第百四十五話 契約成立!任務終了!

「仲が良いね。うん、本当の兄妹みたいだ。君達の生い立ちもとても複雑だったって聞いているよ。ミランダがね、教えてくれたんだ。あの二人はこのグランの救世主だって。だからしっかり話を聞いてやって欲しいって。最初は嘘を吐かれて悲しかったけれど、話を聞くと君達はもっと過酷な人生を送っていたんだって? ミランダは泣きながら、あの二人は私に気を遣ったのかもしれない、だなんて言っていたよ」

「気なんてそんな……」

『正直に話せばいいよ』


 何てことないようにそんな事を言ったノアの意図に気付いたオリバーは、そこまで言って口を噤む。そしてミランダにもオリバーは心の中で頭を下げた。


(ミランダさん、あれは神様なんかじゃないっす……自分の計画を進める為に誰でも利用する、ただの悪魔っすよ……)


 結果としては上手くいったからいいようなものの、ノアのやる事はどれも真相を知っていればエグイの一言である。そして何かに名納得する。なるほど、こうやって美談という奴は作られていくのかもしれない、と。


 エドワードはふぅ、と小さく息を吐き、居住まいを正してダニエルに向かった。


「チャップマン商会代表、ダニエル・チャップマン。君達に、是非グランと契約を結んでほしい。内容はこれだよ。しっかり目を通して欲しい」


 そう言ってケルンから一枚の書類を受け取ったダニエルは、その書類を慎重に読み進めた。


 グランからの契約書には、小麦を融通する代わりに、対価としてスマホのグラン普及権と新しい麺料理のレシピを要求する、といった具合の事が書かれている。


「足りねぇな、これじゃあ」


 そう言ったダニエルが書類を机に置いて、胸ポケットからペンを取りだして契約書に何かを書き込み始めた。


 一方、ダニエルの言葉にギョっとしたのはエドワードとケルンだ。信用した途端に掌を返されたのかと息を飲む。


 やがて何かを書き終わったダニエルが、書類をエドワードにつき返した。


「これ以上は譲れない。目を通してくれ」

「あ、ああ」


 付き返された書類をエドワードは目を通し、ダニエルが書き足した部分を見て言葉を詰まらせた。そんなエドワードの反応にケルンも後ろから書類を覗き込んで、思わず咽ている。


「しょ、正気か⁉ こ、これは!」

「正気だよ。それぐらいの価値がここにはある。俺はそう思う。土地にも領民にも」

「し、しかし!」

「言っとくが、ずっとだぞ? どんな時もだ。例えこの先大飢饉が起こったとしても、だ」


 ダニエルが書き足したのは、ノアに言われていた通り永久に続く小麦の一定量の金額固定契約だ。あえて高めに設定してある。その代わり、どんな時でもこの金額と量を下回る事も上回る事も許されない、というものだった。


「あ、ああ。いや、でも今年のような大豊作の時期には君達は大損するぞ?」

「しないさ。その時は全部乾麺に変えてやればいい。あれは二年は持つ代物だからな」


 多く小麦が入手できれば、それだけ乾麺の量が増える。それに、マリーが客から聞いたという話やキャロラインが飢饉に気付いたというのなら、この契約は絶対に損にはならない。


「これは……願ってもないが……しかし……」


 いつまでも決め兼ねているエドワードに、後ろからケルンがそっと耳打ちをしてくる。それにエドワードは頷き、今度は大きなため息を落とした。


「ありがとう、ダニエル。君達は、本当にうちの救世主だったのかもしれない」

「それはお互い様だろ。俺達もこれで販路を増やせるんだから。あと、そのスマホ普及権とレシピに関しては別に対価なんていらないから。ここに販売しに来るのだけ許してくれれば、その都度レシピも教えるし、スマホも普通に販売に来るよ」

「そ、そうなのかい? スマホとレシピはルーデリアの国家機密なんじゃ?」

「まさか! この二つの出資者は確かにキャロライン様だけど、キャロライン様はそんなケチ臭い事言わない。それに、そんなあくどい売り方したら俺が皆に怒られる! それを防ぐためにうちと独占契約にしてくれたのに」

「そうなのか……本当に国家は絡んでいないんだね」

「ああ。バセット家の奴らとキャロライン様が言うんだ。グランはあくまでも中立の立場で居なければならないんだ、どこかの属国になってしまわないように、って。だから安心してくれ」


 この一言を聞いたエドワードは、椅子に深く座り込んで体から力を抜いて安心したような笑顔を浮かべる。


「そうか。ダニエルくん、これからチャップマン商会とは末永い付き合いになりそうだね。こんな小麦しかないような所だけど、どうぞよろしく」

「こちらこそ、色々とあったこんな商会と契約を結んでくれてありがとうございます。これから、どうぞよろしくお願いします」


 手を差し出したダニエルとエドワードはしっかりと握り合う。


 こうして、念願のチャップマン商会とグランの契約がここにしっかりと取りつけられた。


 屋敷を出た所でミランダが何故か手の鍬を握りしめて立っていた。いや、ミランダだけじゃない。他の領民達も農具や何故か包丁まで持っている人も居て、ダニエルは思わず一歩下がる。


