第二百二話 キリだって本気!
ようやく着替え終えて岩陰から出ると、そこには既にすっかり着替えたキリが立っている。
そしてミアを見下ろして一言。
「先ほどのお嬢様とのお話ですが、俺で良ければいつでもどうぞ? 歓迎しますよ」
「っ!」
それだけ言ってキリは立ち去った。真っ赤な顔をしたミアと、目を丸くしたアリスを残して。
「ほう、キリがあんな事言うなんて……相当ミアさんがお気に入りなんだ」
「そ、そんな事!」
「ある! ミアさんはキリを知らないからそんな風に思うんだよ! キリはね、ぶっちゃけ浮いた話は今まで一切無かったんだよ! 兄さまと同じぐらいに!」
キリが今まで若い女子にあんな風に声を掛けた事があっただろうか? 答えは否だ。ノアはまだ口ではアリスアリス言うが、キリはそういうのにさっぱり興味無さそうな顔をしている。とてもモテるというのに。だからアリスは心配していたのだ。キリの恋愛事情を! 勝手に!
アリスの中のカップリング厨がムクムクと首をもたげてくるが、今はそれどころではない。
「ミアさん、危ないから馬車に戻ろ。手伝ってくれてありがとう!」
「は、はい!」
アリスに手を引かれたミアはふとアリスの手がとても硬い事に気付いた。マメが沢山出来ているし、女の子の手とは思えないほど指先や掌は固くなっている。
アリスはいつも皆にゴリラだとか化け物だとか色々言われてはいるが、手がこんなになるまで相当な鍛錬をしているのだという事に気付いたミアは、心の中でそっとアリスに尊敬の念を抱いた。主を慕い、守ってくれたこの小さな硬い手の持ち主に。
「アリス様、ありがとうございました」
鬼神のようなアリスを見てミアも一瞬でも怖いと思ってしまった。
けれど、それはキャロラインを守る為だ。
ミアの言葉に振り返ったアリスは、嬉しそうにニカっと笑う。
「うん! 皆無事で良かった! ミアさんも、馬車に戻ったらちゃんとお薬塗ろうね。おでこ」
「はい!」
もうすっかりいつものアリスにミアもまたにっこりと微笑んだ。
馬車に戻ると、アランとキリが顔を突き合わせて何かの植物について話している。そこにキャロラインも加わって、随分深刻そうだ。
「ただいま~。あった? あと、あの覆面達捕まえた⁉」
「お帰りなさい。それが……まずはオピリアですが、ありました。これがそうです」
そう言ってアランが見せてくれたのは、アリスの思い描いた通りの花に近かった。全く同じではないが、琴子時代、その花は芥子と呼ばれていた。いわゆるアヘンの原料だ。
「花はとても綺麗なのにね」
悲しそうに視線を伏せたキャロラインの隣に座ったアリスは頷く。
「精製しなければ特に害はないのです。花にも害はありません。この花の実が問題なのですよ」
「そうなの? でもこの花、よく見るわよね?」
「うん。似たような花が一杯あるんですよ。一番分かりやすい見分け方は、葉っぱとか茎に毛が生えてるかどうかです! 茎に毛がみっちり生えてたら大丈夫! 後、葉っぱが少ない子も安心。でも毛が少ないとか葉っぱが六枚以上ある奴は危ない子達です」
その他にも見分け方は色々あるが、とりあえず一番分かりやすいのはそれだろう。
「あなた、そういう事をよく知ってるわね」
「お嬢様のこれ系知識は、ある意味辞書や辞典よりも詳しいので、今言った特徴の物を見つけたら、触らずすぐに誰かに知らせた方がいいです」
キリが言うと、アランも無言で頷いた。
「それとさっきの覆面達なんですが、既に居なかったんです……」
「居なかった……? あれだけされていて?」
驚いたキャロラインにアランもキリも頷いて、お互い顔を見合わせている。
「馬車をこちらに下ろして戻ったら、既に誰も居なかった……何か変です。行先を少し変更してもいいですか? ここの領主に伝えるべきです」
アランの言葉に皆が同時に頷く。
その間にルイスに連絡を入れ、ステラを介してルカとロビンに伝えたのだが、ルカはどうしてそんな情報網をステラが持っているのか分からず、始終首を捻っていたそうだ。
