第五十二話  細マッチョこわい

「ちょと! さっきからずっと飛沫がかかってんだけど⁉」

「リー君! そんな隅っこで何してるんだ! お前も来い」

「嫌だよ。てか、何でそんなはしゃいでんの?」


 素朴なリアンの疑問に答えたのはルイスではなくノアだ。


「それはねリー君、この二人は部屋にお風呂がついてて、こんな風に誰かとお風呂に入った事なんてほとんど無いからだよ」

「なるほど、贅沢の弊害だね。言っとくけど、あんた達みたいに高位の人達は部屋にお風呂あるかもしれないけど、僕達は毎日学園でこんな感じなんだよ。だから今更はしゃがないの! 分かったら静かに入って!」


 眉を吊り上げたリアンにルイスとカインはしゅんと項垂れると、ようやく静かに湯舟に浸かった。


「はぁ~しかし、デカイ風呂に入るのはいいな!」

「言えてる。学園に戻ったら俺も大浴場で入ろうかな。ハマりそう」


 両手両足を伸ばして大きく伸びをしたカインを見てルイスも頷く。誰かと広い風呂に入る事がこんなにも楽しいなんて、思ってもみなかった。齢十六年ほどだが、これは損をしていた。


「はぁ~あっつい。僕もう上がるよ~三人とも湯あたりしないよう気を付けてね。行こ、キリ」

「はい」


 立ち上がったノアとキリは三人を残して湯舟を後にした。そろそろアリスもお風呂から上がるはずだ。


「なぁ、カイン」


 ルイスがポツリと呟いた。カインもルイスが何を言おうとしているのか分かっているようだ。


「……うん」

「あいつら、服着てると全く分からんが……」

「腹筋とかバッキバキだったね……」


 愕然とした顔で今しがた出て行った二人の後ろ姿を眺めていたルイスとカインはそっと自分の腹を見る。そんな二人にリアンは爆笑した。


「しょうがないじゃん! だって、片腕で女の子持ち上げるような奴だよ? 腹筋だって割れてるに決まってる! それに比べてあんた達は普段何かしてんの?」

「……運動を、しようと思う」

「俺も……あれはヤバイ」

「バセット家はもしかしたら、皆あんななんじゃない?」


 冗談半分で言ったリアンだったが、内心ではリアンも驚いていた。細マッチョ怖い。



 翌朝、アリスはまた御者台にブリッジとドンと乗り込んだ。


「リー君、あとどれぐらいなんだ?」

「天気も良さそうだし、あと半日ってとこじゃない」

「そうか。あと半日もあのアリスの奇天烈な歌を聞く事になるのか」


 既に調子の外れた奇妙な歌が聞こえて来て、ルイスは苦笑いを浮かべた。時折聞こえるブリッジの遠吠えとドンの雄叫びも混じってえらい事になっている。


「お嬢様は昔から歌が苦手なのです。あのキャロライン様ですら匙を投げました」

「最終的にはキャロライン、耳塞いでたもんね。へたくそなのに自信満々なのが可愛いんだけどさ」

「いや、あんたはアリスが何しようが可愛いんでしょ?」


 呆れたリアンにノアは困ったように笑って頷く。


「まるで怪獣の大合唱みたいで、不思議と楽しくなってきますね」


 ズレた歌を聞きながら楽しそうに笑ったライラは、おそらく本気で良い子だ。ルイスとカインはそんなライラに感心したように頷く。


 やがて景色は畑ばかりだったのどかな風景から、殺伐とした岩ばかりの景色に移り変わる。ここらへんから上り坂なのか、馬車のスピードが落ちた。


「ここ超えたら、もうすぐだよ。そろそろ上着用意しといた方がいいかもね」


 そう言ってリアンは膝の上に畳んであった上着を肩からかけた。


「そんなに寒いのか?」

「寒いよ。何せ凍土が売りの領地だからね。一年の大半雪が降ってるような場所だよ」


 リアンは馬車の窓の外にある高い山を指さした。


「あの山を今から超えるんだよ。そこ超えたら、チャップマン家の領地。多分、もうダニエルもついてると思う」


 手紙で行く日を知らせた所、父からの手紙に既にダニエルが領地を出発したと書いていたので、既にダニエルはついているだろう。いつもは絶対に領地に戻って来たがらないダニエルだが早々に戻った所を見ると、また何かあったに違いない。


「ライラ、ダニエルとは極力話さないようにね。あいつと一緒にいて」

「う、うん。でも、アリスも危ないんじゃ……」


 そう言って御者台をチラリと見たライラにリアンは首を振った。


「大丈夫。アイツはダニエルになんて絶対負けない。だって見てよ。あいつ、まだ半袖で歌ってる」


 九月とは言え流石寒冷地。山から吹き下ろしてくる風はひんやりと肌寒い。それでもアリスはまだ上着に袖を通すどころか、その上着を振り回しているではないか。


「アリスは昔から基礎体温が高いんだよね」

「そういう問題じゃないよね⁉ 見てるこっちが寒いんだけど⁉」

「お嬢様は暑いのは駄目ですが、寒いのは得意なのです。年中お花畑なので」

「関係ないでしょ! ね、ライラ。今回はバセット家が勢ぞろいしてるから、絶対この変態たちから離れちゃ駄目だよ! 王子様と次期宰相様よりは絶対に役に立つから!」

「わ、分かった」

「ははは! リー君は本当に正直だな!」

「おまけにさりげなく失礼だよね~。まあ、俺達はまだ肩書は王子と次期宰相だからね。何も無いのと同じだ。ライラちゃん、アリスちゃんとくっついてるんだよ」

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