第百七十三話 もしかしてビール、出来るんじゃない?
ノアはアリスのような返事をしてキリ達の元に戻った。すると、そこにはもう着替え終えたアリスとリアンが戻ってきている。
「ねぇねぇ、どう? 美味しい? 美味しい?」
アリスは無言でジュースを飲むリアン達に聞いて回っているが、誰もコクリとも頷かない。
全く返事をしないリアン達にアリスが不安になってきた頃、真っ先に飲み終えたドンが瓶をアリスに渡してくる。
「ドンちゃん、なに? おかわり?」
「キュ!」
「駄目だよ。炭酸はお腹一杯になっちゃうから一日一本だけだよ」
「キュ……」
しょんぼりと項垂れたドンは、ブリッジの首に抱き着いて、慰めて、と言わんばかりに頬をブリッジのおでこに擦り付けている。こういう調子の良い所はアリスとそっくりである。
半分ほど飲んだ所で、ようやくリアンとライラが口を開いた。
「水のままだと口が痛いって思ったけど、味が着くと美味しいね、これ」
「ええ。この不思議な感じ……癖になりそう」
「売れそう? ねぇねぇ、売れそう?」
「いけるんじゃないかな。子供にも飲めそうだし。ただ、大人には少し甘すぎるかも」
リアンの言葉にアリスは頭を捻る。そして気づく。もしもこの炭酸に慣れれば、もしかしたらあの憧れの飲み物が根付くのでは? と。
「ねぇリー君、物は相談なんだけど、チャップマン商会ってお酒、取り扱う気ない?」
「お酒? そう言えばうちは酒類はないね。なんで?」
「あのね、琴子時代に憧れだった飲み物なんだけど、大人になったら絶対飲み歩こうって思ってた物があって、それ飲む前に死んじゃったんだけど、それをここで再現出来ないかなって思ってさ」
ゴニョゴニョと言うアリスにリアンは業を煮やしたように言う。
「なんなの、はっきり言いなってば」
「うん、ビールって言うんだけどね! 大麦とホップ、酵母と水だけで出来るお酒なんだよ」
「ホップ? ホップってあの薬草の事?」
「そう。あれがね、防腐剤代わりと味を良くするの」
ホップと言えば、誰もが知っている薬草である。結構色んな所で採れて、鎮静薬や不眠の解消など、幅広く使える薬効の高い草なのだが。
「え? クスリなの? お酒なの?」
「お酒なの。アルコール度はワインよりも低くて、疲労回復にいいんだって。何よりも結構簡単に作れるから、安く販売できると思うんだ。おまけに、ガラス瓶も消費出来る!」
「つまり、庶民の味方って事?」
「イエス! あのね、これは言っとくけどめちゃくちゃ売れると思うよ。琴子時代でもそうだったからね!」
そう言ってまた親指と人差し指で輪っかを作るアリスに、リアンはもう呆れて物も言えない。
食のためにここまで出来ればあっぱれである。
「アリス、ホップならアランに言ったらすぐに手配してくれると思うな」
何たって薬草である。それを聞いたアリスは、すぐさまアランに電話をしてビールの効能と注意点、それから作り方を伝えた。
「お嬢様はこういう時だけは異様に仕事が早いですね」
「食に関してだけはね。とりあえず、アラン様が戻るまでには作ってくれてそうだけどね。あ、でも無理か。発酵するのに時間かかるよね」
「それはアランがどうにかするんじゃない? 魔法式で発酵を促す何かしそうだよ。アランもアリスの頼み事なら何でも聞くからね」
「確かに」
ノアの言葉に頷いたリアンとライラ。あのレインボー隊を見れば分かる。アランはアリスの頼み事にとても弱いという事が。
こうして炭酸をきっかけに念願のビールを飲めるかもしれないという事に気付いたアリスは、ちゃっかりアランを利用するのだが、この事がこの先またもクラーク家の何かに火をつけ、オルゾ地方のバーリーの一部の土地を買い取ってまで大麦の栽培に乗り出し、ビールの工場をあっという間に建ててしまい、それにグランまでもが乗っかるのだが、それはもう少しだけ先の話だ。
「さて、それじゃあそろそろ止めようか。続きは明日にしよう」
その言葉に頷いたアリスは、出来上がった炭酸ジュースを抱えて部屋に戻り、冷蔵庫に詰めた。意外と大量に出来たのでリアンの部屋の冷蔵庫も借りる。
そして翌日、朝から皆でキンキンに冷えたレモネードに舌鼓を打ち、何本かをノアとカインに託した。これを持ってジャスパーに交渉を持ちかけようというのだ。こういう難しい話はカインやノアに任せておいた方が絶対にいい。
「あんたはゴムとやらを見てきなよ。僕はこれ持ってライラとガラス工房まわるから」
「うん! じゃ、私達はゴムの所へいこ~!」
「お~!」
乗ってくれたのはオスカーだけである。やはりキリは乗らない。ただそんなアリスを白い目で見つめるだけである。本当にコイツは従者なのだろうか?
昨日の様に森に入りゴムの所まで行くと、大分乾いてきている。干し時である。多分。
アリスも作り方は知っていても実際に作るのは初めてなので、どうなれば正解なのかが分からない。とりあえず、やってみるしかないのだ!
そう意気込んだアリスに、それまでゴムをブヨブヨと押していたキリが真顔で言った。
「お嬢様、本当にこのブヨブヨで字が消せるんですか?」
まだ半信半疑でアリスを疑うキリにアリスは自信満々に言う。
「消せる! ちょっと実験してみる?」
そう言ってアリスは端っこで少しだけ固まって色がほんのり変わりかけている部分をナイフで切った。実はアリスも気になっていたのだ。言い切ってはみたものの、本当にこれで消えるのか? と。
まぁ、もしもこれで消えなかったらキリに何を言われるか分からないので、絶対に消えてもらわないと困るのだが。
アリスは紙に丸を描いた。それに生ゴムを押し当てて軽くこすってみる。すると、琴子時代の消しゴムとまではいかないが、ちゃんと円の一部が消えたではないか!
「おお! 凄い! ほんとに消えた!」
「……」
キリは今目の前で起こった事に驚いて黙り込んだ。別にアリスを信じていなかった訳ではない。ないが、まさか本当に消えると思っていなかったのだ。
「どうよ? ちゃんと消えたでしょ?」
「ええ、これは凄いですね。お嬢様、どうしてこれを一番に思い出さなかったんです? 本当に」
「うぐっ」
別にいつもの嫌味じゃない、心の底からのキリの言葉にアリスは胸を押さえた。いつもの余計な事をわざと言うキリよりも攻撃力があるのは何故だろうか。
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