第二百八十七話 ダムの完成!

「アリス、あれ知ってるの?」

「うん。あれが花火だよ! イフェスティオでクルスさんに教えたやつ! 綺麗だね」

「あれが……ビックリした。あの時には何言ってんのか分からなかったけど、こんな風になるんだ……」


 空を見上げて珍しくポカンとしているノアの手を取って、アリスは肩を揺らして笑った。


「よし! 歌おう!」

「え⁉ 何で⁉」

「何か、そんな気分なの!」


 そう言ってアリスが花火の音に負けないぐらいの大声で歌いだすと、ドンブリもいつものように歌いだした。


 けれど、アリスとドンブリ以外は皆、初めて見る花火とアリスのド迫力の歌に唖然としている。それを鋼鉄ハートのアリスは感激のあまり言葉を失っているのだと受け取った。


「ドンちゃん! 特訓の成果を見せると時だよ!」

「キュキュ!」


 アリスの言葉を合図に、ドンは尻尾の子供達を下ろすと、アリスが登れるようにしゃがみこんだ。そこにいそいそとアリスは上り、ドンに颯爽とまたがる。


「よし! じゃ、ちょっと行ってくる!」

「は⁉ ちょ、い、行くってどこに……あ! アリスーーー!」


 ノアがポカンとしている間に、アリスはドンに跨って大空に舞い上がった。そんなアリス達を見て会場はそれはもう大盛り上がりだ。


「……お嬢様……俺はもう、知りません」

「キリがとうとう匙を投げた……」


 何も出来ぬまま空を見上げていたノアとキリは、お互いの顔を見合わせて大きなため息を落とす。


 一方アリスは、ドンの背中の上で風を感じていた。


「ひゃっほ~~~~~!」

「キュキュ~~~!」


 下を見ると、突然現れたドラゴンの背に乗った女の子を見て、皆がポカンと口を開けたまま固まっている。


「よしドンちゃん! お祝いの歌を歌おう!」

「キュ!」


 こうしてオルゾ川に沿って延々続く机の上を、ドラゴンに乗った少女がへんてこな歌を歌いながら飛ぶのを、人間も妖精も関係なく最初はポカンとしていたが、誰かが言った。


「な、なぁ……あれ、何の歌?」

「さあ……でも、すっげー楽しそうだったからいいんじゃね?」

「音痴すぎない?」

「でも、笑える! 合図もあったし、パーティーの開始だ! 皆、おめでとう!」

「おめでと~~~!」


 へんてこな歌がまだ遠くに聞こえる中、領民達は一斉に持っていたビールで乾杯した。それが伝達したかのように、あちこちから叫び声や笑い声が聞こえてくる。


「ね、ドンちゃん! あの山行って皆にもおめでとう言いに行こう!」

「キュ!」


 ようやく机の端までやってきたアリス達は、そのまま大きく旋回してオルゾ山を目指す。花火の光に照らされて、ドラゴンと少女が山に向かって飛んで行くのを見た人々は、興奮したように喜んだ。


