第二百九十三話 ノア・レヴィウス

「あ、そうだ。それから、僕の正体分かったんだよね」


 まるで話のついでだと言わんばかりのノアの言葉に、皆が一斉に叫んだ。


「は⁉」


 と。


「ま、待て! お、思い出したのか⁉」

「ううん。何かね、エミリーさんが教えてくれた」

「エ、エミリー? 誰だ?」

「君達がシャルルの婚約発表に出てる時に電話した相手だよ。マヤーレの人だからさ、うっかり会っちゃったんだよね。キリが」

「すみません。うっかりしていました」


 そう言って頭を下げたキリを見て、ノアは首を振った。


「でも、キリがうっかり会っちゃったおかげで重大な事が分かってさ。これ見て」


 そう言ってノアは一枚のボロボロの紙きれを机に置いた。それを皆で覗き込んで、悲鳴を飲み込む。


「怖いでしょ?」

「い、いや……え? アリス……よね?」

「そうだろうな……これノアが描いたのか?」

「ていうか、紙が古すぎない? これ、何年前の紙?」


 カインはそう言ってボロボロの紙を指先で抓んだ。


「少なくとも、十四年は経ってる。僕は、これをまだ三歳だったキリに渡したらしいんだよね」

「はい。絶対に失くすな。いつか、自分が思い出したら返してくれ、と念を押されました。何度も」

「ちょっと待ってよ! おかしくない? あんた、今十八でしょ? キリが三歳って、あんた四歳じゃん!」


 リアンの突っ込みに一同はさらに目を丸くした。それもそうだ。皆の視線が、一斉にノアに注がれた。


「そうなんだよ。そのエミリーさんが言うには、僕は向こうでは十六歳だったらしいんだ。妖精の道を通ってここに来た僕は、四歳に戻ってたって事」

「兄さま……ねぇ、どっか……行っちゃうの?」


 震える手で紙を手に取ったアリスは、涙声で言った。そんなアリスの肩をノアが抱き寄せて頭にキスしてくれる。


「行かないよ。話を最後まで聞いて」

「……うん、ごめんなさい」

「でね、この絵は向こうで僕が描いたものらしいんだけど、おかしくない? 僕、アリスの事もキリの事も、多分皆の事も知ってたみたいなんだよ」

「ど、どういう事なの⁉ あなた、何者なのよ⁉」


 珍しく声を荒げたのはキャロラインだ。ずっとただのクラスメイトで仲間だと思っていたが、ここに来て急に不安になってくる。今、目の前にいるのはどこの誰なのだろう? 納得したと思ったが、やはり心の中ではきちんと整理出来ていなかったようだ。


「ノア・レヴィウス。大国レヴィウスの第四王子です」


 キリの淡々とした言葉に、皆は一様にポカンと口を開けた。


 ずっとノアに告げたくなかった秘密。ノアの本当の名前である。幼い頃から無意識にキリはサーチを使って色んな人を見て来た。物乞いをするのにこの能力はとても役立ったからだ。だからノアが突然現れた時も、キリはすぐにサーチを使ってノアを見た。今でもノアのステータスには、ノア・バセットの隣に(ノア・レヴィウス)と書かれている。


「レ、レヴィウスって、あの、東の大国の……か?」

「はい。ノア様はそこで十歳から幽閉されていたそうです。レヴィウスで内乱が起こり、そこから逃げてここへ来た、とエミリーさんは仰っていましたが、俺は多分、違うと思います」


 キリはそう言って視線を伏せた。何せ三歳の頃の記憶だ。年月を重ねるにつれて改ざんされている箇所も多分ある。


「ノア様はこちらに来てすぐ、まずは俺の名前を呼びました。最初はこの人もサーチを使えるのかと思っていたんですが、話を聞いていると、どうやらそうではなくて元から俺の事を知ってるみたいでした。あの時は何の話をしているのかさっぱり分かりませんでしたが、今思えばゲームの話をしていたんでしょうね。ノア様は、ある人と取引をした、と仰ってました。やっぱり夢で見た通りだった。僕はやっとここに来られたんだ! と言ってはしゃいでいました。つまり、ノア様は内戦が起こったから逃げてきた訳ではなくて、おそらく何らかの取引を妖精王としてこちらにやってきた方なのだろう、と俺は思っています」


