第九十七話 モブを捕まえる為に、いざ出陣!+おまけ

 頭を抱える二人にアリスはふと思いついた。


「オリバーも思考に直接なのかな? それとも意志?」

「十中八九意志の方だろうね。アリス、言っとくけど思考に直接魔法をかけられるのは、本当に少ないんだからね?」

「そっか。じゃあもしかしたらいけるかも」

「何が?」

「あのね、私の魔法って、先生の居ない所で人にかけちゃ駄目って言われてるの」

「当たり前だよ! 君の魔法は本当に危険なんだよ? ちゃんと訓練してからでないと使っちゃ駄目、絶対!」


 アリスの肩を掴んで怖い顔をしたノアに、アリスは頷いた。元々誰かにかける気もない。


「うん、でもね、自分にかけちゃ駄目とは……言われてないんだよね」

「……は?」

「お嬢様、一応聞きますが、正気ですか?」


 こめかみを押さえながらキリが喉の奥から声を絞り出す。バカだバカだとは思っていたが、ここまでだったとは!


「えっと――それはさ、誰も自分にかけないからだよ? カインの反射でさえ、自分にかける魔法じゃないからね?」

「だからだよ! 私に! 魔法を! かけるの! 自分で!」


 寝ている時には簡単にリミッターを外せるのに、意識があると出来ないのは、理性が邪魔するからだ。だからあえて! 琴子時代にやり倒したゲームのように! 自分を強化する魔法をかければいいのではないのか!


 そこまで力説したアリスにノアとキリは顔を見合わせて頷いた。


「いや、それは駄目でしょう。だって、それしちゃったら、アリス、オリバー殺しちゃわない?」

「そうですよ、お嬢様。寝ぼけたあなたはクマも倒すんですよ?」

「う……そ、そこは兄さまの魔法とかで止めてくれたら……」

「残念だけど、僕の魔法は全部攻撃系なの。アリスを攻撃なんて出来ないでしょ?」

「駄目かぁ~。いい案だと思ったんだけどなぁ」


 ガックリと肩を落としたアリスを見て、ノアは少し考える仕草をする。


「でも……かける魔法にもよるかもね」

「ノア様⁉」

「いや、アリスの魔法は目的を果たしたら消えるよね? だったら、オリバーを捕まえる、にしたらいいのかなと思って。強化したらマズイけど、オリバーを生きて捕らえる、だったらいけるんじゃない?」

