番外編 筋肉は! 裏切らない!
本編の宿に着いてからのお話になります。
まず部屋割りで揉めた。というのも、ルイスとカインが共にリアンとの部屋を希望したのだ。後で聞いた話では、みんなルイス、カイン、ノアとの部屋が嫌だったらしいのだが、いい加減な所でリアンがキレた。
「もう、あんた達うるさーい! 僕はライラと寝る!」
「え、ええ⁉ ちょ、ちょっと待ってリー君! そ、それは流石に……」
「いいな~! じゃあ私兄さまと同じ部屋~! 仕方ないからキリも入れてあげる」
「それはありがとうございます。では、アリスがソファという事でよろしいですか?」
この道中での呼び名は皆、敬称をつけないようにしてる。
「え? なんで?」
「当然でしょう? その歳になって兄妹とは言え男女が一緒に寝るなんて、恥ずかしくてとてもとても……」
「僕はどっちでもいいよ~。決まったら教えてね」
その一言を皮切りにアリスとキリは言い合いを始め、そのせいでライラとリアンは同室に、ルイスとカインも同室に決定してしまった。
「何てことだ……まあ、ノアよりはマシか」
「だな。ノアと同室なんて、絶対悪夢見る」
「二人とも酷いな。言っとくけど僕は寝相もいいし、いびきもかかないよ」
「いや、そういう事ではなくて、だな」
「自分の事を理解してない奴って怖いよね」
憐れむような眼差しをノアに向けたカインとルイスは、自分達の荷物を持ってさっさと部屋に戻って行ってしまった。それに続いて他の者もゾロゾロと部屋へ戻る。
後に残されたルーイと騎士団は、自分達よりもしっかり旅芸人している子供達を見て目を丸くしていた。
「子供の順応力は凄いな」
それに反応したのはトーマスだ。
「や、あれ元からだからな。学園じゃずっとあんな感じなんだ。慣れろ」
「そ、そうなのか?」
「あんなもんじゃないぞ。従者も主人も階級もあの子達には関係ないんだろ。羨ましい話だよ」
おかしそうに、羨ましそうに笑ったトーマス。その顔はとても優し気だった。
「ルイス、それ美味しそうだね。僕のグラタンと半分交換しない?」
ノアがそう言って自分のグラタンを指さすと、ルイスはゴクリと息を飲んだ。誰かと食事の交換など、生まれてこの方したことが無い。
しかし、ふと隣を見るとカインは既にそれに馴染んでいるようで、みんなと色々食事をシェアしている。
「構わないぞ。ほら、半分」
「ありがと。はい、これね」
そう言って渡されたグラタンは四分の一ほどしか残っていない。
「お前! 半分じゃなかったのか!」
「アリスにその前に食べられちゃったんだから仕方ないでしょ。ちゃんと確認しないルイスが悪い」
「く、くそぅ……カイン、それちょっとくれ」
「いいけど、じゃあトマトちょうだい」
「ああ」
一度交換してしまえば、どうという事はない。それどころか、いつもの食事が一気に楽しくなった気さえする。味付けは濃いし大雑把な盛り付けはいかにも庶民向けという感じだが、それでもルイスは珍しく残さず食べた。
「ルイス、そんなに食べたらあとで辛いですよ」
苦笑いを浮かべたトーマスが言うと、ルイスはとてもいい笑顔で答える。
「いや、食べておきたいんだ。俺も、みんなと一緒がいい」
「……そうですか。でも、あれは真似しないでくださいね」
「……ああ、分かっている。というよりも、そもそも出来ない」
食堂には他の客も来ている。酒が入り、絡んでくる客に騎士団の部下が馬鹿丁寧に自分達は旅芸人なのだと説明してしまった。そのせいで何か芸してみろと言われて困ったのは騎士団の方だ。旅芸人ではないのだから芸など出来ないし、そもそも出来たとしてもこんな所で誰かに披露するのは恥ずかしすぎる。そう思って口を噤んだ騎士団を差し置いて、アリスが手を上げた。
「いいよ! その代わり、面白かったらちゃんとお金は払ってよね!」
そう言ってアリスは曲芸を始めた。
椅子の足一本で背もたれに器用にバランスを取って立ち上がったアリスは、そこから宙返りして飛び降りる。はっきり言って、物凄いバランス感覚だ。ただ、曲が無いため自分で歌っているのだが、その歌がいけない。いや、むしろその歌があって良かったのかもしれない。そのアンバランスさが笑える。
「おお! すげぇな! 他にはなんかないのか⁉」
「ほかぁ? じゃあ兄さま、あれやろ!」
