第二百三話 王子を囮に炙り出し作戦

『お父さまがノア様に、会社を設立したらすぐに連絡が欲しいと言っていました。あと、コストがあまりかからないようで、価格は大分押さえられそうです』

「ふぅ~!」

「お嬢様、語彙力が無いからと言って、おかしなコメントをいちいちするのは止めてもらえますか?」

「ご、ごめんなさい」


 シュンと項垂れたアリスはさっきまでのアリスとは完全に別人である。そんなアリスの頭を撫でたキャロラインが言う。


「私の方はいつでも大丈夫よ。カリドゥスにはもう既にまとまった資金は送ってあるの。ライラの実家にもすぐに送るよう手配しておくわね」

『あ、ありがとうございます!』

「あと、学園に戻ったら私達は識字率アップの為の授業を始めるつもりですが、そちらも進めても構いませんか?」

『もちろんだよ。戻ったらすぐに取り掛かれるようにしておいて。あと、シャルルなんだけど』


 そう言ってノアが横にズレた。すると、後ろからズイっとノアを押しのけてシャルルが姿を現す。


「シャ、シャルル!」


 思わず叫んだアリスに隣に居たキャロラインが耳を塞いだ。いちいち声が大きい!


『こんばんは、皆さん。いやぁ、便利ですね、これ。こんな風に全員と話せるんですねぇ』


 まさかのシャルルの登場に、アリス以外はその場で固まる。そんな中、シャルルはスマホに夢中だ。


『な、何でノアと一緒にシャルルが居るんすか?』


 ずっと流れを静観していたオリバーが口を開いた。


『何でって、部屋が隣だからです。それに、私にも関係がある話でしょう?』

『まぁ、こういう訳だから、明日からの定期報告にはこの人も混ざると思っておいてね』


 うんざりした様子のノアを見て、皆が渋々頷いた。


『そんな顔しますけどね、自分で言うのもなんですが、私は結構使えますよ? 何せもうじき大公ですからね』


 フンと鼻を鳴らしたシャルルを見て、皆の中のシャルル像が音を立てて壊れて行く。


 しかし、キャラクターの設定はあくまで設定である。どんどん個性的になっていくキャロラインやカインやルイスを見ていても分かる。


「分かった! じゃあよろしくね! シャルル様!」


 元気よくアリスが言うと、シャルルはにっこり微笑んで頷いてくれた。それを隣でノアが面白くなさそうな顔をして見ている。


『アリス、シャルルにも不用意に近づかないようにね!』

「大丈夫だよ、兄さま。シャルルとはフラグなんて一切無かったから!」

『心配なのはそういう意味じゃないんだけど……ま、いっか。それじゃあ、後は皆よろしくね。あと、今回の事で分かったと思うけど、もう一人のシャルルは多分、これからなりふり構わず襲ってくると思う。そっちも十分気を付けて』


 完全に殺しに来ていた、とキリは言った。それを聞くに、もう一人のシャルルもどうやら相当焦っているのではないだろうか。


 とは言え、あまりアリスにそういう事はさせたくないというのがノアの本音だ。だからせめて、自分が戻るまではもう何事も起こって欲しくない。


「分かった! 兄さまも気を付けてね! いざって時はシャルルを盾にして!」

『あれ? 聞いた話と違いません? 私、あなたの推しですよ?』

「今はもう推しじゃないもん!」


 そう言ってそっぽを向いたアリスに、ようやく皆がホッとしたように笑った。


 翌日、シェーンの領主にラーメンを食べさせて、庭先を借りて実際に乾麺を作って見せた所、領主は喜んで乾麺工場の建設を了承してくれた。何よりもアリス達よりマリオが熱心に麺についての説明をしてくれたからだ。


 それと同じころ、ダニエルからも良い報せが届いた。グランでも乾麺の製作が成功したという。喜んだエドワードはすぐに領地に張り紙を出して乾麺の工場を建てると宣言をしたらしい。


