第二百七十六話 言語に強いマーガレット
本来記憶力はすこぶるいいアリスである。ライラの言う通り、上書きが苦手なのだ。ゲームを始めて二週間。
「か……勝った! 勝った~~~~!」
ワンペアだけだが、強敵イーサンに勝ったアリスは、図書室だという事も忘れて叫んでしまった。
「こら! 静かにしろ。まぁでも、良くやったな。もうここらへんは完璧なんじゃないか?」
「問題は、これがちゃんとテストに反映されるかどうかだよね。薬学の方のカードも大分正解率上がって来たし」
リアンの言葉にメアリーは喜んだ。
「そうなの! 大分当たりだしたわ! 問題は……この子、これ書けるのかしら?」
「そこは大丈夫です。今日はこんなものを用意してきました!」
そう言ってライラが取り出したのは、真っ白の四角く切っただけのカードだった。
「アリス、私が言う意味の四文字熟語を誰が一番早く書けるか競争しない?」
「いいですぞ!」
皆の前にカードが配られ、半信半疑で始めてみると。
「おお! いや、おっそいけどな。所々間違えてもいるが、何となく書けてるじゃないか」
「本当ね。ビックリだわ。ちゃんと覚えてるじゃない!」
「アリス、上出来だわ。でも、細かい所が間違えてるからアリスはビリね」
褒めた教師二人と違い、にっこりのんびりアリスをビリだと言い切ったライラにリアンが口を挟もうとすると、アリスはそれを聞いて悔しそうに顔を歪めた。
「特訓しますぞ! 勝ってみせる!」
「そうそう、その意気よ」
「……」
「……」
「……」
ライラの目は完全に飼育員の目である。そしてうまいことそれに乗せられるアリスを見て、皆は黙々とゲームをしたのだった。
アリスが勉強に励んでいる頃、ダムの方もまた順調に事が進んでいた。
「フォルスは一つ目のダムが完成間近らしいよ」
いつもの通りルイスの部屋に集まってフラグルートの確認をしていたノアが、ふと言った。
「え! もうか⁉」
「うん。向こうでは気候がいいから、こっちに比べると進みが早いみたいだね。あと、妖精王が手を貸してるみたい」
「ぐぬぅ、シャルルめ! 妖精王を使うとは!」
「まぁ妖精王にも利があるんだと思うよ。ダムを作ってるのは、妖精界と共有してる川の上流らしいからね。でもこちらにも妖精を派遣してくれたおかげで、オルゾの方は堤防の建設が終わったって。それでね、凄く喜んでた」
「喜んでた?」
「うん。バーリーではこの時期になると山からの雪解け水で水量がいつも増えて、川の付近では小さな氾濫が起こってたんだって。毎年起こる水難事故が、今年は一度も起こらなかったみたい」
「そうなんだ。じゃあちゃんと堤防としての役目を果たしたんだ」
「みたいだよ。街の中の水路も全部工事したってクルスさんが言ってたけど、スルガさん達がすごく頑張ってくれたみたい」
「スルガがか?」
「うん。鉱夫たちがそれこそいかに水はけを良くするかが肝だ! とか言って妖精たちと色々してくれたみたいだよ」
シャルルの戴冠式が終わったあと、妖精王とシャルルの取り決めによって、人間界で妖精たちが働く事を許可するという取り決めが作られた。
アリス達が真っ先に妖精たちに手伝ってほしかったのは、グランとセレアル地方の小麦畑と乾麺工場、オルゾ地方のダム建設である。
それを事前に伝えていたからか、働きに出かけたい妖精たちは予めそれぞれ得意な分野に分かれていてくれたらしく、こちらが思っていたよりもすんなり事が運んだ。
「妖精たち、皆と仲良く出来てるかな?」
心配そうなアリスに、カインの肩に座っていたフィルマメントがキラキラした鱗粉を振りまきながら言う。
「大丈夫! 心配何モナイ! 妖精達、ゴ飯ノ虜!」
セレアルとグランに赴いた妖精たちは、珍しい人間界の食べ物に興味津々らしく、毎日出る食事の虜らしい。よそのご飯も食べてみたいからお給料は通貨で欲しいと言い出した者も居るそうだ。
バーリーの方でもやっぱり食べ物が肝になっているらしい。何よりも仕事の後のビールと生ハムやソーセージを楽しみにしているという。
「やっぱり、食べ物は大事だね! そっか、良かった」
「ソリャ、タマニハ喧嘩モアル。デモ、ソレハ同ジ種族同士デモ一緒。次ノ日ニハ仲直リシテ、マタ同ジ釜ノ飯ヲ食ウ!」
そう言って胸を張ったフィルマメントに、カインが苦笑いした。
「だから、何でそんな言葉知ってんの? マーガレットの仕業?」
「ソウ! マーガレット言語、強イ!」
フィルマメントは花の妖精、マーガレットにもらった本を取り出した。それを見て、いつの間にかオスカーの肩の上にいた愛らしい妖精が頬を染めている。
「姫、恥ズカシイデス!」
「恥ズカシクナイ。マーガレットハトテモ優秀!」
「そうですよ、マーガレットさん。自信を持ってください」
「オ、オスカー様マデ!」
そう言って顔を覆ったマーガレットを見て、リアンが立ち上がった。
「待って! それ誰⁉」
いつの間にかライト家に妖精が増えている。とてもナチュラルに。いつから居た?
