第百六十六話 粉骨砕身!
イーサンも鉛筆づくりに無理やりつき合わされたので一本貰ったのだが、これが大変便利なのだ。まさかこんなものが出来上がるなんて思ってもいなかったイーサンは、使ってみて驚愕した。しかも何が一番驚いたと言えば、作る過程でイーサンは魔法を使ったが、本来であれば一切の魔法を使う事なく製造も出来るのだという。という事は、特殊な魔法を使う者をわざわざ探さなくていいという事だ。
「量産はまだですが、手を貸してくれそうな所はもう名乗りを上げてくれてますよ」
「そ、そうなのか?」
「はい。スコット家のお知り合いの方が続々と名乗りを上げてくれてますね」
「スコット家か。あそこは資産家だからな。なるほど。良い所に目を付けたな。これが出回ったら一気に広がりそうだな。そうなると従来のインクやペンを扱っていた所は厳しくなるか」
何でもそうだが、新しい物が出ると、それまでの商品を扱っていた所はどんどん廃れていく。早目に切り替えれば痛手はないかもしれないが、なかなか切り替えられない所もある。
「それはもちろん考えてます。だからスコット家にもお願いしてるんです。優先的にペンやインクを扱っていた所に声をかけてほしい、って。僕達では新しく工場を建てたり生産ラインを確保するのは難しいのでそのまま移行してもらえれば、と思ってるんです」
もちろん先にチャップマン商会との契約をしてもらう事が必須条件になるが、グランの時と同じようにどんな時でも値段は崩さないという条件を出すつもりだ。小麦とは違いある程度の期限は設けるつもりだが。
ノアの言葉にイーサンは深く頷いた。このバセット家は次から次へと問題も起こすが、こうやって便利な物を持ち込んでくる事も多い。そんなイーサンは味噌ラーメンに駄々ハマり中である。
「そうか。これらを考えるのはいつもお前なのか?」
「いいえ、アリスです。それを現実の物にするのが、僕の使命なので」
「なるほどな。いいコンビなんだな。じゃあノア、今まで以上にあいつの手綱はしっかり握っておいてくれ。温泉の件は俺からそれとなく校長に話しておくから」
「ありがとうございます。お願いします。ああ、あとその温泉の効能なんですが、水質キットで調べたら腰痛やリュウマチ、神経痛、あとは美肌にも効果があるみたいですよ」
「へぇ……それも校長に伝えとくわ」
「お願いします」
そう言ってノアはイーサンと別れた。
後に残ったイーサンは颯爽と歩き去ってしまったノアの後ろ姿を眺めながら、最近悩んでいる腰痛を思い出して思わず腰を押さえる。そう言えば校長も、寒くなると神経痛が辛いと言っていたか。それを思い出したイーサンは、ノアが付け足した温泉の効能に苦笑いを浮かべた。
「ほんっとに、仲の良い兄妹だことで」
その夜、寮の部屋に戻ってノアがイーサンからの伝言を伝えると、アリスは花が綻ぶように笑って頷いた。まだ決まった訳ではないが、一足先に見れたアリスの笑顔はノアの何よりのご褒美である。
「ありがと、兄さま! よ~し、次はゴムだ!」
「アリスは忙しいねぇ」
「全くです。お嬢様はまるで回遊魚のようですね」
「? どういう意味?」
「止まったら死ぬのでしょう?」
「酷い! まだ哺乳類で居たかった!」
「回遊魚か~言い得て妙だね。さてアリス、来週からいよいよ春休みだけど、テストは大丈夫なの?」
「……え?」
「え? じゃないでしょ? 今回はライラちゃんに貰った教科書でちゃんと勉強してるんでしょ?」
引きつった笑顔で振り返ったアリスは、ノアの期待に満ちた目を見るなり泣きついてきた。
「兄さま! 私に催眠術かけて! 今すぐに!」
「また?」
