第二百七十七話 アリスは『未来』を諦めない。

「だな。あとはダムが完成したら国家事業にしてもらって、準備万端?」


 カインの言葉にノアは首を振った。


「ずっと後回しにしてたけど、一番大事な事忘れてるよ」

「なんだ?」


 不思議そうなルイスにノアが言う。


「仲間集めだよ」

「あ……確かに」


 シャルルは言った。あちらがどんな手を使ってくるか分からない、と。だからこちらも出来るだけ一緒に戦ってくれる仲間を集めておいた方がいい。そう言ったのではなかったか。


「妖精ハモウ仲間! ソノ為ノ準備ッテパパガ言ッテタ!」

「そうなの? あ、なるほど。最終決戦に向けての戦いの為に、先に人間と妖精の縁を繋ごうとしたって事か」

「コノ世界ナクナルト困ル。ココ、妖精ノ安住ノ地」

「そうなの?」

「ソウ。外ハ酷イ。妖精、ドンドン少ナクナッテル。デモ、妖精界モモウ一杯」


 そう言って話し出したフィルマメントの言葉を、皆は固唾を飲んで聞いていた。


 この世界に妖精が住める場所がどんどん減っている。この事実は妖精王も懸念していた。だからこそ、妖精の血を引くシャルルに大公になってほしかったという。レンギルは良くも悪くも人間だ。いくら妻が妖精の血を引くとは言え、妖精王はレンギルを信用してはいなかった。外の世界のように、妖精を観賞用に捕まえたりされては敵わない。


『人間ハ、弱イ立場ノ者ニハ喜ンデ力ヲ誇示スルガ、強イ者ニハ媚ヲ売ル。ソレハ何百年モ変ワラナイ。ダカラ我々ハ人間界ヲ去ル』


 先代の妖精王を騙し、丸め込んで今もなお妖精狩りをしている人間達。色々な生物が世界から姿を消し、このまま世界は終わるのかとさえ思っていたが、ある日忽然とこの島だけが何故か世界から姿を消してしまった。


 そしてまた突然現れたのだ。不思議な魔法がかかった状態で。


「それが『花冠』が作られた時だという事か」

「まぁ、そうなんだろうね。この島の外から見ていた妖精王が言うんだから……」


 暗い顔をするルイスとカインに、アリスは立ち上がった。


「だから何ですか! 私達はここに居る! 今、ちゃんと生きてる! ループから抜け出して、いつか外の世界にも自由に行き来出来るようになる! その為に私達は頑張ってるのに、何でそんな所で躓くんですか!」


 アリスは諦めない。美味しいものを食べて好きな事をして、毎日を楽しく暮らしたい。皆と一緒に。全ての生き物が平等に手を取り合って暮らしていく。その為の努力は、絶対に惜しみたくない。


 握りこぶしを握ってそんな事を言うアリスに、リアンが頷いた。


「そうだよ。僕達は生きてる。ループから抜け出そうと足掻いてる。作られた存在? それがどうしたの? そんな事は僕達の壁にもならないよ。それとも何? 歴史が浅かったら戦っちゃいけないの?」

「リー君の言う通りっすね。死んだ父親が居て、母さんが居て、俺もそれだけで十分っす。ルーツって、そんなにも重要っすか?」


 オリバーの言葉に、キャロラインが首を振った。


「面白い話をしてあげるわ。私がループしていた時の記憶なのだけれど、私は伯爵令嬢だった事もあるの。その時ね、私の家の家計図がおかしかったの。これがどういう事か分かる? 歴史がその度に変わっているのよ、少しずつ。これっておかしいでしょ? もしもこの世界がただ単に誰かに作られている物だったとしたら、それはありえないはずよね?」


 キャロラインの言葉にアランとノアが頷いた。


「そうですね。誰かが作っただけの世界であれば、ゲームのストーリー通りの世界であれば、私達の設定が変わる訳がないはずです。つまり、ある時からこの世界も独自の歴史を歩みだしたという事になるのではありませんか?」

「キャロラインとアランの言う通りだよ。お話っていうのは、僕やリー君みたいに、こんなにも細かく一人一人をわざわざ作るものなのかな? それこそ、アリスの兄のように名前もなければ存在しか明かされていないって人は一杯いるかもしれないけど、ゲームに出て来ない人達にまで細かく設定をつけてるって事はないと思うんだ。じゃあ、そういう人達はどうして生きてるの? って話になってくるよね?」


 ノアの言葉にフィルマメントはうんうんと頷いている。


「パパ言ッテタ。代替ワリシテシバラクシタラ、アル日突然コノ島ガ現レタ。デモ、ソレハ見エナカッタダケカモシレナイ。本当ハズットココニアッテ、誰モ気付カナカッタダケカモシレナイ。パパガ見ツケタ時ニハ既ニコノ島ニ人間ハ居タ。ループガ始マッタノハ、皆ガ生マレテカラ。ソコカラコノ島ハ動カナイ」


 突然姿を現した島を妖精王はただ黙って様子を見ていたが、ある時からこの島だけ時間が止まってしまった。


 ずっと不思議だったが、その謎が解けたのはシャルルが妖精王の元に挨拶に来た時だ。不思議な魔法がシャルルにかかっている事に気付いたのだ。見た事もない不思議な、とても不可解な魔法だった。


「パパニモソノ魔法ノ正体、今モ分カラナイ。デモ、今回デループハ終ワル。パパモシャルルモ言ウ。フィルハ二人ヲ信ジル」


 フィルマメントはそう言ってカインの肩に戻り、頬に身を摺り寄せた。ようやく会えた運命の人。何百年生きてきて、こんな気持ちになったのは初めてだ。


 そんなフィルマメントの想いが通じたのか、カインも優しくフィルマメントの頭を人差し指で撫でてくれた。


「そうだよな。俺達がゲームのキャラクターだからって言って、先祖まで皆キャラクターだった訳じゃない。という事は、俺達は半分作られたかもしれないけれど、半分は人なのかもしれない」


 自分が誰かの手によって作られた存在なのかもしれないと思うと、言い得ぬ恐怖が襲ってきた。でも、フィルマメントの話やキャロラインの話を聞くと、そうではないかもしれない。ようやくそんな風に思えて来た。どうやらそれはルイスもだったようだ。


「そうだな! 分からない事を悩んでいても仕方がないな! とりあえず、目の前の問題を片付けてからの話だ。妖精たちは味方になってくれるという事だが、他にも誰かいるか?」


 パッと顔を上げたルイスの顔に、もう迷いは無かった。考えても仕方のない事は後回しにして、自分のやるべき事をまずは片づけるんですよ。幼いルイスにそう言ったのは、サミーだ。


「あ、王子が復活した。そうだよ。そんな事よりもまずはどうやってループから出るかなんだよ、僕達の問題は」


 こういう切り替えの早さは、ルイスはとても早い。B級おが屑かもしれないが、とても柔軟なルイス。こういう所はリアンも尊敬している。


「そうね。私もそう思うわ。私達が今出来るのは、最終決戦に備える事よ。その為に日々の鍛錬を!」

「そうです! 流石です、キャロライン様!」


 手を叩いて喜んだアリスを横目に、リアンがぼそりとノアに言う。


「なに、お姫様いつの間にアリス隊に入隊したの?」

「分かんないけど、やる気だしてるのは良い事だよ。で、仲間を見つけるにしても、具体的にはあっちが何してくるか全く分かんないからさ、どうしようもないんだよね」


 腕を組むノアにカインも頷く。

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