「ん? あ、そっか。ごめん、まだ紹介してなかったか。この子はフィルのメイドのマーガレット。花の妖精なんだってさ。ちなみに、彼女も大きくなれるよ」
「すみません、紹介するのが遅れてしまって。気づけば居たんですよ」
そう言って苦笑いを浮かべるオスカーに、皆は納得したように頷いた。何せ押しかけ女房のようなフィルマメントのメイドである。気づけば居たと言われても、さほど驚きもない。
「いいじゃんいいじゃん! 仲間は多い方がいいよ! これからよろしくね、マーガレットさん!」
人差し指を差し出したアリスに、マーガレットはフワフワ飛んできて人差し指を小さな両手でしっかり握った。
「ヨロシクオ願イシマス! アリス様」
「私達も、よろしくお願いしますね、マーガレットさん。何かメイドの仕事で困った事があったら、ミアに相談して」
キャロラインが言うと、ミアが立ち上がってアリスと同じように人差し指を差し出した。
「キャロライン様のメイドをしています。ミアと申します。よろしくお願いします。同じメイドとして、頑張りましょう。困った事があったら、いつでも言ってください」
「ハイ! アリガトウゴザイマス」
同じ立場と言う事でマーガレットはミアの指も喜んで握る。人間界にフィルマメントが嫁に行くと言い出した時にはどうしようかと思ったが、カインは優しいし、オスカーもそれ以上に優しかった。それに、ここには妖精の自分達を気味悪がったりする人は誰も居ない。長い事人間界に来なかったので、色んな人間についての情報が交錯していたが、どうやらここは安心できるようだ。
「さて、でね、続き話してもいい?」
「ああ、もちろん」
一通りの自己紹介をして一息ついたところでノアが言うと、カインが頷いた。
「来週頭にはいよいよダムの方にも着手するって。それまでにマヤーレとポワソンの堤防と用水路を整備する予定みたい。あと、ポワソンのスープ工場が完成間近で、何人かがスープを作る為の研修の為に王都に行ってるんだって」
「いよいよ始動しそうね!」
「そうだね。ビールと生ハム、ソーセージも販売開始したし、ここに乾麺が来たらほぼ飢饉対策は完了だよ」
「でも、別に貯蔵用のも作っておかないとだな」
「うん。だからチェレアーリにはその分を担当してもらってる。ね? キャロライン」
「ええ。セレアル地方のいくつかの小麦畑にはその分をお願いしてきたわ。小麦が貯蓄出来さえしていれば、飢饉に陥っても乾麺工場がある限り大丈夫でしょう?」
そう言ってキャロラインは、手帳を取り出して捲りながら言った。手帳のブランドはミアとキリが一押しのコロンボンだ。確かに書き込むスペースが多くて使いやすい。
キャロラインのような公爵令嬢が使うには少し価格的にはお安くなっているが、庶民にも手が届くような製品をキャロラインが愛用しているともなれば、それだけで庶民からしたら親近感がある。こういうイメージ戦略をコツコツとしているのはもちろんノアとカインだ。
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