第二百二十二話 恋愛スイッチをオフに

「羨ましいわ……それにしても、理由が分かるとスッキリしたわ。朝から妙にアリスを見たらイライラしたのよ。どうしてかしら、と思ってたんだけど、そういう事だったのね」


 キャロラインの言葉にアリスはギョっとして慌ててキャロラインに抱き着いた。


「イ、イライラします?」


 怯えたようなアリスの声に、キャロラインはコクリと無言で頷く。それを見てアリスは青ざめて涙ぐみ、さらにキャロラインに抱き着く。


「い、嫌です! イライラしたって止めないもん! キャロライン様も私の推しなんだから!」

「推し? 私が?」

「そうですよ! 琴子時代からずっとキャロライン様も推しだもん! キャロライン様は潔くて、格好良くて、私の憧れだったんだもん! これからもずーっとキャロライン様推しだもん!」


 キャロラインがどんなにアリスにイライラしようが、アリスはキャロラインが大好きだ。それはきっと、一生変わらない。それに、アリスとキャロラインは仲良く聖女様半分こ作戦の真っ最中なのだから、絶対に離れる訳にはいかないのだ!


 キャロラインの胸にグリグリと顔を埋めるアリスを、キャロラインは見下ろしていた。


「推し……好き、って……事? 私を……?」


 昨日まではアリスは少なくとも自分の事を好意的に思っているだろうとは思っていたが、今朝目が覚めたら、突然そんな風に思えなくなった。これがゲームの強制力だと聞かされて、出来るだけ普通に振舞おうとしたが、やはりアリスを見るとイライラしていた。


 でも、今キャロラインの胸に顔を埋めて泣いているアリスを見ると、イライラよりも喜びの方が勝っている気がする。


「もしも私が男だったら、絶対にキャロライン様みたいな人と結婚したい! ルイス様なんて放って、キャロライン様連れて逃げるよ! それぐらい好き!」

「!」


 カチリ。キャロラインにもはっきりと聞こえた。まさかアリスのこんな一言で音が聞こえるとは!


「大丈夫よ、アリス。私にも今聞こえたわ。もうイライラしなくてよ」


 ヨシヨシとアリスを撫でると、アリスは胸から顔を上げて照れ臭そうに笑みを浮かべた。


「えへへ! 良かったぁ!」


 一件落着だと言わんばかりにアリスがもう一度キャロラインに抱き着いていると、そんなアリスを引っぺがそうとルイスがアリスの肩を掴んだ。


「ま、待て! 俺の立場はどうなる!」

「知らないですよ~。王子様でしょ? 自分で何とかしてくださいよ~。あ、触らないでください。私の推しは兄さまとキャロライン様だから」

「ぐぬぅ!」


 すっかり元に戻ったアリスが、ルイスにはまだキラキラして見える。心では違うと思っているのに、頭がそう見せるのだ。戸惑うルイスにキャロラインが花のように笑って言った。


「ルイス、今のあなたにアリスがどう見えていても、私はあなたを愛しているわ」

「! キャロ!」


 カチリ。音が聞こえた途端、アリスからキラキラが消えた。キリじゃないが、ちゃんとお猿さんに見える。


「アリス、代われ!」


 ルイスはまだしつこくキャロラインに抱き着くアリスを無理やり引きはがすと、そのままの勢いでキャロラインを抱き上げた。


「俺もだ! 俺もお前を愛してる! アリスなんかに取られてたまるか!」


 そう言って慌てるキャロラインをルイスは強く抱きしめた。


 ゲームの強制力などに負けてたまるか! キャロラインはルイスのだ!


 まるで観劇の最後のシーンのような二人にリアンが真顔で言う。


「いっちばん恥ずかしいね、ここ。流石王子と姫って感じ」

「悲しいのはぁ、キャロライン様の強制力がアリス様で解けたっていう事実だねぇ」

「いえ、それを言うならカイン様が一番悲しいのでは」


 キリの言葉にオスカーとトーマスが真顔で頷く。


「こら! 聞こえてんぞ!」


 頷いたオスカー達をカインは睨んでみたが、真実だからどうしようもない。


「まぁ、言いたい事は色々あるけど、とりあえずメインキャラクター達はこれで正常に戻ったのかな?」


 ノアの言葉にカインが頷いた。


「みたいだね。アリスちゃんについてたキラキラも消えたし」

「そんなの見えてたんですか?」


 首を傾げたアリスにカインは頷く。


「見えてたんだよ。不思議な事に。でも大丈夫、今はもう何にも見えないから」

「そっか! 良かった!」


 ニコ―っと笑ったアリスを見てリアンは首を捻る。それは果たして喜んでいいのか? と。


 まぁ、本人たちにとってはその方がいいみたいだから、そっとしておこう。


「オリバーはどうなの? アリスの事は何か思う?」


 ずっと静観していたオリバーはノアの言葉に首を振った。


「別に何にも思わないっすよ。でも、確かにドロシーから今日はやたらとメッセージがくるっす」


 そしてそれがいつもより嬉しい気がしないでもないオリバーだ。


「なるほど。やっぱり3に出て来るキャラクターは3のヒロインが良く見えるって事か。という事は、エマと一緒に居るダニエルなんて、もうじき付き合い始めるんじゃないの?」


 苦笑いしたノアにリアンも頷いた。手のすこぶる早いダニエルの事だ。ありえないとは言い切れないが、それはそれで誰も特に困らないので別にいい。変にライラにちょっかいをかけられるよりはその方がリアンも色々安心である。


「さて、これで一応アラン以外のスイッチはオフになった。アランには後日アリスに大っ嫌いって言ってもらうとして、シャルルの言ってた通りなら、ここから強制力だけを残したゲームとは別の世界に切り替わったはずなんだ。試しにアリス、ルイスとカインの間に座ってみて」


 保健室に籠って出て来ないアランに対して酷い扱いだが、アリスはノアの言う事に素直に従った。


「うん」


 ノアの言葉通りにルイスとカインの間に座ってみたが、二人とも大きいから狭いな、という感想しかない。


「どう?」

「狭い。むさくるしい。鬱陶しい」


 正直なアリスの言葉にルイスもカインも顔を引きつらせている。


「ルイスとカインは?」

「特に何も思わんが、しかし酷い感想だな、アリス」


 今朝はあんなにもルイスを持ち上げてきていたアリスだったが、今は持ち上げるどころか本気で嫌そうな顔をしている。


「俺も何も。ていうか、アリスちゃんちょっと太った?」

「!」


 ボカ! 無言で殴られたカインは頭を押さえて顔を歪める。こんな事が言える程度にはアリスに何も感じない。ゲーム時間とやらが終わってくれて本当に良かった。


「兄さま、もういい?」

「うん、ありがと。戻っといで」

「うん!」


 いそいそとノアの隣に戻ったアリスはノアにべったりとくっついた。やっぱりここが一番落ち着く。そんなアリスの頭を撫でながらノアは言う。


「問題はここからだよ。ゲームそのものの軸は外れても、この強制力から抜け出さなければ意味がない」

「そうだな。でないとまたループするって事なんだろ? アリスちゃん、メインストーリーに外せないイベントとかってあるの?」

「大団円エンドですか? やっぱり一番大きいのは来年のフォルスへの校外学習だと思います。そこで私はシャルルの言う事を聞く、を選択しないといけないんです。それで誰のルートにも入らないルートにいけるはずです」


 シャルルのルートに入りたくていくら選んでみてもノーマルエンドに向かってしまう、何とも意地悪な選択肢だった。思わせぶりな事しやがって! と何度叫んだか分からない。

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