そう言ってアリスは椅子を三つ並べてその上に仰向けに寝転がった。一体何が始まるのかと周囲には人が集まってくる。ノアとキリは立ち上がってみんなにお辞儀をすると、パフォーマンスを始めた。
「さてみなさん、ここに並べられた椅子の上に寝転ぶ少女。これからこの椅子を一つずつ引きぬくと、どうなると思いますか?」
ノアの問いかけにあちこちから笑いが起こった。落ちる! 落ちるに決まってるだろ! そんな言葉が飛び交う中、キリが勢いよく足を支えている椅子を引きぬいた。
「え……」
アリスの足はピクリとも下がらない。それを見た一同はどよめいた。椅子を戻し、次は頭を支えている椅子を引きぬく。やはりアリスの体は動かない。キリはまた椅子を戻すと、とうとう真ん中の椅子に手をかけた。
「お、おい! 流石にそこは無理だろ!」
「さて、どうでしょう?」
そう言ってキリはゆっくりと椅子を引きぬいていく。完全に抜ききった所で、食堂は水を打ったように静まり返った。アリスのスカートは床に垂れ下がっている。
けれど、アリスはまだ椅子があった時と同じように寝転んでいる。
「ど、どうなってんだ⁉」
「う、浮いてる……のか?」
「そ、そんな馬鹿な!」
そう言って一人の男がアリスの下に手を通してみたが、何もない。
「では、これが全て無くなれば、どうなると思いますか?」
ノアがそう言ってアリスに腕を差し出した。その腕にアリスは自分の片腕を絡ませる。
「い、いや、駄目だって。無理だって!」
困惑する男を他所に、キリが遠慮なく足の椅子、頭の椅子を抜いた。そして、最後に真ん中の椅子に手をかけ、勢いよく引き抜く。
「お……おおおぉぉぉ!」
食堂が一瞬で湧いた。アリスの体は、頭をほんの少し持ち上げた状態でやはりピクリとも動かなかったのだ。
「す、すごいな……魔法、か?」
思わず呟いたルイスに、ルーイは今目の前で起こっている事を理解しようと必死になった。何故、アリスは浮いているのだ? 魔法だとすれば、スカートも垂れ下がらないはずだ。
しかしよく見ると、微かにだがアリスの腕が震えている。それを悟られまいとするかのようにアリスはゆっくり足を下ろすと、キャロライン仕込みの美しいカーテシーを披露した。そんなアリスを見て、食堂には小銭が飛び交う。
小銭を拾い集めたアリスは財布に仕舞うと、ジャラジャラと振りながら戻ってきた。
「あんたさ、どんな身体能力してんの? さっきのあれ何? 浮遊魔法?」
怪訝な顔をしてそんな事を聞いてくるリアンに、アリスは首を横に振った。
「違うよ。私の居た世界にはとても大切な教えがあって――筋肉は、裏切らない!」
「……は?」
「いや~これ以上アリスが育ったら、もう僕には支えられないな~」
アリスに続いて戻ってきたノアが腕をさすりながら帰ってきた。
「見せてください」
「うん」
腕まくりをしたノアの腕にはベッタリと手形がついている。
「え、まさか本気で筋肉だけでどうにかしてたの?」
「そうだよ。だから言ったじゃん。筋肉は! 裏切らない! 兄さま、おつかれさま」
「アリスもね」
そう言って席に着いたアリスとノアを見て、みんな青ざめた。
「ちょ、ちょっと待って。いや、無理じゃない?」
「俺は絶対に無理だぞ」
顔を見合わせたルイスとカイン。アリスの言っている意味を理解したリアンとライラは青ざめたままお茶を飲んでいる。
一番顔色を悪くしていたのは騎士団の面々で、それぞれ顔を見合わせて、出来るか? 無理だ、と言いあっている。そんな中オスカーが楽しそうにアリスとノアに問う。
「凄いですね! どうしてそんな事が出来るんです?」
「えっとね、うちの領地は毎年1月3日に隠し芸大会があるの。そこで色々やってるうちに出来るようになったんだよ」
「隠し芸大会?」
「そうなんだ。領民も全員参加の、一年に一回のお祭り大会だよ。みんな普段から畑とか山で鍛えてるから、僕達もそれ相応のもの出さないと笑われちゃうでしょ?」
「で、毎年練習してるの! 来年はね~エアリアルやるんだ~!」
随分可愛らしい名前にホッとした一同だったが、キリにどんな内容なのかを聞いてそっと口を噤んだ。バセット領は、本当に一体どうなっているのか。
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