 こうして、乾麺工場は各地の製粉工場と手を組み、来る飢饉に向けての始動をひっそりと始めたのだった。


 学園に戻ったら、早速キャロラインによる文字の読み書きの授業が始まった。生徒はアランと何故かアリスだ。


「初めまして、キャロライン・オーグと申します。この度は皆さまに文字の読み方、書き方をお教えしたいと思います。文字はきっと、あなたを助けてくれます。どうぞ最後までお付き合いくださいませ」


 滑り出しは大変好調だ。それはそれは美しいカーテシーを披露したキャロラインに、アリスは息を飲む。


 アランの宝珠は音もしっかり記録される。それ故アリスは授業中、一切口を利いてはいけないとキリに口を酸っぱくしてきつく言いつけられていた。だから両手でさっきからずっと口を押えている次第である。


 文字の書き方と読み方が終わったら、一旦休憩を挟んですぐさま計算の授業に入った。ここでは助手としてアリスが駆り出された。


「アリス、次は林檎を三つ並べてちょうだい」

「はい!」


 言われるがままちょこまかとお手伝いをする様は、まるでキャロラインのメイドである。


 しかしこれを言い出したのはカインだ。


 ルーデリア全土にアリスとキャロラインは仲が良いという印象を植え付けておいた方がいい。それにノアも頷き、早速実行されたのだ。


 キャロラインの授業は早速アランの手によって小さな宝珠に詰め込まれた。皆で鑑賞会をして分かりにくい所をその都度修正していく。手間がかかるが、伝わらなければ意味がないのだ。


「出来た~~~! お疲れ様です、キャロライン様!」

「ええ。疲れたわ……」


 何度も何度も同じ所をやり直してようやく全員一致でOKが出た。シャルルも感心していたので、多分これで大丈夫だろう。


 後はこれを一家に一つ作る。それが大変である。アランが。


 アリスはポケットから自作の飴を取りだしてキャロラインに渡した。


「はい、これ。アリス特製のど飴です。蜂の巣からちょっとプロポリスを失敬して作っておいたんです!」

「あなた養蜂も出来るの? 凄いわね」


 飴を受け取ったキャロラインは独特な匂いのする飴を顔を顰めながら口に放り込んだ。段々アリスの作る物に抵抗が無くなってきている自分自身に驚きである。


 この頃から毎晩の作戦会議という名の座談会にはいつの間にか本当にシャルルも参加するようになっていた。違和感なく溶け込めたのは、きっとシャルルもまた、ゲームの被害者なのだと思う事ができたからだろう。


「ところで、そのシャルル大公の証拠とやらはどうするつもり? こちらに持ちかえってくるの?」


 大公が自らルーデリアで何かをしていた訳ではない。その証拠をこちらに持ちかえっても、ルイスやカイン、ましてやキャロラインが動くのは変だ。キャスパーは、どれほど調べても大公との繋がりは見つからなかったという。レスターの継母が捕らえられれば話も変わってくるのだろうが、きっともうとっくにフォルスに逃げてしまっているだろう。


 キャロラインの言葉にカインが頷いて話し出した。


『それなんだけど、今月末でそっちに戻る予定だったんだけど、ちょっと作戦思いついちゃったからもうちょっとこっちで色々やってから戻ろうって話になったんだよね』

「作戦ですか?」

『そ。カインとノアの、シャルル大公大作戦ってね。ルイスを囮に使って』

「は⁉ じょ、冗談でしょ?」


 自分でも驚くほど大きな声が出たキャロラインは、思わず口を塞いだ。


『冗談じゃないんだな、これが。そもそも言い出したのはルイスだからね。ね?』

『ああ。大丈夫だキャロ、危ない目には遭わないと約束する』


 そう言って優し気に微笑んだルイスを見て、キャロラインは涙目で頷く。


「何するの? 兄さま」

『シャルルに偽シャルルの振りをしてもらって、大公にルイスを襲ってもらうよう仕向けるの』



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