第二百九十二話 沈まない船
「アラン、そういうのは出来ないのですか? このスマホにそういう機能をつけるとか!」
「お、親父? どうした? そんな急に興奮して」
「ルード! 逆に聞こう! どうしてお前はそんな冷静でいられるんだ! メイの写真を残せるんだぞ⁉ 画家に動き回るからまだ描けないと言われたから諦めたが、その写真とやらがあれば!」
「はっ! アラン! どうなんだ⁉ 出来るのか⁉」
「え⁉ い、いや、出来ない事はないとは思いますが、その為には『念写』の能力が必要で、色々実験してみない事には何とも……」
「よし! 『念写』だな⁉ 分かった。総力を挙げて探しておこう! 見つかったらすぐに実験に取り掛かってくれたまえ!」
「は、はい!」
アランはロビンにがっちりと肩を掴まれて、何度も頷いた。勢いが怖すぎる。
「アランが怖がってるだろ、二人とも。それにしても、そこまでしてちっさい頃の絵残しときたいもんかね」
呆れたカインにロビンとルードは同時にグルリと振り返って、怖い顔で近寄って来た。
「想像してみろ! シリーとかドンちゃんの小さい頃の写真とやらを残しとけるんだぞ⁉」
「そうだよ、カイン。イエローがドンちゃんに乗って飛んでるのを写真に出来るんだよ⁉」
「! そうか! アラン、俺も協力するから頑張ろうな!」
想像して目を輝かせたカインを見て、リアンがポツリと言う。
「ミイラ取りがミイラになってんじゃん」
その一言に、全員が笑いだした。ライト家も我に返ったのか、恥ずかしそうにしている。
「気を取り直して。ダムはこのまま国家事業に推します。あと教科書なんですが、カインから話は聞きました。チャップマン商会に資金を国から送金しますので、是非作ってください。内容に関してはライラさん、よろしくお願いしますね」
「は、はい!」
「ライラのお猿さんシリーズがどんどん世に出て行く……最初はアリスのあまりのバカっぷりに作っただけなのに、何だか感慨深いね」
「酷い! でも言い返せない! いつもありがとう、ライラ」
「いいのよ。今では私の趣味みたいなものだもの」
「そんな訳なので、ライラさんにももちろん、新しい機関を立ち上げた際に役職がつきますので、その時は契約書にサインをお願いしますね」
シレっとそんな事を言うロビンに、それまで笑っていたライラがピクリと固まった。隣ではリアンも固まっている。
「え? ……えぇ⁉」
「当然です。国の仕事になり、そういう機関が立ち上がれば、もちろん教科書の製作者としての役職がつき、給料が発生しますよ」
「はわわわわ!」
「ライラすごーい! でも、やる事は今までと一緒ですよね?」
「もちろん。ただ、契約だけはしておかないと流石に色々とマズイので。なので、ライラさんは今まで通りアリスさんに教科書を作る、ぐらいの気持ちでいていただければ、と思います。私も教科書を読みましたが、要点が分かりやすく、何も知らなかった人達がもっと学びたいと思えるような工夫がそこらかしこに見受けられました。それ以上を学びたい者には、また違った教科書を用意するので、あなたは今のままでいいんですよ。そんなに身構えないでください」
ライラの教科書はただ単に分かりやすいだけではなく、知って欲しい、という思いがしっかりと伝わってくる教科書だった。あんな教科書が作れたのはきっと、ライラがアリスの為を思って作ったからなのだろう。そしてそれを読んだ国民達にもまた、それが伝わった。だからこそ、もっと学びたいと思う者達が現れたという事だ。
実際にロビンが視察に街に行くと、各段に街の中に文字が増えた。露天商でさえ、値段や商品名をはっきりと示すようになったり、子供達が公園で輪になって教科書を持ち寄って地面に文字を書いているのを見ると、涙が出そうになる。
そんな光景を見た事をサリーとメグに伝えると、サリーとメグもやはり涙ぐんでいた。
「ライラちゃん、親父の言う通り、ライラちゃんは今のままで教科書を作ってやってよ。後の事は俺達がちゃんとやるから」
「そうだよ、ライラ。それに、僕もダニエルも居るんだから、何でも一人でしようとしなくていいよ。もっと頼んなよね」
「う、うん! えっと……よ、よろしくお願いします」
そう言って頭を下げたライラに、ライト家の三人が穏やかな顔で頷いた。
こうして無事にダム建設と新しい教科書の配布は国営事業になったのだった。
翌日、このニュースに誰よりも喜んだのはダニエルだ。元々は小さな印刷業者に安い賃金でお願いしていたから、国営事業ともなればきっと協力してくれた会社は潤うに違いない。ダニエルはその日の内に教科書に携わってくれていた全ての会社に、ずっと品薄状態のビールをお祝いとして持ち込み祝った。そんなダニエルに印刷会社の社長たちは涙を流して喜び、ヨレヨレになっているダニエルを労ったという。スマホを持っているのだから電話でも済んだのに、という社長たちにダニエルは言ったそうだ。
『その方が楽だっただろうとは思うけど、ちゃんと顔見て祝いたかったんだ!』
などと物凄い笑顔で言い切られて、それ以上は誰も何も言えず、そっとダニエルに頭を下げたのだとか。
「あぁ……そういう話を聞くたびに胃が痛いんすよ……」
「分かる。僕も最近、たまに辛い」
ロビンとルードは仕事があると言って、今朝、バーリーを後にした。ライリーとローリーは相変わらずノアとキリに抱き着いて泣いて離れたくないと泣き喚いたが、ルードに言いくるめられて泣く泣く馬車に乗って帰って行った。
残った学園組も、もう一度ダムの視察に行ってバーリーを出発して、途中で一泊してようやく学園に辿り着き、いつものメンバーは暗黙の了解でそのままルイスの部屋に集まり、リアンにダニエルの話を聞いていた所だったのだが。
「ダニエルには言っちゃ駄目なんすか? 俺、本気でそろそろ胃に穴が開きそうなんすけど」
「言っても構わないけど、僕はダニエルの役どころはあのままでいいと思ってるよ」
「俺も。それに、ダニエルは人が良すぎてこんな話を聞いてしまったら、それこそあいつが病みそうじゃない?」
何度もループしている事、今水面下で世界に起きている異変、そして自分達こそが狙われているのだという事実。それら全てをダニエルに受け入れる事が出来るだろうか? チャップマン商会が傾いた時ですら、一人でどうにかしようとした奴だ。下手に教えてそれに真摯に向き合いすぎて体を壊してしまいかねない。
それにはオリバーも納得したように頷いた。ダニエルはプライドモンスターだが、正直者で裏表の無い善良な人間だ。確かに下手に巻き込まない方がいいかもしれない。
「それにね、商売をする上で、この情報は必ず邪魔になると思うんだよ。だからダニエルには、何も知らずにどんどんうちの商品を広めていってほしいんだよね。素直な人だから、きっと裏を知ってしまうと動けなくなるだろうから」
「はぁ~……だね。まぁ、そういうのは僕が引き受けるよ」
「ごめんね、リー君。裏側全部押し付けて。ダニエルに比べたら君は適度に受け流してくれるからつい頼っちゃって。こう見えて反省はしてるんだよ」
「構わないよ。もうここまで来たら乗りかかった船だしね。この船が沈まない事を祈ってるよ」
「沈まないよ。沈ませない、絶対に」
ノアの言葉にリアンは頷いた。年齢の割にリアンはしっかりしている。いつでも冷静に、少々社会を斜めに見ているので、そういう意味では本当にいいストッパーだ。
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