第八十四話 アランの生い立ち

「俺、この子達の事も兄貴に言おっと。そうだ! それで思い出したんだけど、再来月兄貴が一回こっちに来るって」

 色々あってすっかり忘れていたが、ドンの事を書いて送ったのが先月の終わりだった。それからひと月なんの音沙汰も無かったのだが、突然一昨日返事が届き、そこには再来月、家族全員でこちらに来ると言うのだ。

「え! ぜ、全員で⁉ なんでまた急に」

「何かね、子供達と奥さんにもドラゴンの赤ちゃん見せたいみたい。で、丁度良いなって思って。どう言えば角が立たずに親父に会わせられると思う?」

 ずっと諦めていた家族の絆を、アリスに言われて繋ぎなおそうと決めたあの日から、カインはコソコソと兄と両親にそれぞれの近況をこっそり伝えていた。母のサリーはルードからの手紙を読んで涙を流し部屋に籠ってしまったが、父のロビンはその手紙を食い入るように見つめ、何度も何度も読み返していた。口元には笑みが浮かんでいたので、やはり嬉しかったのだろう。

「学園に呼んじゃえばいいんじゃないですか?」

「え⁉」

「だって、一番手っ取り早いかな? って。ドンブリも居るしレインボー隊も居るし、もしも何日か滞在予定なら、奥さんとチビちゃんだけ学校に居てもらって、その間にお兄さんとご両親と話し合いも出来るだろうし、仲直りしたらそのままライト家に皆で行けばいいんじゃないですか?」

「そうだな! それは名案だぞ、アリス! どうせ学園の寮の部屋は余ってるんだ。すぐに手配しよう!」

「待って! まだ何日間滞在するとか聞いてないから! そうだね、いきなり皆で行くより、まずは兄貴と両親の仲直りが先だよね。ちょっと兄貴にも相談してみるよ。あー、こうなったらこのレインボー隊を兄貴ん所に送りたいなぁ。こいつらちょっと優秀すぎる!」

 その場で文章のやりとりが出来るのは、この世界ではかなり優秀である。どんなに離れていても通信出来るのは素晴らしい。

「……あの、こんな風に表現しないのであれば、それこそただの通信だけが目的ならいくらでも作れますよ?」

 突然のアランの言葉に、カインが、え⁉ と顔を上げた。

「いや、どんな形状にすればいいか、とかを考えなければいけませんが、この子達の脳の使い方が今回の事で分かったので、通信だけなら簡単です。そんなややこしい魔法式でもありませんから」

「ま、まじか! え? ど、どうやって?」

「いわゆる転送装置の応用です。物体を転送するにはそれなりの設備と場所と魔法式が必要ですが、文字や音声だけであれば送受信するものがあればいいだけですから」

「ス、スマホーーー!」

「?」

 突然叫んだアリスにアランが首を傾げた。

「あ、あのね! 琴子時代の産物で、こういう機械があったの!」

 そう言ってアリスはルイスの許可なく添えつけてあった綺麗なメモ用紙とペンを手に取りイラストを描き出した。

「こんな形で、まあ、色々出来るんだけど、主な役目は電話、えっと離れた所に居る人と会話や文字のやりとりが出来るっていう物なんだけどね」

 必死に伝えるアリスの説明を聞いて、ノアがまとめてくれた。へたくそなイラストを清書してそれをアランに手渡す。

「ああ、この形状は理想的ですね。なるほど、ここを鏡のようにすれば姿を映す事も可能になりそうです。鏡……パープル、ちょっとお手伝いしてもらっても?」

 アランのその言葉にパープルは頷いた。

「あともう一人手伝ってくれれば嬉しいんですが」

 その言葉にレッドが一歩前に踏み出す。流石レッドである。

「ありがとうございます。では、横になってもらえますか?」

 これから何が始まるのか。皆興味津々で見ていたのだが、アランが空中につらつらと書き出した魔法式を見てゴクリと息を飲む。

 書き終えたアランはそれをパープルとレッドの中にずぶずぶと埋め込んでいく。すると、途端に二人のお腹がガラスのようにツルツルした材質に変わり、周りの景色を映し出したではないか。

 アランはそこにさらに魔法式を書きこんでいく。どんどん追加される魔法式に一同がハラハラしだした頃、ようやくアランの手が止まった。最後の魔法式が出来上がったのだ。

「完成です。これを二人に入れて……はい、アリスさん」

 そう言って動かなくなったレッドをアリスに持たせた。

「え? え? レッド君……動かないよ?」

「ええ。今は少し動きを制限してるので。まずはレッド君のお腹の鏡に触れながら私の名前を言ってもらえますか?」

「え? は、はい。えっと、アラン様」

 そう言った途端、鏡に映っていたアリスがぐにゃりと歪んで、次の瞬間アランの顔が映し出された。

「わぁ! 映った!」

「映りましたか? こちらにもアリスさんが映っています。なるほど、原理は分かりました。音声での会話もこの様子だと出来なくはないですね」

 そう言ってアランがもう一度パープルのお腹に触れると、アリスの顔が消えてアランの顔に切り替わった。

「ありがとうございます、二人とも。魔法式を抜きますね」

 アランは二人の体に埋め込んだ魔法式を取り出すと、それをあのBB弾に仕舞い込んだ。

 無事に元に戻ったパープルとレッドは伸びをして、何事も無かったかのように好きに遊んでいる。

「……やっぱりその能力すごいよな……いつ見ても」

 感心したように呟いたルイスに、アランは苦笑いを浮かべた。

「まあ、この能力のおかげでクラーク家に引き取られたので、感謝していますよ。もしもどこにも引き取られなかったら、私はきっとどこかの国に売られていたでしょうから」

 笑いながらそんな事を言うアランに、バセット家以外の人達がギョッとした顔をする。

「あれ? 言ってませんでしたっけ? 私は養子なんですよ、クラーク家の。出身は孤児なんです。ただ、ずば抜けた魔力があったので、クラーク家に高額で売られたんです」

「……」

 シンと静まり返った部屋の中で、アリスがポツリと言った。

「今は、幸せですか?」

 アリスの言葉にアランは見た事の無い笑顔で頷く。

「はい。私には兄妹が居ないので両親は養子だという事も忘れて私を実の息子のように大切にしてくれます。お金で買った幸せなのだとよく周りから嫌味を言われてたようですが、その度に父も母も、お金で今の幸せがあるのなら、安いものだと言い返してくれていたそうです。幼い頃は休みの度に魔法の訓練だと言って旅行に僕を連れまわし、今も帰ると毎日どこかへ連れ出されます。確かに僕はお金で買われたのかもしれませんが、本当はこの人達の所に産まれる予定だったのが、何かの手違いで他所へ産まれてしまったのだろうと、あの二人を見ていると思えるんです。だから、とても幸せですよ。ただまあ、最近は帰るたびにお見合い話を持ってくるので、それだけが難点ですが」

 はは、と笑ったアランの顔には、ほんの微塵も影は無かった。それを見てアリスはホッとしたように微笑む。

「良かった。設定集のアラン様は、その事を凄く後ろめたく思ってたみたいだから、そこは違ってて凄く、良かった」

「ほんとだね。こんな風に嫌な設定が良くなってる場合もあるんだね」

 珍しく何の含みもなく笑ったノアに、アランも笑顔で頷いた。ふと周りを見ると、ルイスとカインとキャロラインは涙ぐんでいる。

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