第二百八十三話 最初の挨拶が肝心
「ドンは大分飛べるようになってきたね」
ノアは幌馬車の上空を泳ぐように飛ぶドンを見上げて言った。腕にはしっかりブリッジを抱きかかえ、背中には桃とスカイを除いたレインボー隊が一列に並んでいて、何だか面白い事になっている。そして、そんな光景を見た人々がドンを見上げて唖然とし、その下を走る幌馬車の中にルイスとキャロラインの姿を見つけて歓喜した。その馬車と並走するように、背中にレスターを乗せたヴァイスが疾走しているのである。派手だ。とてつもなく派手な一行だ。最早隠す気もない。
そんな様子を見ていたオリバーがポツリと言う。
「てかこの作戦、カインっすか? それともノア?」
わざわざ今まで隠していたドンを今回あえて出動させたのは、一体どちらの作戦だ? オリバーが問うと、カインとノアはお互いがお互いを指さしている。
「なるほど、二人で考えたんすね。てか、ちょっと目立ちすぎっしょ!」
「いやいや、目立ちたかったんだよ。こうする事でドンは聖女側だって印象をつけておきたかったって言うか」
「そうそう。いずれドンを俺達は倒さなきゃなんだよ。その時に本気で敵だって思われたらさ、その後ドンがどんな目に遭うかわかんないじゃん?」
「あー、そういう。納得したっす」
「それにドンの飛行訓練にもちょうどいいしな。後ろの馬車はドンが万が一疲れて飛べなくなった時用の馬車なんだ」
そう言ってカインが指さした先には、誰も乗っていない、座席を全て取っ払った空っぽの幌馬車が走っている。最初はどうして空の幌馬車? と思っていたが、そういう理由なら納得である。
「カインは甘やかしすぎだよ。ドラゴンなんて、本来ルーデリアなんて端から端まで一日もかけずに飛びきるぐらい速いんだよ?」
「そうですね。ドラゴンは本気を出せば凄いスピードを出しますから……ドラゴンは」
そう言って視線を伏せたアランに、皆が納得したように頷いた。何せドンはゴリゴリの温室育ちだ。この二週間、アリスとの特訓のおかげで大分改善されたが、それまではカイン達にドロドロに甘やかされて飛ぶ練習をしていた為、なかなか上達しなかった。
それを指摘されてカインとオスカーは反省するように頭を下げる。
「いやぁ、それはほんとごめん」
「すみません、つい」
「いや、でも二人には感謝してるよ。ていうか、リーンに感謝してる。ありがとう」
それでもドンがちゃんと飛べるようになったのは、二人のおかげである。
この二週間でドンは無事に火を噴く事も出来るようになった。とは言え、火柱があがるほどではない。チョロチョロの弱火だ。おまけにやはり口の中が熱いのか、火を噴くたびに舌を冷やしている始末である。
まぁしかし、他のドラゴンも始めはこんなものだろうと思う事にした。何せ、誰もドラゴンを育てた事などないのだから、正解が全く分からない。
馬車の中でそんな話をしていると、ようやく今日宿泊する予定の街が見えて来た。どこから聞きつけたのか、沿道には既に沢山の人達が集まっている。
「情報駄々洩れじゃん」
呆れたリアンにノアが頷くと、宿泊予定の宿の外に高級な馬車が停まっているのが見えた。馬車にはしっかりとライト家の家紋が入っている。
「あ、ごめん。漏洩元うちだわ」
カインが呆れたように言うと、皆は納得したように苦笑いした。
ルイスが校長に全員分の外出許可をもらってきていた時、カインはダムが完成しそうだという旨を伝える電話をルードにしていた。
「と言う訳なんだよ。俺達もダムのお披露目式に全員で顔出すつもりなんだ」
『そうか! やっとだな! 分かった。いつぐらいに出発する予定? また日にち決まったら教えてくれる? 親父たちにも伝えとくよ』
「分かった」
そう言って電話を切った訳だが、まさか宿泊先まで合わせてくるとは思っていなかった。
