第二百八十六話 只者じゃない一行

「酷い! 皆が酷い! 自由な発想は自由な心身から生まれるというのに!」

「お嬢様、尤もらしい事を言ってますが、あなたのは自由ではなくて無鉄砲で向こう見ずですよ。毎度巻き込まれる私達の身にもなってください」

「で、でも上手くいった事も一杯あるもん! スマホとか! 鉛筆とか! 消しゴムとか!」

「そこは認めますし凄いですが、あなたの場合、それを差し引いても日常がはちゃめちゃ過ぎると言ってるんです。分かったらはい、ハウス」

「ぐぅ」


 確かにキリの言う通りである。今までのアリスの功績を全て寄せ集めたとしても、叱られた事の方がはるかに多いし、きっとこれからもそれは変わらないだろう。


「まぁまぁ、フィルちゃんはフィルちゃんらしさを追求して、アリスの真似はしちゃ駄目だよ。危ないから。それで、ダムの方なんだけど」


 睨みあうアリスとキリの間に割り込んだノアが言うと、フィルは頷き、思い出したようにキース達が動き出した。


「そうでした! ご案内します。昨日、完成したのですが、まだ放水はしていないんです。皆さまがいらっしゃるのをお待ちしてました!」


 その為に昨日から断水していた訳だが、それを聞いてもオルゾの領民達は誰一人として反対はしなかった。聖女キャロラインがダムを発案してくれたおかげで、今年は誰も雪解け水に流されたりしなかった。堤防が全て防いでくれたのだ。そんな物を作ってくれた聖女が来てから、放水すべきだ。誰もがそう考えた。


 それを聞いてキャロラインは慌てて頭を下げた。


「も、申し訳ありません。断水までしていたなんて! 何してるの、あなた達。早く行きましょう」


 自分たちの到着を待っていたと言われては、しょうもない言い合いなどしている場合ではない。急に皆を急かしだしたキャロラインに、人間も妖精も関係なく笑みを浮かべた。


「大丈夫ですよ、キャロライン様。領民達には事前に報せていたので、誰も困ってはいません。それどころか、皆既にオルゾ山の側で皆さんの到着をお待ちしております」

「そ、そういう事はもっと早く言ってください! これ以上皆さんをお待たせする訳にはいきません。アリス、行くわよ」

「はい!」


 キャロラインの号令にアリスはビシリと敬礼してキャロラインとルイスの前を歩いた。最近はいつもこうやって、キャロラインの前はアリスが守る。ちなみに後ろ側はドンブリだ。


 それを見ていた一人の妖精がポツリと言った。


「すげ~……ドラゴンが犬抱っこして歩いてる……あと、一番前の子の魂の色、すんごいね」


 一人の妖精が言うと、隣に居た妖精、ロンも腕を組んで頷いた。


「大人しいドラゴンなんて、俺は初めて見たな」

「ていうか、人間の俺たちゃドラゴン自体初めて見たんだが、そっちにはドラゴンは一杯いんのか?」

「いや、妖精界にもドラゴンは居ないけど、大陸の方には結構いる。でも、こんな大人しくない。あいつらしょっちゅう火噴いては村焼き払ってるよ」

「こえぇ」

「だから妖精は近寄らないし、人間も近寄らないけど……この光景は凄いな……」


 トンボのような羽をビリビリさせてロンは目の前をノシノシ歩くドラゴンを見上げる。


 ドラゴンは頭の上に人形を乗せ、尻尾の付け根に二人の子供を乗せて目を細めて誇らしげに歩いて行くではないか。


 それに続いてゾロゾロと一行が付き従うが、一番最後の大きな狼を見て、ロンは固まった。


「ダ、ダイアウルフ……だと?」

「狼……だよな? あれ……人乗ってんだけど……」


 ロンの隣で男が言うと、ロンは固まったまま頷いた。


「ダイアウルフははるか昔に絶滅したって言われてる、最大種の狼なんだが……あれは大陸にももう居ない。まさかこんな所で見れるなんてな……」

「しかも姫様の加護が付いてるよ、あの子。上に乗ってる子も……妖精?」

「いや、違う。人間だが……不思議な魂の色だな……はは! おい、俺達、思ってた以上におかしな事に参加してたみたいだぞ!」


 ロンはそう言って心底おかしそうに笑った。


 先頭を歩く尋常じゃない生命力の少女に、大人しく付き従うドラゴン。絶滅したはずのダイアウルフ。人間のはずなのに妖精の魂に近い少年。何よりも、あれほど人間を嫌っていた妖精王の娘、フィルマメント。こんな一行、絶対に只者じゃない。


