第八十五話 悪役令嬢の提案

「ほんとに君達は涙もろいね。見て、リー君を。こんな話を聞いてもこの顔だよ」

 ノアの言う通り、リアンの顔はいつも通りだ。その目には「ふーん」しか浮かんでいない。

「え? だって、別に泣くような事じゃないでしょ? どんな形でも幸せならそれで良くない? 血だけが全てじゃないでしょ。血よりも信頼できるモノがあるから、結婚だって出来るんだし、だったら、親子関係にもそれが成り立つと思うんだけど?」

「い、良い事言うなぁ、リー君は……そうだな! 血よりも確かなモノはあるんだ、世の中には! 愛こそ全てだ! アラン、俺は昔も今もこれからも、ずっとお前を家族のように思ってるそ!」

「はいはい、ありがとうございます。僕もですよ。でも何だか話すとスッキリしましたね。僕はこれを完成させて、両親に送りましょう。きっと喜んでくれると思うので」

「そうだな! それがいい! ちなみに、俺は送らないけどな!」

 胸を張ったルイスの一言にカインが呆れたような顔をする。

「なんで」

「いや、だって、どう考えても毎晩、しかも深夜に特に何の用事もなく連絡してきそうじゃないか? 特に父さんは」

「……確かに。うちも親父からドンを見せろって毎日連絡ありそう。兄貴だけにしとくよ」

「私は楽しみだわ! 母様もこういうの絶対に好きだもの」

 皆の期待を一身に背負ったアランは、恥ずかしそうに、しかしとても嬉しそうに頷いた。

「レインボー隊のおかげですね。この子達のおかげでこんな事も出来るというヒントを得る事が出来ました。どうしますか? 完成したらこの子達に機能を付け足しますか?」

 アランの一言にアリスは首を振った。

「ううん、いいです。そんな事したらこの子達が物みたいになっちゃう。そんな風には扱いたくないし、今のままのこの子達も十分凄い事が出来るから」

「そうですね。それに、彼らは高性能の脳を積んでいるので、これからどんな風に成長するかは誰にも分からないですし、やりたい事があればこの子達自身で始めるでしょう」

「はい!」

 物なら雑に扱っていいという訳ではもちろんないが、アリスにとってレインボー隊はもうドンブリと同じ位置づけだ。だからこそ、そんな風には扱いたくなかった。

 そして、それから1週間後、アランはノアのイラストを元に初の通信機を作り出した。まずは7つ。それから実験と改良を重ねて完成したものを、それぞれの家族に送られた。その間役1か月程。それだけでどれほどアランが優秀な魔法使いかが分かる。

 無事にそれぞれの家に届いたのを確認した一同は相変わらずルイスの部屋に集まっていた。

 通信装置、もとい「スマホ」は各家族に優先的に送られた。

 改良したスマホは文字と通話、そして場合に応じてビデオ通話が出来る優れものだった。アランはスマホにどんな機能をつけるのかをアリスと話し合い、それぞれの状況に応じて切り替えられるように改良した。そしてそれを受け取った人達の反応は、実に様々だった。

 その中でもアランの実家、クラーク家ではこれを商品化しようとまで言いだしたらしい。

「そうなったらチャップマン商会の出番だね。量産できるようになったらお願いね。ところで、皆の所の反応はどうだった?」

 ノアはスマホを指さし、リアンの肩を叩いた。すると、リアンも苦笑いしながら頷く。

「うん。僕は父さんとダニエルに送ったんだけど、既にダニエルのは両親に取られたって言ってた。あそこ今、離れて暮らしてるからダニエルの事が心配みたい」

「俺も結局母さんに送る羽目になってな」

 あれほど家には送らない! と言っていたルイスだったが、ステラに脅されて仕方なくルカには絶対に内緒だと言って送ったところ、案外電話はかかってこなくてホッとしていた。

 それもそのはずだ。ステラの話し相手は専らオリビアなのだから。いつの時代もどこの世界でも、女子たちの会話は尽きないものである。

「うちはやっぱり毎日かかってくるけどね! もういっそドンに俺のスマホ持たせておこうかと思ってるぐらいだよ! でもこれのおかげで親父たち、兄貴とも最近は電話してるみたい。まだ顔はお互い見れないらしいけど、話は出来るようになったみたいで、こないだなんて初めてお嫁さんと孫と話したって喜んでたよ。ほんとにありがとな、アランにアリスちゃん」