「止めてください、お嬢様。お嬢様の勉強モードのキャラは扱いにくすぎるんですから」
面倒なキャラ作りしやがって。心の中では毎回思うキリである。どうして普通に勉強が出来ないのか。椅子に座ってノートを取って覚えるだけではないか。
しかし、勉強が出来ない者から言わせてもらえば、ノートをいくら取ったとて覚えられないのである。別に記憶力が悪い訳ではない。ただ単に興味がないのである。少なくともアリスはそうだ。何故ならしょうもない事やどうでもいい事は沢山覚えていられるのだから。
「お願い! 兄さま!」
両手を組んで上目遣いで見上げるアリスに、ノアはたじろいでため息を落とした。
「も~今回だけだよ?」
「うん!」
「……絶対今回だけでは済まないし、ノア様はお嬢様に甘すぎます」
「だってキリ、こんな顔したアリスに頼まれたら断る事なんて僕には出来ないよ!」
そして、今回もやはりまたノアはアリスに催眠術をかけた。そして相変わらず効果は抜群である。
翌日、アリスは前回よりも分厚い眼鏡をかけて食堂でライラと勉強していた。
「はっ! パンに書いて飲み込めば覚えられるのでは⁉」
「アリス、パンに字はかけないわ。見て、私、お猿さんでも分かるライラの教科書(改)を作ってきたの。前のよりもイラストがいっぱいで、ポイントも分かりやすくしたわ」
「おお! ライラ神よ!」
ありがたく教科書を捲りだしたアリスに満足げに頷いたライラは、全教科の教科書をアリスに渡す。
「ねぇ、またかけたの?」
呆れたようなリアンにノアはコクリと頷いた。
「コクリじゃないでしょ⁉ 言ったよね? コイツ簡単に暗示にかかるんだから、かけるなって!」
「アリスに直接可愛い顔して頼まれたら僕には断れないよ」
「ちょっとは心に鬼住まわせなよ! ていうか、もう鬼住んでるんだから、その鬼ちょっとコイツにも適用しなよね!」
「無理だぞ、リー君。アリスに対してはノアの心には天使しか居ないからな。その他の者には鬼しか居ないが」
「皆酷い言い草だなぁ。慣れればこのキャラも結構面白いんだけどな」
「そんな事言えるのあんただけだからね⁉」
「ライラ殿、この四文字熟語は何故間違いなのです⁉」
アリスは今回のテストの問題用紙をライラに採点してもらい、つけられた点数を見て言った。
「アリス、『粉骨砕身』っていうのは、一生懸命頑張る事よ。決して骨を砕くほど殴るって事ではないの」
「なぬ!」
「あとね、これもそう。『猪突猛進』。これはね、向こう見ずに突き進む事を言うの。どんなに心の広い先生でも、向かってきた猪を猛々しく倒す事、では丸をくれないわ」
「なんと!」
「ヤバイほど馬鹿だね……」
「アリスそんな事テストに書いたの? 先生大変だろうな、採点の時」
肩を揺らしながら笑うノアだったが、その頃アリスの担任のカーターは、お茶を噴くのを堪えていた。いつもながらアリスの解答用紙は己の精神力を試されているのかと思う程だ。
あまりにも毎回笑いどころが満載なので、最近では少し楽しみになっているのと同時に、自分の教え方が悪いのか、と本気で悩む今日この頃である。
おまけに最近のアリスは授業中目が悪い訳でも無いのに真面目そうな眼鏡をかけて授業を聞いているが、それでもこの様だ。
「伊達眼鏡にも程があるだろう! ぶふっ……ふふ……手前味噌……『手前が味噌で奥が塩』? 知るかよ! はぁ、ヤバイ。泣ける……」
すっかり教師としての自信をなくすカーターだが、アリスは大体どの教科も似たり寄ったりなので、他の教師達もアリスの答案用紙を見て噴き出し、そして凹んでいる事をカーターは知らない。
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