 キリの言葉に皆は無言だった。そんな中、アリスだけは首を傾げて言った。


「夢で見た通りって……どういう意味? 兄さまもゲームの事を知ってたって事?」


 首を捻るアリスに、キャロラインがおずおずと言う。


「ア、アリス? あなた、ノアが大国の王子だと聞いて、平気なの?」

「? だって、兄さまは兄さまだから……変ですか?」

「へ、変かと言われれば悩む所だけれど……驚きはするわね、普通」

「でも、驚いても事実は変わらないじゃないですか。前にリー君もノアはノアだって言ってたし」


 そう言ってチラリとリアンを見ると、呆れたように腕組をしたリアンが頷いた。


「言ったね。まぁ、僕もまさかレヴィウスの王子だとは思ってもみなかったけど、まぁこれでスッキリしたよ。で、どういう事? 変態王子も前世持ちって事? で、それを忘れてる?」

「リー君は……情報処理がめちゃくちゃ早いっすね……何でそんなすぐに切り替えられるんすか」

「切り替えるって言うよりも、どっかの誰だか分かんないのがスッキリしなかっただけだから、分かったらもう別にいいってだけ。だって、じゃあノアはレヴィウスに帰るの?」


 リアンの質問にノアは首を振った。


「いいや」

「でしょ? じゃ別にいいじゃん。妹好きすぎる変態だけど王子が増えたってだけの話だし。あ、今はもう変態じゃないね。何だろ……執着愛……? うわ、こわ! 記憶と年齢引き換えにアリス探すとか、もうちょっと怖すぎるよ、あんた」


 変な物を見るような目をノアに向けても、ノアはにっこりと笑って照れている。


「いやぁ~僕もそう思う。でも、それだけ会いたかったんだと思うよ、この絵見る限り。自分で言うのも何だけど、ちょっと危ないよね……幽閉もされるよ、そりゃ」

「あ、自覚あるんだ。ならいいや。で、キリ、他に何か聞いてないの?」

「とは言われましても、俺も当時三歳なので細かくは流石に……でも、多分シャルル様が仰ったノア様が居るからループが終わると言うのは、もしかしたらノア様の記憶にヒントがあるのかもしれない、とは思っています」

「そうは言ってもね。どれだけ強力な魔法をかけられてるのか分からないんだけど、欠片も思い出せないんだよ」

「では、衝撃を与えてみますか?」


 キリの言葉にアリスがスックと立ち上がって拳を握った。


「よし! 殴る⁉」

「え⁉」


 思わず身構えたノアに頷くキリ。そんな二人を見て周りは慌ててそれを止めた。


「だ、だめだめ! 腐っても元王子だから! 殴っちゃ駄目! 考えよう、な?」

「そ、そうだぞ! 何でも拳で片を付けるのはよくないぞ!」

「そうよアリス! あなたいつも手が早すぎるのよ!」


 そう言ってどうにかアリスを抑え込んだルイスとキャロラインとカインは、渋々ソファに座り込んだアリスを見てホッと息をつく。


「はぁ……ノア、お前もせめて避けようとしてくれ」

「いや~これはもう愛の鞭かなって」


 何故か嬉しそうに微笑むノアに、それまでモヤモヤしていた一同は深く頷いてお茶を飲んだ。


「リー君の言う通り、どこの誰でもノアはノアね……ごめんなさい、取り乱して」

「だね。しっかし、衝撃的な事実だったな。第四王子か……微妙」


 苦笑いを浮かべたカインに、ノアも笑った。


「おまけに幽閉されてたんだって。で、引き籠ってずっと絵描いてたみたい。怖すぎるね」


 自分の事の筈なのに、思い出せないからどこか他人ごとのノアに、カインは呆れた視線を送ってくる。


「こりゃもうシャルルの話聞くのが早いんじゃない?」

「言えてる。全部教えてくれる訳ではないだろうけど、ある程度は教えてくれそう。よし、電話しよう」

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