第百六十三話 B級おが屑と木っ端
ガックリと項垂れたユーゴに皆笑いながら鉛筆でそれぞれ試し書きをしていると、それまでずっと鉛筆を握りしめて震えていたライラが、突然アリスに飛びついてきた。
「アリス! ありがとう! これ、私がずっと欲しかったものよ!」
「うん。ライラ、前にインクをつけなくてもいいペンが欲しいって言ってたなって思って。いつかボールペンも出来るように頑張るね!」
「ええ! 楽しみにしているわ! ついでにこの鉛筆の件、父さまにもお話してもいいかしら? うちはしがない子爵家だけれど、昔から色々と手広くやっていてね、何せ書類仕事が多いのよ。だから父さまの手はいつもインクで汚れているの」
「もちろんだよ! じゃあライラにはもう一本あげる。お父さんに送ってあげて」
「いいの⁉ きっと喜ぶわ!」
そう言ってライラはアリスからもう一本鉛筆をもらい、翌日には手紙に鉛筆を添えてスコット家に送った。すると、手紙がついたその日の夜にライラの父から電話があり、木工をやっている友人に頼んで鉛筆の外側を作らせてはもらえないか、という話になり、その翌日には鉱石を扱う友人に頼んで黒鉛を採掘してもらってはどうか、という打診があり、さらに翌日には鉛筆が大層気に入ったあのスミスが、鉛筆を商品化するのなら新しい鉛筆専用の炉を建てると言い出した。
「とんとん拍子に決まって行くな……」
この日もルイスの部屋でカインがドンの作った鉛筆を眺めながら言うと、ノアが頷いた。
「別に今のもので十分足りてるけど、少しだけ不便な物って広まるのも早いよ。そういう意味ではあんまりコストのかからないこの鉛筆はあっという間に流行りそうだよ」
実際、今回の鉛筆に名乗りを上げたのは小さな工場ばかりである。正に庶民ばかりだ。コストが大してかからず、大掛かりな機械も必要としないので、手も出しやすい。
「確かにな。しっかしこれ書きづらいなぁ」
ドンの鉛筆は溝が一定ではないので中の芯がどうしてもグラつくのだ。
ドンが作った鉛筆ははカインに渡そうとノアがいうと、ドンは同じ物を二本作った。そしてそれを自らカインとオスカーに渡したのである。恐らくドンなりのお礼のつもりなのだろうが、芯がぐらぐらするので書きにくい。
「でも、俺らのが一番愛情籠ってるもんな~?」
「そうですよ! 世界に二本しかありませんよ、ドラゴンが作ったペンなんて! もったいなくて使え無さそうです」
たとえ書きにくくてもドンが作ってくれた。それだけでプライスレスな二人である。
「キュ!」
そんな二人にドンは満足したように頷いてノアの膝の上に戻って行った。
「それで? これを消す奴はどうやって作んの?」
鉛筆を受け取ったグリーンが嬉しそうにお絵かきしているのを横目に見ながらリアンが言うと、アリスが手を上げて立ち上がった。
「春のお休みに兄さまとキリとフルッタに行ってゴムの木見てきます!」
「ゴムの木? なにそれ」
「えっとね、ゴムが採れる木だよ! ゴムっていうのは、伸びたり縮んだりする物なんだけど、何かをまとめる時にあるとめっちゃ便利」
「全然分かんない。まぁいいや。それさ、僕もついてっていいかな?」
突然のリアンの提案にアリスは快く頷いた。それを聞いてルイスも手を上げる。
「面白そうだな! 俺も行く!」
「無理です、ルイス様。春の休みはセレアルに顔を出さなければいけません」
トーマスの声にルイスは途端にしおしおと腰を下ろした。すっかり毎年恒例のセレアル訪問を忘れていたのだ。
「ルイス、セレアルに行くの? じゃあ丁度いいからレスター王子に手紙書くから渡してくれない?」
「別にそれは構わんが、お前、俺が王子だって事を時々忘れてないか?」
ちょっとしたお使い気分で手紙の配達を頼まれたルイスはじろりとノアを睨みつけた。
