、多分彼らの脳内ではめちゃくちゃ怒鳴っているのだろう。


「喧嘩すんなー。ほら、もっかいだぞ。お前ら、そんなんじゃ主守れないぞー」


 イーサンの言葉にレインボー隊は急いで顔を見合わせてまたレインボーアッシュになる。素直な奴らである。


「ふむ……もう少し重めの成分足しとくか」


 脇に抱えていたアランから借りた黒板に術式を書き込むと、それがそのままレインボー隊に吸収されていく。そう、イーサンは様子を見つつ細かい修正をしていたのだ。これはイーサンにしか出来ない事である。そう言い切られて面倒な役目を押し付けられてしまった。


「どうだね? うまくいってるかね?」

「校長、まぁ、見ての通りです」


 そう言ってイーサンがまたすッ転んでいるレインボーアッシュを指さす。それを見て校長は楽しそうに笑った。


 レインボー隊が大きくなれるという話を聞いた校長は、その事をすぐさま娘に伝えた。するとすぐに孫娘から電話がかかってきたのだ。


『おじいちゃん! あのね、アルジャーノンがね、ネイサンの歩く練習手伝ってるのよ! 見て!』


 そう言って画面が切り替わり、そこにはようやく歩く練習をはじめたネイサンがよたよたと両手を広げて歩いている。その足元にはアルジャーノンと名付けられた空気人形がいた。


 ネイサンの歩調に合わせてゆっくり歩き、ネイサンが転びかけると瞬時に大きくなってネイサンの下敷きになっている。その後ネイサンを起き上がらせると、また歩く練習を再会するのだ。それを見て校長は喜んで手を叩いた。そんな嬉しそうな校長を見て、孫娘も嬉しそうだ。


『あ! またおじいちゃんに電話して! 父さん? 久しぶり。この子、大きくなれるようになったでしょう? もうね、大助かりよ! 離乳食まで食べさせてるのにはびっくりしたけど、本当に助かってるわ。皆さんにお礼を伝えておいてね』

「ああ、しっかり伝えておこう。でもアルジャーノンに任せきりにするんじゃないぞ」

『分かってる! もう彼らは立派な家族よ。今度一緒にピクニックに行くの』


 そう言って嬉しそうに笑った娘を見て、校長も笑み崩れた。やはり、レインボー隊を渡して良かった。


 一部始終をイーサンに話すと、イーサンは苦笑いしながら頷いている。


「まぁ、そういう風に上手い事やってるんならいいんじゃないですか。こら! 喧嘩すんな! 手と足一緒に出てるぞ!」


 そしてまたこける。


 ずっとこれの繰り返しである。いつになったらまともに歩けるようになるのか。イーサンは頭を抱えつつレインボーアッシュの練習にその後も付き合ってやるのだった。


 

 あれから半月。オリバーはチャップマン商会のぼろ馬車の前で大きく息を吸い込んだ。ドロシーには事情は説明していたが、思っていたよりもレインボー隊の練習が長引いてしまったのだ。珍しく不安そうなオリバーの肩を、桃が慰めるように叩いてくる。


「っすね。悩んでても仕方ないか。大人しく叱られよう、一緒に」


 コクリ。


 最近何となく桃と意思疎通が図れるようになってきたオリバーだ。何となく、桃が一緒に叱られようと言ってるように見えたのだが、どうやらそれは間違いではなかったようだ。


 今回の訪問を急いだのには理由がある。レインボー隊の練習も半ばに差し掛かって来た頃、ダニエルから連絡があったのだ。


『なぁ、桃はまだかかりそうか?』


 と。


 理由を聞くと、どうやらドロシーが桃は本当は直らないんじゃないか、と疑いだしてどんどん痩せてきたというのだ。元々食の細いドロシーである。それに加えて心労で食事があまり進まなくなったのだとか。


 そんなドロシーを心配してマリーとエマが一生懸命ドロシーを説得しても、ドロシーも頷いて頑張って食べはするがすぐに戻してしまうという事を繰り返したらしい。これはいよいよヤバイとダニエル達は思ったようで、オリバーに連絡してきたという訳だ。


 それを聞いてオリバーはノアに相談した。すると、ノアは二言返事で言ったのだ。


『じゃ、アリスをゴーしようか』


 と。


 それからのレインボーアッシュの練習は凄かった。アリスに物を教わるという事がどういう事かを痛いほど見せつけられた。最終的にはレインボーアッシュは歩くどころか走ったり宙返りまで披露して皆を驚かせたのだ。


『俺の……存在意義って……』


 宙返りを見たイーサンがポツリと言ったのは誰も聞こえないふりをしていたが、オリバーは知っている。アリスがどれほどスパルタだったかを。その点イーサンはとても優しかった。それだけだ。物を教えるという意味ではイーサンのような教師にオリバーは教わりたい。アリスは死んでも嫌だ。


 そんな訳で、予想よりは早く桃を届けに来る事が出来たのである。レインボー隊やイーサンには可哀相な事をしたが。

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