馬車が宿に辿り着くと、民衆の声が聞こえたのか、宿の中からロビンとルードが姿を現した。その二人を押しのけるようにライリーとローリーが飛び出して駆けてくる。
「ノアく~ん!」
「キリくん~~~!」
二人は一目散に駆けてきたと思ったら、先頭を歩くルイスとカインを素通りしてノアとキリに吸い込まれるように抱き着いて行った。
「いや、だから俺は?」
カインの声に隣からオスカーがポンと肩を叩いて慰めてくれる。
「久しぶりだね、二人とも。ちょっと大きくなった?」
「なったよ! これぐらい!」
「ぼくも! ぼくもこれぐらいおっきくなった!」
「そっか、二人とも凄いね! ほら、上も見て?」
ノアの言葉に空を見上げた二人は感嘆の声を上げる。
「「ドンだ~~! ブリッジ抱っこしてる~~~!」」
キャアキャアはしゃぐ二人はドンブリを見ながら、ノアとキリに抱っこをせがんでくる。やはりまだまだ子供である。
そんな光景を宿の前で見ていたロビンとルードは、肩を落としてやってきたカインの肩を、やはり慰めるように叩いてくれた。
「まぁあれだ。ほら、あれぐらいの歳だとさ、俺らも遠い親戚に会えるの嬉しかったじゃないか」
「そうだぞ、カイン。そんなに気を落とす……ん?」
そう言ってロビンがカインを慰めようとした時、ふとカインの肩に居る小さな妖精に気付いた。
「な、よ、ようせ……? ふんん!」
何せ生き物大好きなライト家である。小ぢんまりとカインの肩に乗ってスヤスヤと眠っている妖精にロビンもルードも目を奪われた。
「あ、そうだ! すっかり忘れてた。フィル、起きて。俺の親父と兄貴に紹介しとかなきゃ」
「フィル?」
「そう。何か……うん、ちょっとややこしい事になってて……」
首を傾げたルードにカインが説明しようとしていると、それまでずっと眠っていたフィルがパチリと目を開いた。そしてカインとロビンを見てぱちくりと瞬きしている。
「カイントソックリ」
「喋った!」
「か、かわいい……」
フィルの声を聞いて感動した二人は、揃って口を押えているが、そんな二人は無視してカインはフィルに言った。
「フィル、俺の親父と兄貴だよ」
「! ソレ、早ク言ウ!」
この間妖精界に戻った時、母にはカインの事を報告した。すると、てっきり反対されるかと思っていたら、母は真顔で言ったのだ。
『フィル、第一印象が肝心よ! 粗相のないようにね!』と。
あんな真面目な顔をした母は見た事がない。これは一大事だ。フィルは慌ててカインの肩から飛び降りて、元の姿に戻った。それを見て二人は皿に目を丸くしている。
「お、おお……おっきくなれるんだ……」
「おっきくなった……美人だな……」
思わず漏れたロビンの本音に、ルードが肘で小突いてくる。
「ハジメマシテ! 妖精王ノ最後ノ娘、フィルマメント! カインノオ嫁サンニナル予定デス!」
「わぁぁぁぁ! そ、それは言わなくていい! ていうか、まだ決まってないでしょ⁉」
「決マッタモ同然。フィルハ絶対ニカイント結婚スル!」
「いや、だから!」
珍しく本気で慌てるカインを見て、ルードとロビンは顔を見合わせた。
「俺は別に、カインが選んだなら相手が妖精でも問題ないと思う」
ルードの言葉にロビンも頷く。
「妖精王の娘さんなんだろう? 妖精に爵位という概念があるのかは分からないが、うちはしがない公爵家だが構わないのかい?」
「ねぇ、今の聞いた? しがない公爵家だって!」
「ああ、確かに聞いた。ロビンも中々凄い事を言うな」
「公爵家がしがなかったら、男爵家のうちなんてミジンコみたいなもんだね」
馬車の陰からじっと成り行きを見守っていた一同はヒソヒソと言いあっていたが、そんなロビンの言葉を聞いてフィルはコクリと頷いた。
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