「違うよ。手紙はルイスとレスター王子が顔を合わせる手段だよ。君にはセレアルでレスター王子の近況を聞いてきてほしいんだ。ルイスが命を狙われた事、王は公表してないよね? もしかしたらレスター王子も既に狙われてるかもしれないじゃない。でも僕達はレスター王子とはおいそれと会えないから、ルイスからアリス達の事をそれとなく吹き込んでほしいんだよ。で、レスター王子の方からアリス達に会いたいって言ってもらいたいんだ。そうする事で今後セレアルでの活動がしやすくなるでしょ? これはルイスにしか出来ない仕事だからお願いしたんだよ」
ノアの言葉にルイスは納得したように顔を輝かせた。
「なんだ! そうならそうと先に言えばいいのに! 分かった。お前たちの事をしっかり宣伝しておこう! この鉛筆を土産にしてもいいか?」
「もちろん。じゃ、お願いね」
「ああ! 任せろ!」
ドンと胸を叩いたルイスを見てノアはにっこり笑った。裏表が無いというのは扱いやすくていい。そんな単純なルイスを見てカインは大きなため息をこれ見よがしに落とした。
「あぁ、俺今から不安だなぁ。ノアに簡単に丸め込まれて……大丈夫かな」
「仕方ありません。ルイス様の脳内にはまだおが屑がぎっしりなので。ですが、上手く扱えば賢王に見せるのは可能かと」
「だな。そこが腕の見せ所って事か。こりゃ親父とは違った意味で忙しそうだな」
「おい! 聞こえてるぞ! 二人とも!」
コソコソと内緒話をするキリとカインを睨みながらルイスが言うと、キリが真顔で言う。
「わざと聞こえるように言っているのです。おが屑にも種類は色々です。今のルイス様のおが屑はさしずめB級ですが、せめてA級おが屑を目指してください」
「び、B級おが屑……」
真っ青な顔をしたルイスの肩をトーマスがポンと叩いた。
「大丈夫です。少しずつ質は上がっていますよ、ルイス様」
「ねぇ誰か否定してやって! 王子がショック死しちゃうから!」
何でこんなにルイスの周りには容赦のない奴しか居ないのか。そこまで考えて、ふとあの宝珠の暴君ルイスを思い出したリアンはすぐに自らの考えを否定した。
もしもあのルイスがB級おが屑のままだったばっかりにああなってしまったのだとしたら――。
「いや、やっぱいいや。多分王子にはこれぐらいが丁度いいんだよ、きっと」
「リ、リー君⁉ 何気に一番酷いな⁉」
一度庇っておいてすぐさま手のひらを返したリアンにルイスは青ざめる。
「ルイス様元気出して! 大丈夫だよ! 今のルイス様は大分素敵になってますって! ね? キャロライン様!」
「ええ、そうよ。ルイス、もっと自信を持ってちょうだい」
「キャロライン、アリス!」
「うんうん。仲良きことは素晴らしきかな!」
手を握り合う二人を見てアリスが言うと、すかさずキリが付け加えた。
「ルイス様の心配などしてる場合ではありませんよ、お嬢様。言っておきますがお嬢さまはおが屑にすらなれてませんからね? ただの木っ端ですよ。木っ端」
「流れ弾! なんで⁉」
突然の被弾にアリスはノアに抱き着いてグスグスと鼻をすする。そんなアリスの頭を撫でたノアはいつものように笑顔を浮かべている。やはり鬼畜である。
「で、リー君はどうしてフルッタに行きたいの?」
「うん。この間ダニエルから連絡があってさ、チャップマン商会って南の方まではあんまり行った事ないんだよね。それは王家の後ろ盾があった時からそうでさ、ちょっと様子見に行かなきゃねって話をしてたとこだったんだ」
「確かにあんまり南の地方向けの商品無いよね、チャップマン商会って」
「そうなんだよね。暖かいと生ものは痛むし、なかなか難しいんだよね。行った事も無いからどんな商品を欲しがってるのかも分かんないしさ」
リアンの台詞にノアは納得したように頷いた。
「僕達は全然構わないよ。他はどうする?」
「あの、リー君が行くなら私も行っていいですか?」
おずおずと手を上げたライラにアリスが飛び跳ねて喜んだ。
「当たり前だよ! 当然だよ! もちのろんだよ!」
良かった。キリとリアンとノアなど、アリスにとって鞭の方が多いではないか。ライラの手を取って喜んだアリスに、キリは何かを見透かしたような顔している。
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