 妖精界では大陸から逃げ出して戻って来た妖精が増えすぎて仕事が無く、最初は仕方なくこのダム派遣に参加したロンだったが、蓋を開けてみたら毎日はとても楽しかった。美味い食事にビール。そして気の良い人間達に、あっという間に妖精たちは馴染んだ。


 最近は寮に家族まで連れてくる者も居る。今では子供たちはキースの家で集まって妖精の子達も人間の子達も一緒になって遊んでいる光景が見られるようになった。


 こんな光景が見られるようになるなんて! とキースは感動して泣いていたが、それは妖精たちからしても同じだ。まさか、こんな風に人間と歩み寄れるようになるなんて! 


 ロンはおかしくてしょうがないとでも言う様に、目尻に溜まった涙を人差し指で拭う。


「良い時代に生まれたな! 俺達は」


 目の前の一行を見送った後ロンが言って振り返ると、そこには人間も妖精も関係なく手を取り合って、今目の前を通り過ぎた一行に興奮している仲間たちが居た。


 このダム建設が終わると、一旦は契約終了になる。それについては、この間キースから報告があったが、誰一人として妖精界に戻りたいとは言わなかった。そんな妖精たちのワガママに、キースは引き続きこの地で、ビール工場と大麦を作る事業に参加して欲しいと告げてきた。今までのように契約ではなく、ちゃんとした雇用をしたいと言ってきたのだ。


 もちろん、誰もがその話に乗った。大好きなビール造りを手伝えるなんて光栄だ。でも、それ以上にこのバーリーを離れたくないと思った連中の何と多かった事か。しかもそれはマヤーレでもポワソンでもそうだったと言うのだから、この事業はやはりそういう意味でも成功だったのだろう。きっと。


 オルゾ山の下までやってきた一同は、そのあまりにも雄大な山の井出達に息を飲んだ。


「凄いね、この山。まるで……富士山だね」


 アリスは目の前の山を見上げて言った。その井出達はまるで富士山である。山の麓なので全体像は見えないが、その特徴的な形を見て、やはりここはゲームの世界なのだなと言う事を嫌でも実感してしまい、何だか素直に喜べなかった。美しいとは思うが、こんな所で実感はしたくなかったというのが本音である。


「富士山?」


 アリスの隣でやはり同じように山を見上げていたノアが言うと、アリスはいつもの笑顔で首を振った。


「何でもないよ! で、で、これから何が始まるの⁉」


 目の前にはズラリと並んだテーブルの上に、豪華な料理が隙間なくびっしりと並んでいる。テーブルの端がここからでは見えなくなっているので、きっと今日の為にオルゾの川に沿って机を並べ、皆でお祝いしようとしているのだろうという事が、お花畑アリスにも分かった。


 辺りはすでに薄暗くなってきている。そんな中、キースがスマホを取り出して誰かに電話を始めた。


「さあ皆さん、オルゾ山に注目していてください! 開会式の合図が始まります!」


 キースがそう言った途端、目の前のオルゾ山の中腹辺りから、ドン! という大きな音が聞こえてきた。そして次の瞬間、夜空に大きな花が咲く。


「わぁ! 花火だ! クルスさん、作れたんだ! どっかでダニエル達も見てるかな?」


 アリスが手を叩いて大きな花火を見て喜ぶと、他の皆は目を丸くして次々に上がる夜空の花を見ている。ダニエル達には生憎まだ会えていないが、どこかで見ているだろうか。

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