「……失敗した場合は?」


 半信半疑のキリに、ノアは笑顔で言った。


「頑張って二人で止めよう」


 ワクワクするアリスを横目にキリはキッとアリスを睨んで諦めたように項垂れた。


「分かりました。二人分の縄を用意します」


 こうして、アリスは自分に魔法をかける事になった。最悪失敗しても、どっちみち八時間で切れるのだ。問題ない。


「いつ決行する?」

「夜の方がいいんじゃないですか? どうせお嬢様は尋常じゃない動きするでしょうし」


 壁を登ったり塀を走ったりするのは目に見えているし、そんな事していたらノアとキリではなく警ら隊に捕まってしまう。


「そうだね。じゃあ。夜中に行動しよう。そのまま朝日と共に出発するよう宿には手配しとくね」


 そう言ってノアは部屋を出て行った。後に残された二人はいそいそと荷物を鞄に詰めていたが、ふとアリスは大きなため息を落とした。


「どうしたんですか?」

「ううん、短い旅行だったなーって」

「そうですね。本当はもっとジワジワと追い詰める予定でしたが、結局力押しですからね」

「だよね~。はぁ~あ。私なんて勉強してた時間の方が長かったよ。もっと遊びたかったな」

「それはお嬢様の頭が残念だから仕方ないとして、お嬢様、俺達は遊びに来た訳ではないんですよ? 途中で粉とか買ってましたけど、目的はあくまでオリバーです」

「そうだけど~! 変な匂い嗅いだせいで一食無駄にしちゃったし! もったいない!」


 もったいない、もったいないと叫ぶアリスに、キリは諦めたように、また荷物を詰めながら言った。


「夕食までお付き合いします。お土産も兼ねて買い物にでも行きましょう」

「やった! ありがとう、キリ! お菓子買ってもいい⁉」

「構いませんけど、もう粉は止めてくださいよ⁉」


 きっと大量に届けられた粉を見てザカリーとスタンリーが発狂するのが目に見えている。


「手続きしてきたよ~。二人とも、もう帰り支度してるの?」

「はい。ノア様の分も詰めておきました」

「ありがとう、助かるよ。で、アリスは何してんの?」


 いそいそとポシェットに貴重品を入れて、すでに外に出る気満々のアリスを見てノアは首を傾げた。


「夕食まで粉以外ならお買い物してもいいってキリが! 皆にお土産買わなきゃ! 兄さまも早く準備して!」

「はいはい。準備するからちょっと待って」

「すみません。あまりにもさっき戻した昼食を根に持っているようなので仕方なく」

「あはは! それでか。うん、分かった。どっちみちお土産買って帰らなきゃだったし、ちょうどいいよ」

「……」


 ノアの心は最早海よりも広いのでは。キリはそんな事を考えながら貴重品を持つと、既に廊下に出ているアリスを追った。それに続いてノアも部屋から出て来る。


「それじゃあ、しゅっぱ~つ!」


 握りこぶしを振り上げたアリスは、意気揚々と階段を下った。


 買い物と夕食を終えた三人は、かなり早い時間にベッドに入った。深夜に抜け出すので少しでも寝ておいた方がいいというノアの指示に従ったのだ。


 そして早朝4時。キリはパチリと目を覚ました。隣ではまだノアが眠っている。そしてもう一つのベッドでアリスも大の字になって寝ていた。もちろん毛布など被っていない。やはりアリスに毛布はいらなかったのでは。


 顔を洗い、すっかり準備の整ったキリは最終チェックをして持ち物を全て馬車に積み込み部屋に戻る。


「ノア様、起きてください。そろそろ出発しましょう」

「んー……もうそんな時間?」


 軽くノアを揺さぶると、ノアは気だるげに体を起こして小さな欠伸をして言うと、そのまま昨夜もらっておいた水で顔を洗いに行ってしまった。ノアはいい。寝相もいいが寝起きもいいから。問題はアリスだ。


「お嬢様、起きてください。そろそろ行きますよ」

「んぁ……流石にもう食べれないってぇ」

「……」


 これは駄目だ。絶対に起きないやつだ。ムニャムニャと自分の髪を食べながらそんな事を言うアリスのおでこをペチリと叩いたキリは、無理やりアリスを担いだ。


 そこに着替え終えたノアがやってくる。


「代わろうか?」

「はい。ではお願いします」


 アリスをノアに渡したキリは冷たい水を含ませたタオルをアリスの顔にヒタリと貼りつけた。


「ひぎゃぁ!」


 その途端、アリスの口から変な声がして目がカッと開く。


「お嬢様、朝です。起きてください」

「へぁ? な、なんか今すっごく冷たくて……兄さま?」

「おはよう、アリス。早く顔洗ってこっちおいで。支度するよ」

「う、うん。おはよう」


 有無を言わさない笑顔でそんな事を言われたアリスは、急いで顔を洗ってソファで待つノアの前に座った。ノアは待ってましたとばかりに手早くブラシでアリスの髪を整え、次いでキリが持ってきてくれた戦闘用衣装を着た。その間役十分ほどである。