 それを麓から見ていた仲間たちは、全員が全員呆れたように大きなため息を落としている。


「あの子、どうしてあんなにも破天荒なのかしら……」

「目立ちたいんじゃないか?」

「いや~ていうよりも、ただ単に自分の欲に忠実なんじゃないの?」

「お嬢様は恥ずかしいという概念が無いですから」

「いや、それはあんた言っちゃ駄目でしょ。言っとくけど、あんたもミアさんと話してる時、大体なんな感じだからね?」


 リアンの抗議にキリが薄く笑う。


「俺はわざとやってるので、あれと一緒にしないでください」

「より質が悪いよ!」


 そんな中、それまでカインの肩でうずうずしていたフィルマメントが急に大きくなって空に舞い上がった。


「楽シソウ! フィルモヤル! 皆、後ニ続ケ!」


 そう言ってフィルマメントは空から小さな花びらを振りまいた。それに続くように、あちこちから妖精たちが飛びあがり、花を振りまく。


「フィルまで……まぁ、俺達も楽しもうか。ほら、乾杯しよ!」

「……そうですね。ところで、アリスさん大丈夫でしょうか。どこかで落ちなければいいんですが」

「え⁉ そうだった! アラン! すぐに行ってアリスに魔法かけてきてやって!」


 浮遊魔法もかけずに飛んで行ってしまったアリスをアランが不安そうに見上げて言うと、すぐにノアからそんな事を言われた。


「わ、分かりました。ちょっと行ってきます!」


 アランは慌てて浮遊魔法でアリスの後を追い、何故かそれに続くようにフィルマメント率いる妖精軍団までオルゾ山に向かいだす。


 山の中腹では、一生懸命花火を上げていたクルスとスルガや、これからダムの管理をしてくれる管理人たちが、突然現れたドラゴンに乗った女子を見てギョっとしていた。


「クルスさ~~ん!」

「ア、アリス様⁉」


 名前を呼ばれてハッとしたクルスとスルガが見上げると、ゆっくりとドラゴンが降りて来た。


「花火凄いね! ビックリしちゃった!」

「アリス様! 驚いた! え? これ、ドラゴンだよね?」

「そう! ドラゴンのドンちゃんだよ! 女の子なの。美人でしょ?」

「キュキュ!」


 アリスに紹介されたドンは、キャロラインを見て覚えたカーテシーの真似事をして見せた。 


 ドンは裸んぼなので抓むドレスもないのだが、それでも何となく頭を下げたドンを見て、クルス達も慌てて頭を下げる。


「ど、どうも……よろしく、ドンちゃん?」

「キュ!」

「あ、私も、よろしくお願いします。スルガと申します」


 目の前のドラゴンにビクビクしながらスルガが言うと、アリスは目を輝かせた。


「あなたがスルガさん! よろしくね! アリス・バセットです」

「アリス様、お話は色んな方から伺っています! お会いできて光栄です!」


 アリスの名前は今や至る所で囁かれている。時には救世主として、時には王家のガーディアンとして。何よりも、アリス商会の名前は今やルーデリア国内では知らぬ者が居ないのではないだろうか。


「私も会いたかったんだ! 兄さま達を守ってくれて、本当にありがとうございました!」

「兄さま?」

「うん! ノア・バセット。私の兄さまだよ!」

「ああ、ノア様! いえいえ、こちらこそ、助けていただいたのでおあいこですよ」


 そう言って笑ったスルガを見て、アリスは花が綻んだように笑った。見た目は正統派美少女である。しかし、ドラゴンに乗ってここまでやってきた事を考えると、やはりアリスは噂通りなのだな、と何かに納得したスルガだった。


「アリスさ~ん! 一応浮遊魔法をかけておきましょ~!」

「アリス~! 私達モ空カラパレードスルヨ~!」


 アリスを追ってきた二人を見上げて、アリスは手を振った。そして二人が降りてきたのと同時に、スルガのスマホに電話がかかってきた。


「ちょうどいいです。アリス様、ダムの放水のボタンを押してもらえますか?」

「え⁉ いいの? 私が押しちゃって」

「もちろんです! あなたが押さないで誰が押すんですか!」


 そう言ってダムの放水ボタンを持ってきたスルガに、クルスも頷いた。


「さぁ、皆待ってるよ!」

「うん! ポチっとな!」


 アリスがボタンを押した途端、ダムの放水口がゆっくりと開いた。それと同時に、そこから一定量の水が、乾いた川に流れだした。


「ひゃっほー! よし、いくぞドンちゃん! フィル! アラン様!」

「ヨシキター! 皆、ツイテ来イ!」

「あ、いえ、僕は会場に戻りますので、空のパレードを楽しんできてください」


 意気揚々と空に舞い上がったアリス達にアランが言うと、アリスはぶー、と頬を膨らませ、次の瞬間には笑顔で手を振って飛び去って行った――。


 残されたクルスとスルガとアランは、お互い顔を見合わせて苦笑いを浮かべる。


「大変ですね」

「全くです。まさかドラゴンに乗ってやってくるとは……噂以上のお嬢さんでした」

「アリスさんは……ちょっと色々と規格外なので……はは」


 乾いた笑いを浮かべたアランに、クルスとスルガは同時に頷いた。あれを制御している人達が、多分一番凄いんじゃなかろうか。そんな事を考えながら、無事にダムの放流が終わったのを確認した一同もまた、パーティーに参加するべく、山を下りたのだった。

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