第百五十二話 全てはアリスの妄想、という事にしておく

「レスターか。最後に会ったのは随分前だな」

「そうなの?」


 キャロラインの言葉にルイスは頷いた。別に仲が悪い訳ではないが、特別仲が良いという訳でもない。何せはとこである。微妙な遠さだ。


「特別な集まりの時にもは顔を出さないんだ。少し訳アリでな。その分寂しい思いをしているからか、少しその、何ていうか……」

「レスター王子はね、とにかく卑屈なんだよ! 領地の外には一切出て来ないし、世界で自分が一番可哀想だって思ってるような人なんだから!」

「え、何でそんな詳しいのぉ?」


 ユーゴの言葉にアリスはしまった! と口を塞いだ。しかし、時すでに遅し、である。


「ねぇねぇ、どうしてぇ? 会った事ないでしょぉ~?」

「えっと~……勘? とか? ほら、噂で聞いたっていうか」

「噂ぁ? レスター王子の噂なんて聞いた事無い人の方が多いよねぇ~? あの人ほぼ軟禁状態なのにさぁ~」


 ユーゴはこんな話し方だが頭は切れる。これはマズイ! そう思っていた矢先に、ノアがにっこり笑って話し出した。


「実はね、ユーゴ。僕達はアリスの前世でやっていたゲームっていう物語の登場人物なんだって。だからアリスは攻略対象の事は何でも知ってるんだよ」

「ノ、ノア⁉」


 驚いて目を丸くしたルイスにノアはパチンとウィンクする。黙っとけという事なのだろう。


するとユーゴは一瞬ポカンと口を開けて、視線だけでアリスを見て悲し気な顔をする。


「あー……そういう……うん、大丈夫。僕もちゃんと話合わせるようにするよぉ。ごめんね、アリス様。もっと話してもいいよぉ。ちゃんとお話聞くからねぇ」


 よしよしとアリスの頭を撫でたユーゴの視線の中に含まれているのは憐憫である。


「う、うん……ありがとう」


 その視線に気づいたアリスは何とも言えない顔をしてノアを睨む。


 完全にユーゴにアリスは妄想癖のあるおかしな子だと認識されてしまったではないか!


 けれどノアはそんなアリスとユーゴを見てニコニコするだけだった。そんなノアを見てユーゴは何かに納得したように頷く。


「変だなぁってずっと思ってたんだぁ。ノア様は絶対にアリス様と離れないって聞いてたからさぁ。なるほどねぇ、そりゃ心配だよねぇ。おまけにあんな動きされたらおいそれとお嫁にもやれないかぁ」

「そんな事ないよ。アリスが可愛いのは事実だからね。僕は自分がしたくない事はしない主義だから、これはしたくてやってるんだよ」

「うわぁ、超良いお兄ちゃんじゃ~ん」


 良いお兄ちゃん? 誰が? アリスを売って自分の点数を稼いだノアに、皆は何とも言えない顔をしている。


「でも、レスター王子は確かに心配だよねぇ。あの人の所には軟禁されてるから大丈夫だろう、みたいな感じで護衛がさほどついてないからさぁ」


 ユーゴは困ったように言った。


 レスターは特殊な瞳を持って生まれてきた。昼には玉虫色のような綺麗な瞳なのだが、夜になると獣のように光るのだという。


 そのせいで生まれた時から皆に気味悪がられ、挙句の果てには十二歳になった今も城に軟禁中である。そんな訳で彼はアリスの言う様に卑屈で、自分が一番可哀想だなんて思い込んでいるのだ。


 ユーゴがそんな話をすると、アリスは深く頷く。


「そんなに可哀相なの?」


 ノアの問いにアリスは首を横に振った。


「ぜんっぜん! 可哀相なんかじゃないよ! 特殊な目はただの遺伝子の問題だし、夜に光るって事は夜目がめちゃくちゃ利くって事でしょ? はっきり言って羨ましい! 何度も森で夜を過ごした事があるから分かるけど、何で人間は夜にも目が見えるように進化しなかったんだろう⁉」

「お嬢様、それは誉めているのかどうなのか全く分かりませんね」

「誉めてる! めちゃくちゃ褒めてるよ! 闇の中でイノシシと戦わなきゃならない心許なさったらないんだから!」

「……闇の中でイノシシと戦うような事は普通は滅多にないので、それは黙っておいた方がいいですよ」


 拳を握りしめて力強く言うアリスにキリは呆れ、ユーゴが声を出して笑う。


「いやぁ、レスター王子に聞かせてやりたいねぇ。この世界にも、君の瞳をこんなにも羨ましがる人間も居るんだよってぇ」

「ああ、じゃあ丁度いいじゃない。アリス達セレアルに近々行くんだし、ついでにレスター王子にも会ってきたら?」


 アリスは留学するノアに乾麺の工場を建てる場所を探すのを頼まれている。


 ノアの言葉にアリスは手を打って頷くと、ルイスを見た。レスターも王族だ。セレアルに行ったからと言ってほいほい会えるような相手ではない。


「俺から話をつけておこう。レスターはアリスの言う様に少々卑屈だが、悪い奴ではないんだ」

「うん! お願いします」


 アリスはそう言ってルイスに頭を下げた。


「じゃあ次の休みはセレアルなのね。何だか忙しいわね」


 キャロラインは次の休みの計画を練るように頬に手を当てて呟いた。アリスが来るまで、一体どんな生活を送っていただろう? 


 ここの所、毎日が忙しくて全くまとまった休みが取れていない。読みたい本が沢山あるし、ドレスも新調しなければならないというのに、全て放ったらかしている気がする。


 毎日がめまぐるしくて、とてつもなく忙しいのにそれを少しも大変だとは思わないから不思議だ。それどころか、次は何が起こるのだろうかとワクワクしている自分がいる。


「頑張りましょうね! キャロライン様!」


 考え込むキャロラインに向かって嬉しそうに笑うアリスを見てキャロラインは頷く。


「そうね。頑張りましょう。一刻も早く乾麺工場を見つけなければね」

「はい!」


 アリスが元気よく頷いた途端、まるで返事をするかのようにどこからともなく可愛らしい遠吠えが聞こえてくる。皆が振り返ると、暖炉の前でオスカーがちょうどシリ―にミルクをやり終わった所だった。どうやらシリ―はミルクをもっと寄越せとオスカーにせがんでいるらしい。


「シリ―の初遠吠え! かっわいいなぁ!」


 そんなシリ―に場が和んだ所で、ノアとキリが立ち上がる。


「さて、それじゃあそろそろ尋問始めよっか」

「そうですね。さっさと吐かせてしまいましょう。その後はどうします?」

「ユーゴに王都に連れ帰ってもらおうか。うちの青年団じゃ処理しきれないし。それでいいかな?」


 ノアの質問にユーゴはルイスと顔を見合わせて頷いた。


「いいよぉ。君達と居るなら僕も安心だしぃ」


 のんびりした口調で護衛にはあるまじき事を言うユーゴにルイスとカインが苦笑いを浮かべる。


「ちょっと僕達は行ってくるけど、君達はどうする?」

「もちろん一緒に行く。自分の命が狙われたんだぞ」

「そうだね。俺も見ていくよ。キャスパーについて何か分かるかもしれないし」


 その言葉にその場に居る全員が頷いた。何せ一国の王子の命が狙われたのである。かなり深刻な事態だ。


「そう? じゃあ始めようか」


 いつものように笑顔で言うノアに皆は頷いて着いて行く。

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