寄り道をして調べに行ったオピリアを栽培していた領地の領主は、そんな所でそんな物が栽培されているとは全く知らなかったようで、近々王都から騎士団が派遣されてくる事を伝えると、領主は腰を抜かして倒れ込んだ。
それを伝えてアリス達が出発してから翌日、宣言通り騎士団がやってきたが、そこには既にアランの言う通り覆面達の姿は跡形もなく無くなっていた。ただ、オピリアの畑はほとんどが焼け焦げた状態で残っていたそうだ。恐らく証拠を隠滅しようとして焼き払ったが、一部が燃え残ってしまったのだろう。
領主の話では、最近この街道に覆面をした物取りが出ると噂になっていたようで、警戒はしていたらしい。今回はキャロラインの乗った馬車が襲われたという事で、きっと対策を怠った事を理由に厳重に処罰されるだろう、というルイスからの連絡に、何だか気の毒になってしまう一行だった。
そして、その後ルーデリア全土にキャロラインを守ったのは見た事もない剣を扱う少女だと言う噂が広まる。
ノアの描いたアリスのおかげで聖女になれたキャロライン作戦は、何を間違えたか鬼を従えた聖女キャロラインという具合に進んで行ってしまうのだが、それはまだもう少しだけ先の話である。
実際、この後飢饉が近づくにつれ、キャロラインとルイスは何度も危険な目に晒され、その度にアリスは刀を引っ提げて出動するのだが、いずれアリスが王家のガーディアンと呼ばれるのも時間の問題である。
こんな報告を、無事に到着したシェーンの宿からキリに聞いたノアはおでこを押さえた。
『で、どうだった? その覆面は何者か分からないままって事?』
『はい、残念ながら……』
視線を伏せたキリに、それを見て全てを察したノアは頷くと、シャルルに聞いた話をルイス達や学園で待つリアン達も交えて全て話した。
『シャルルが……二人……』
唖然としたルイスとカインを他所に、最も混乱しているのは他の誰でもない、アリスだ。
「じゃ、じゃあ、私が最初に会ったのはシャルルだけどシャルルじゃないって事⁉ そんな! 良いシャルルと悪いシャルル……私が推したのは良いシャルル……」
ノアの言う事に混乱したアリスはブツブツと呟く。
『それで? 僕と変態とキリ以外の従者は自由に動けるって事?』
『そういう事だね。だからリー君、もしもゲームの強制力で皆が血迷いだしたら、遠慮なく殴っていいよ』
『分かった』
グッと拳を握ったリアンを見てルイスとカインの背筋に冷たい物が流れ落ちる。確実に殴られそうなのは自分たちだと分かっているからだ。
『しかし一番心配なのはアリスだな。ヒロインは俺達を攻略しようと動いてくるんだろう? 琴子の記憶が勝つのか、キャラクターとしてのアリスが勝つのか、どうなんだろうな』
「アリスは私が見張るわ。私の事もアリス、あなたが見張ってちょうだい」
「はい!」
『じゃあ当初の予定通り、ゲームが始まったら出来るだけアリスとキャロラインは一緒に居る事。そして、攻略対象達はあまりアリスに近づきすぎないようにね』
ノアの言葉に皆は一斉に頷いた。連絡はスマホで取り合い、学園ではあまり接触しないようにする。アリスがゲームストーリーのフラグとイベント発生場所を教えてくれたので、それを元に出来るだけそこへは近づかないようにしようという事で話は落ち着いた。
『それで、結局シェーンが一番良かったの?』
乾麺の話を簡単に聞いたノアが言うと、アリスが大きく頷いた。
「やっぱり皆の言う通り、シェーンのが一番早く綺麗に乾いてた! 今はダニエルがグランでも試してみてくれてるよ」
『そっか。じゃあ、そっちに戻ったらすぐに僕は会社を設立するよ』
『あ! あの! 鉛筆なんですが、既にうちのお父さまが動いていて、ある程度まとまった本数は作れたそうです』
「ライラ! 素敵!」
アリスの言葉にライラは照れたように微笑むと、続きを話し出した。
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