第百三十九話 スマホ見せびらかし大作戦!

 それを聞いたオリバーは黙り込んだ。ノアの言っていた通りだ。今年はどこも豊作で、グランはかなり厳しいはずだと。そしてそこに付け込むようにチャップマン商会には働きかけてほしいのだ、と。何ともえげつない作戦である。


 けれど、作戦としてはいくらエグくても、結果としては全員が助かる為の唯一の方法だとも言える。確実にやってくる大飢饉はこのグランさえも巻き込まれる事が確定しているのだから。


「……俺、チャップマン商会に相談してみるっす」


 コクリ。隣でドロシーも頷いた。そして何やらメッセージを打ち出す。


『ダニエル様はとても優しい人だから大丈夫。こんな私でも雇ってくれるって言ってたから』


 ドロシーの打ったメッセージを見たミランダは、ドロシーを力一杯抱きしめた。


「ありがとね、ドロシー。あんた達はもしかしたらこのグランの救世主かもしれないね。そうと決まれば、後は上手くまとめるだけだ。私はそれとなくグラン様の耳に届くようにスマホと二年もつ奇跡の小麦の話を流すよ」

「俺達はチャップマン商会にここでの話をしておくっす。もちろん、危機だって事は内緒にしとくっすよ」


 コクリ。ドロシーは頷いてミランダを抱きしめ返して頬にキスをして微笑んだ。そんなドロシーにミランダは嬉しそうにしている。


 こうして、思いもよらない協力者が出来た。誰だって自分の住んでいる土地を守りたいのは当然である。完全に利害が一致した。


 この日からドロシーは胸にスマホを下げて店の手伝いをするようになった。


 常連たちは最初はそれの使い方が分からなかったものの、ドロシーが目の前でどうやって使うかを実践して見せると、店内は沸いた。さらにミランダが追い打ちをかけるようにオリバーのスマホを使ってビデオ通話などして見せたから、その日から店にはスマホを一目見ようという人で溢れかえったのだ。


「世の中便利になったなぁ!」

「これがあれば、嫁いだ娘とすぐに話が出来るのか?」

「娘どころか孫の顔だっていつでも見れるじゃないか!」


 嬉しそうに目を細めた常連客のジルは、ドロシーのスマホを眺めながら言った。


「それにしてもよく考え着いたな。流石クラーク家。今までも転移魔法は役所に行けば出来たけど、声と映像を届けるってのは無かったもんな」


 転移魔法はあくまでも物体を送る物で、本人を送ったりは出来ない。それに、何よりも高い魔力と設備が居るので、結局庶民には手が出せないのだ。結果、やりとりはやはり配達になる。


「画期的だなぁ。一体どんな魔法式になってんだ?」

「俺も詳しい事は分かんないっす。ただ、真似されないようにロックがかかってるって言ってたっすよ」

「だろうな。これは量産出来ればかなり当たるだろうな。で、これをチャップマン商会ってのがやってんのかい?」

「そっす。アラン様曰く、チャップマン商会のダニエル様が一番このスマホを純粋に流行らせたいって思ってくれたって言ってたっす。クラーク家は誰かの役に立つことにしか手を貸さないので有名なんで」

「まぁ、これは金稼ぎには良さそうだもんな」

「そうなんっす。ダニエル様だけが提示した金額をさらに下げろって交渉してきたらしいんすよ。庶民にも手が届く値段でないと取り扱わないって」


 これは本当にダニエルが言っていた事である。流行らせたいなら庶民にも手の届く値段でなければならない。でないと結局、貴族の間だけで流行って終わってしまう。


 酒を飲みながらそんな事を言っていた。そしてそれをオリバーがアランにも伝えた所、アランは深く頷いていたので、きっとどうにかしてくれると思っている。


「チャップマン商会は随分変わったねぇ……先々代の頃はもっと横柄だったんだけどねぇ」


 そう言って話すのはグランの生き字引と言われているダリアである。御年百歳近い彼女は何でも知っている。


「そんなに酷かったのかい?」


 ミランダが忙しそうに飲み物を用意しながら言うと、ダリアは頷く。


「ある日ここに物凄い豪華な馬車で乗り付けてきてね。私達には目もくれず真っすぐグラン様の所に行って、金塊をチラつかせたそうだよ。これで小麦畑を買い取らせてくれってね。もちろんグラン様は断ったよ。領民を使って小麦を作らせてそれを持って行くだなんて、そんなバカげた話があるかね。それじゃあ搾取と何も変わらないじゃないか」

「そ、それは酷いっすね……」


 リアンとダニエルから話は聞いていたが、本当に酷い。まさかここまでとは思ってもいなかったオリバーとドロシーは申し訳なさから視線を伏せた。


「でも代が変わると随分大人しくなって堅実になったって聞いたよ。それに、グランにも一度頭を下げに来たから、その頃から少しずつ変わったのかもしれないねぇ」

「……」


 先代と言うと、ダニエルの父の代である。それは初めて聞いたと目を丸くしたオリバーにダリアが笑った。


「きっと誰にも言ってないんじゃないのかね。自分の父親のしでかした事を息子たちが頭を下げに来ただなんて、恥ずかしいだろ?」

「息子たち?」

「そうさね。息子二人が揃って土産持って訪ねてきたんだよ。仲の良さそうな兄弟でねぇ、当主は弟が継いだって聞いてたから、あたしらはてっきり兄弟仲は最悪だろうって思ってたんだけど、そんな事は全然無かったねぇ」


 懐かしそうに笑ったダリアにオリバーもドロシーもホッと胸を撫で下ろす。どうやら先々代の印象は最悪だが、今のチャップマン商会の印象はさほど悪くはないようだ。


「人の為になるチャップマン商会を目指したいってグラン様に宣言したそうだけど、どうやらそれは本当になりそうだねぇ」


 モゴモゴと話すダリアの声に皆は耳を傾けていた。この生き字引が言うのだ。きっとチャップマン商会は信用出来る。

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