第二百八十二話 天災街道まっしぐら

 そこへカインとルイスが戻って来た。ヴァイスに乗るレスターを見て、二人とも感嘆の声を上げている。


「なになに? うわ! いいじゃん、レスター王子! めっちゃ絵になってんじゃん! ちょっと羽根出してみてよ」

「えぇ? カイン様まで……ちょっと待ってくださいね」


 レスターは素直にヴァイスに乗ったまま羽根を出した。それを見て周りから歓声が上がる。それはまるで妖精の王子様のような井出達だ。それを見てドンがアリスを何か言いたげにじっと見つめてくる。


「いや、出ないよ! ごめんだけど、そんな目で見られても私は羽根出せないからね⁉」

「キュ~……」


 出ないのか……明らかにがっかりした様子のドンに、アリスが慌てて言う。


「でもドンちゃん想像して! 私が刀を持ってドンちゃんの背中から攻撃したら、めっちゃ格好良くない⁉ おまけにドンちゃんが火を吐く練習とかして一緒に戦えたら、最強じゃない⁉」


 とりあえず思いつきでそんな事を言ったアリスにドンは目を輝かせた。


「キュ!」

「ね! よし、練習しよ! ダム見学に行くまで特訓だ! ブリッジも噛み付く覚えるよ!」

「キュキュ!」

「うぉん!」

「あ、僕達も一緒に練習していいですか? 乗るの意外と難しいです」

「私達モ行ク!」

「もちろん! 行こ!」


 そう言ってアリス達はドカドカと窓から飛び出して行った。


「……ねぇ、止めなくて大丈夫なの? ドラゴンと怪物のセットなんて、天災街道まっしぐらだけど」


 賑やかな一団が部屋から去ったのを見てリアンがポツリと言うと、ノアは苦笑いを浮かべて言った。


「アリス、何かさせてないとそろそろ本気で爆発しそうだから」

「そうだよ、リー君。アリスね、最近ずっと勉強してたでしょ? 比喩じゃなくて本当に頭から煙出るんじゃないかしらってぐらい顔が真っ赤を通り越して黒かったの。だから、大事な事だと思うわ」


 大地の化身アリスは、一つの部屋でじっとしているのがとにかく苦手だ。最近は勉強しすぎて顔がどす黒かった。まるで火山が噴き出した黒煙のようだと思ったライラは、ノアの意見に賛成した。


「黒いのは怖いね。じゃいっか。魔導士はアリスについててやりなよ。あいつ、絶対落ちると思うんだよね」


 ドンの上で格好つけて(調子に乗って)落ちる未来しか見えないリアンが言うと、アランは神妙な顔をして頷いた。


「言えてますね。ちょっと見て来ます」

「ごめんね、アラン。アリスお願い」

「はい」


 そう言ってアランは窓を開けてそこからひょいと飛び降りた。それを見てギョっとした一同は、アランがフワフワ浮いているのを見てホッと胸を撫で下ろす。


「アランも大分アリスに感化されてるな……躊躇いなく窓から出てったぞ」

「言えてる。てか、あいつ浮遊魔法まで使えんのかよ!」

「……どうしてアリスに感化された人たちは皆窓から飛び降りようとするのかしら……」


 そしてそんな光景にすっかり慣れてしまったキャロラインもまた、アリスに感化されているのだろう。


「大丈夫だキャロ、もしもキャロまで窓から出ようとしたら、ちゃんと俺が止める」

「ええ、お願いね。そろそろ私も一階の窓からなら出てもいいかもしれない、ぐらいには思っている節があるもの」

「ねぇ変態、アリスってウイルスか何かなの?」

「どうだろう……?」


 どんどんアリスの色に染まって行こうとする人達をしばらく見ていたノア達だったが、思い出したように手帳を開いた。


「それよりも、いつ行く?」

「校長からは全員分の長期休暇の許可をもらってきたぞ」


 ダムが完成間近だという事を校長に伝えると、校長はそれを聞いて嬉しそうに手を叩き、ルイスが言いだすよりも先に全員分の長期休暇の許可をくれた。聞けば、校長の実家はどうやらポワソンだそうで、毎年の川の氾濫に悩まされていたらしい。


「素晴らしい! 私も行きたいがここから離れられんから、スマホで中継してくれと番号を渡されたぞ」


 そう言ってルイスのスマホには頼んでも居ないのに校長の番号が登録されている。


「そっか、良かった。ライラちゃん本当にアリスの勉強見てくれてありがとう」


 校長から全員分の許可が出たと聞いて、ノアは嬉しかった。前学期のアリスのテストは、皆の予想を裏切って、一つの赤点も無かったのだ。これは偏に全てライラのおかげである。


「いえ、とんでもないです。アリスの気合い、凄かったですから」


 テストが始まって開始二分で、アリスは突然立ち上がって叫んだ。


『分かる! 分かるぞ! ふはははははは!』と。


 クラスの皆も担任のカーターも、それを見た途端とうとうアリスの気が触れた、と思ったが、どうやらアリスはテストの問題が何を言っているかが理解できてうれしさのあまり叫んだのだと言う。後からイザベラが、顔を顰めてアリスに怒っていた。


『あなたのせいでせっかく覚えた単語を忘れちゃったじゃないの!』

『あんな事で忘れるようではいけませんぞ!』

『イラっとしますわね……』


 元々温厚ではないイザベラが、それを聞いた途端アリスのおでこをペチンと叩いていたので、余程腹が立ったのだろう。


「何にしても、全部ライラちゃんのおかげだよ、ありがとう」

「俺もそう思います。ありがとうございました、ライラ様」

「そ、そんな事!」


 慌てて首を振ったライラに、キャロラインが笑顔で言った。


「いいえ、凄い事よ、ライラ。私もあなたの作ったカードを見せてもらったのだけれど、あれも素晴らしかったわ!」

「俺も見たよ。あれも商品化出来ないかなぁ」


 腕を組んだカインに、リアンも頷く。ダニエルから最近毎日のように教科書の打診を受けるのだ。それほどまでに、あの配った教科書は評判が良いという事なのだろうと思うと、リアンも誇らしい。ついでにライラの作ったあのカードがあれば、遊び感覚で勉強が出来る。絶対に売れる。


「僕もそう思う。ライラ、ちょっと綺麗な紙に書き直してまとめてちょうだい」

「うん、分かった。私の絵でいいの?」

「うん、ライラの絵がいい」


 迷いなく言うリアンに、ライラが頬を染めたその時、窓の外から声がした。ふとそちらに視線を移すと、アリスが窓の外に立っている!


「ヒューヒュー! いいよいいよ~! わ! わぁぁぁぁぁぁ!」

「アリス~~!」


 茶化すだけ茶化して窓から消えて行ったアリスに、驚いたノアが窓の外を覗くと、そこにはこちらに向かって手を振るアリスが居る。


「何やってんの!」

「いやぁ~ちょっと乗れるようになったよ~! ドンすご~い!」

「キュウ!」

「ちゃんとアランにもお礼言って! もう、危ない事しちゃ駄目だからね!」

「はぁい!」


 アリスはそう言ってフワフワと地面に降りて行った。


 ため息をついて席についたノアの肩を、同情したようにルイスが叩く。


「お前も大変だな。あれを嫁に貰うのか」

「まぁね」

「一生あれを相手にするのか……」

「……まぁね」


 ノアが自ら望んだ道なのだが、何だかどんどん憐れまれている気がする。ノアはそんな事を考えながら手帳を開いて、その後の日取りを決めた。


 そして二週間後、タイヤをつけた幌馬車が学園を出発したのだった。


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