「いえいえ! 私達は道具を作っただけ。頑張ったのはカイン様とパパさんやママさん、お兄さんです」

「そうですよ」

「そっかな? はは、なんか泣きそう。うまくいくといいな」

 照れ笑いを浮かべたカインは、目に涙を浮かべて微笑んだ。とてもあのアリスを執拗に追い詰めた人と同一人物とは思えない。

「いきますよ! 絶対です!」

「そうですよ!」

「うん、ありがとー」

 グス。鼻をすする音が聞こえてカインが顔を上げると、ルイスが涙を零して鼻をすすっている。

「良かったな、カイン。お、俺も嬉しいぞ」

「う、うん、ありがと。てか、何でルイスが俺よりも先に泣くの?」

「いや~最近気づいたんだが、俺はどうも涙もろいらしくてな」

 正直にそんな事を言うルイスにぶふっと噴き出したのは意外にもキャロラインだった。

「ご、ごめんなさい。だって、それすごく今更よ、ルイス!」

「そ、そうか?」

「ええ。あなたは昔っから泣き虫よ。でも、私はそんなあなたの方が好きだったわ」

「そ、そうか……」

 耳まで真っ赤にして俯いたルイスを見て、キャロラインはようやく自分が何を口走ったのかを理解して両手で顔を覆った。

「えーっと……で、何の話だっけ?」

「そうそう、で、スマホなんだけど、アラン、どこに一番手間がかかりそう?」

「そうですね……枠組みでしょうか? ここに一番時間と手間がかかりますね。あとは、使う人同士の厳選の仕方ですね。今はまだ身内にしか配っていないので名前で呼び出しになってますが、普及させるのなら今後は対策を考えなければ」

「番号……」

 アランの話を聞いてアリスがポツリと呟いた。アランは首を傾げている。

「ん?」

「えっとね、スマホに予め番号みたいのをつけておいて、それを交換した人同士が電話出来るようにしたらどうかな? って。番号を交換した人のはスマホに登録できるようにしておいたら、例えば同じ名前の人を呼び出しても間違えないかも」

「なるほど。名前と番号を紐づけして渡すという事ですね?」

「そう。でもね、琴子時代にもあったんだけど、スマホを落としたりして悪用される事もあったんだ。それを防止するのはどうすればいいんだろ……」

「それは簡単なんじゃない? スマホは基本魔力がなければ動かない訳だから、本人とスマホを紐づけてしまえばいいよ。レインボー隊みたいに」

「そうですね。それが一番手っ取り早いです。これを量産するとなると、私の魔法式を複製出来る人と人口脳が大量に必要になると思います。ノア、やはり早く会社を興してください」

 冗談めいてそんな事を言うアランにノアが苦笑いを浮かべると、横からキャロラインが口を挟んだ。

「ノア、もしも会社を興す気が本当にあるのなら、最初の出資は私がするわ」

「キャロライン……本気?」

「ええ。母様にも相談したんだけど、そういう事にこそ私の資産は使うべきだと思うの。私にはアリスのような発想力はないしアランのように魔法式を作る事も出来ない。あなたのように会社を興そうというバイタリティもないけれど、困った事に資産だけはあるのよ。何度もループして分かったんだけど、いざという時にお金なんて何の役にも立たないの。ただの胴だし銀だし金なのよ。食べられないし、ゴミと一緒。それなら、私はそうならないように予め使いたい。だから、ノアがこの先会社を興すなら、遠慮なく言ってちょうだい」

 言えた。本当はギリギリまで言おうかどうしようか迷っていたが、ちゃんと言えた。キャロラインは自身の事をよく理解している。自分の価値はそれほど無いとも思っている。

「それはありがたいけど、ルイスはそれでいいの?」

 結婚すれば、キャロラインの資産は基本的には王家の物だ。それを勝手に使うのはどうなのだ? という理由で聞いたのだが、ルイスは一瞬考えて頷いた。

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