「さて、じゃあ行こうか」

「はい」

「うん!」


 馬車にはそこに待っていてもらい、三人は『リーフプランツ』の裏側に急ぐ。オリバーが相当な早起きさんでなければ、流石にまだ眠っているはずだ。





おまけ『ノアの楽しみ』

「それじゃあ、しゅっぱ~つ!」

握りこぶしを振り上げたアリスは、意気揚々と階段を下った。

※↑の後のお話です※




 真っ先に目指したのは雑貨屋だ。言い出したのは意外にもキリで、店内に入るなり手帳のコーナーをじっと見つめている。


「アリス、このハガキ可愛いよ」

「ほんとだー」


 でもいらない。


「アリス、このペン綺麗だよ」

「ほんとだー」


 それもいらない。


「アリス、こっちにお買い得な鏡があるよ。この間割れたって言ってたでしょ?」

「どれ⁉」


 ノアが見ていたのは売れ残ってしまった蔦の模様が描かれた手鏡だった。値段を見ると確かに安い。よし、買いだな。


 アリスは手鏡を持って店主の元に向かってさっさと会計を済ませる。そんなアリスを見て、ノアがおかしそうに肩を揺らした。


「アリスはさー、ほんとにブレないね。安けりゃいいの?」


 そんなノアの言葉にアリスは首を傾げる。


「? だって鏡だもん。映れば何でもいいよ」

「う、うん、そうだね」


 きっぱりと言い切ったアリスに、とうとうノアは噴き出した。何がおかしいのか、アリスを見るたびに噴き出す。失礼である。


「お待たせしました。次に行きましょう」


 店先で待っていたアリスとノアの元に、ようやくキリが戻ってきた。


「なに買ったの?」

「手帳です。ちょうど新調したかったので」

「いいのあった?」

「はい。新作が入っていたので、それにしました」

「ふはっ! キリのがよっぽど……っ」


 お腹を抱えて笑うノアを見下ろしてアリスはフンと鼻を鳴らした。そんなアリスとノアを見てキリが首を傾げている。


「もう! 次行こ、次!」


 まだヒーヒー言っているノアを置いて、アリスはずんずん歩き出すと、後ろから小走りでノアとキリが付いてくる。


 次に入ったのは乾物屋だった。アリスは店の外に置いてあるカゴを持つと、その中にドンブリのおやつになりそうなものを入れて行く。


「それは?」

「ドンブリのおやつだよ。あと、いっつもカイン様の所で色々もらってるから、カイン様の所の子も食べれるの買ってってあげようと思って」

「それはいいね。カインもオスカーもきっと喜ぶよ」


 あの二人はきっと、自分達へのお土産よりもペット達のお土産の方が喜ぶに違いない。


 結局ペット達へのおやつは三人で選び、次にお菓子屋さんに向かう。


「ひやぁ! 流石穀物の町! 見た事ないお菓子が一杯だ! おじさーん、このお菓子何て言うのー?」


 アリスは一歩店に入るなり、水を得た魚のように生き生きしだした。雑貨屋とは大違いである。一方、キリもチョコレートをじっと眺めながら何やらブツブツ言っているので、こっちもこっちで楽しそうである。


「兄さま! これ兄さまの好きなアーモンドの粉で出来たお菓子なんだって!」

「へえ、珍しいね。美味しそう」

「美味しかったよ! おじさん、ありがと~」


 そう言ってアリスが隣にいる店主に声をかけると、店主は嬉しそうに頷く。


「構わんよ、一個ぐらい」

「これも買って帰ろっと! おじさん商売上手だねぇ~!」

「ははは! じゃろ? どれ、おまけしてやるか」

「やった! おじさんありがと~!」


 お菓子は全部量り売りで、好きなのをカゴに入れて最後に会計するタイプの店だった。店に入る前にアリスの自慢の鼻でここは美味しいと判断したので、味はきっと間違いない。


 商魂逞しい者同士の駆け引きに苦笑いしながらノアはキリの元に向かう。


 キリはまだチョコレートで悩んでいるらしい。


「決まった?」

「いえ、これとこれ、どちらにしようか悩んでいて」


 そう言ってキリが指さしたのは二種類のチョコレート菓子だ。


「何に悩んでるの?」

「こちらは沢山入っていてグラムで計算すると得なんですが、こちらはフルーツがふんだんに乗っていて、たまにの贅沢なら許されるのでは? という自分との葛藤をずっとしています」

「ふ……そ、そうなんだ?」

「はい。どうせお嬢様にも食べられる事を考えれば絶対に徳用の方がいいのは分かってはいるんです。ですが、これはあくまでも自分への土産なのだと思うとこちらの方も……」

「キ、キリ、そっちのお徳用買いな。これはアリスとキリの分を僕が買うから」


 真顔でそんな事をずっと考えていたのかと思うと、また噴き出してしまいそうでノアはそっとキリから視線を外したが、ノアの言葉を聞いたキリは一瞬目を輝かせた。


「はい。では、俺はこちらを買います。ありがとうございます、ノア様」


 遠慮というものを全くしないキリに、ノアはさらに肩を震わせる。


「う、うん。いいよ。またそういう理由で迷ったら教えて」

「はい」


 そう言って踵を返して店内をまたうろつくキリの後ろ姿を見ながら、ノアは口元を押さえた。


 一見対照的な二人だが、食の好みだけは昔からとてもよく似ていて、そんな二人が可愛すぎる。こんな事をされたら、買ってやらない訳にはいかない。


 結局、夜まで買い物を楽しんだ三人は、両手に紙袋を抱えて宿に戻り戦利品を見せあっていたのだが、ふとアリスはノアの荷物がほとんど無い事に気付いた。


「兄さま、何も買ってないの?」

「いや? 僕もちゃんと買ったよ。はい、これがアリスのでこれがキリのね」

「え? あ! チョコだぁ! 凄い、美味しそう~!」

「ありがとうございます。大切に食べます」

「どういたしまして」


 ノアは持っていた紙袋をアリスとキリに渡すと、喜ぶ二人を見て満足げに目を細めた。この笑顔が見れるなら、こんなものいくらでも買ってやる。


 物欲があまりないノアの唯一の楽しみは、妹と弟の嬉しそうな顔を見る事なのだから――。

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