「どうだったんだい⁉ あんた達!」 


 怖い顔をして詰め寄ってくるミランダに、オリバーは苦笑いを浮かべる。


「そんなもん持ち出してどうしたんすか」

「いや、グラン様に限ってそんな事は無いと思いたいが、もしも契約に至らなかったら、いっそ一思いに――」

「おやおや、これは怖いね」


 ダニエル達の後からひょっこり顔を出したエドワードが、武器を手に目をギラギラさせているのを見て楽しそうに笑う。


「グラン様! ど、どうだったんですか⁉」

「おいミランダ、落ち着けって。皆も、ちゃんと契約出来たから、な?」

「っす」


 コクリ。


 それを聞いた途端、領民達はホッとした様子で武器を下げた。


「おい誰だよ! グラン様は契約を断るかも、とか言ったの」

「畑仕事してたから鍬持ってきちゃったよ。ははは」

「私なんて包丁よ? 完全に武器よ」


 領民達はおかしそうに笑いながら、次々に三人に声を掛けてくる。


「良かったな! 雪辱を遂げたじゃないか!」

「おう、応援ありがとな、皆」


 気安いダニエルの雰囲気に呑まれたのか、領民達は今日初めて会ったばかりのダニエルにやたらと好意的だった。これはきっと、オリバーとドロシーがこの地で培ったものなのだという事を実感する。


「それで、どんな契約になったんだい?」


 ミランダの台詞にエドワードが説明すると、それを聞いた領民達は仰け反って驚いた。


「そ、そりゃまた……お前らバカだなぁ」

「本当よ。何やってるの! もっと吹っ掛けないでどうするの!」

「こらこら。君達」


 一体どちらの味方なんだい? と笑うエドワードに領民達も声を出して笑う。すると、一人の農家の男が突然、胸を張って叫んだ。


「おい! こんなにも俺達の事をかってくれた商会は他には無かった! 俺達も、チャップマン商会の期待を裏切らないよう、良質の小麦を作ってやろうじゃないか! それが俺達に出来る最大の恩返しだろう⁉」


 その声に皆が湧いた。口々にそうだそうだ、と叫びだす。それを見ていたエドワードもケルンも微笑んでいた。


「ありがとな! すっげぇ頼もしいよ。あ、それからもう一個。グラン伯爵からグランへの販路の許可もらったんだ。これから定期的にここに来るから、そん時はよろしくな」


 ダニエルの声に領民達は嬉しそうに頷き、取り扱っている商品のカタログを受け取ってホクホクしてそれぞれの家へ帰って行く。


「あんなにも湧いた皆を見たのは久しぶりだったよ。ありがとう、ダニエル君」

「こちらこそ、俺も大切な事思い出したっていうか、やっぱり信条は間違ってなかったんだって証明出来たみたいで自信がついたよ。ありがとう」


 お互いにもう一度固い握手をしたダニエルとエドワードの隣で、ミランダがドロシーとオリバーを抱きしめて泣いている。


「あんた達、体壊すんじゃないよ。何かあったらいつでも戻ってくるんだよ」


 コクリ。


「っす」

「どこに居ても、どれだけ離れてても、あんた達の事想ってるからね」


 グス。コクリ。


「……っす」


 涙をポロポロ零すドロシーとミランダを見て思わずオリバーも泣いてしまいそうになる。そんなオリバー達を見てダニエルはミランダに一つ約束をした。


「スマホが販売できるようになったら、ミランダに一番にプレゼントしに来る。約束する。だから、もう少しだけ待っててくれ」

「!」

「ダ、ダニエル? いいんすか?」

「いい。スマホは元々そういう為のもんだ。クラーク家がスマホ事業に手を貸した理由は、離れて暮らす親子や恋人、夫婦との仲を繋ぎたいって理由だったって聞いてる。だったら、一番良い使い方だろ? それに、オリバーとドロシーがこんなに世話になったのに、何もしないなんて俺には出来ない。だからミランダ、スマホを送ったら、快く受け取ってくれるか?」


 真剣な顔でそんな事を言うダニエルに、ミランダは年甲斐もなく頬を染めた。


「あ、あんたモテるんだろうねぇ……こんな男前にそんな事言われたら、嫌だなんて言えないじゃないか。ありがとう、とても嬉しいよ」

「そうか! ありがとう。それじゃあ、いつになるか分からんが、楽しみに待っててくれ。また近くまで来る事があったら寄るよ!」

「ああ、待ってるよ。気を付けてね。二人とも、仲良くするんだよ」

「っす」


 コクリ。

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