第四十話  本当は単騎で突っ込みたい

 時間は少しだけ遡る。


「偵察してきました。やはりルイス様とキャロライン様の周りはかなり厳重に見張りがついてますね。こんな感じで」


 そう言ってキリは地面に絵を描いて見せた。それを見たアリスとノアはお互い顔を見合わせて笑う。


「考える事がもう、何て言うか単純だね」

「ほんとに……ほんとにやる気あんのかな⁉」

「まあ、所詮学生の考える事です。あと、リアン様がなかなか小賢しい動きをしていますね」


 そう言って見て来た限りのリアンの動きを報告すると、ノアは興味深そうに頷いた。


「あーリー君ね。あの子はこういうの得意そうだね。参謀タイプでしょ」

「んー私と相性悪そう。兄さまにお願いしてもいい?」

「いいよ。じゃ、アリスはルイスね。で、キリは……」

「キリはこれ削っておいて。釣り竿みたいにしてね!」

「はあ。それは構いませんが、何するんです?」

「気付かれないようにルイス様のゼッケン取るの。監視隊とキャロライン様を離したいんだ」

「分かりました。では、ご武運を祈ってます」


 心にも無い事を言ってキリはそのまま木の上に消える。それを合図にノアとアリスは大将であるルイスのゼッケンを取るべく動き出した。



 リアンはルイス達の場所を全体から見下ろせるよう、ルイスの居る崖の真上から無謀な鬼たちを監視していた。鬼が少しでも近寄れば、ライラの指笛で監視隊に知らせるのがリアンの役目だ。最初、ルイス達を守る為に監視隊を作ってはどうかと提案したのはルイスの腰巾着のクラスメイトだった。


 はっきり言って、リアンはそれに反対だった。大将の位置を堂々と知らせてどうするのだ、と。けれどリアンは子爵家。相手は伯爵家だったのがいけなかった。


 子爵風情は黙っていろと言われれば何も言えない。それについてはキャロラインが何か言い返そうとしてくれたのだが、それをリアンは止めた。もう好きなようにすればいいと思ったのだ。ところが、不貞腐れたリアンをルイスが呼んでそっと耳打ちしてきた。


「はっきり言って、こいつらは何の役にも立たないと思うんだ。そこでリー君、ここが一望できるこの崖の上から見張っていてくれないか? もしも鬼が近づいたら、何かしらの合図をくれ。あちらにはノアが居る。どんな手でやってくるか全く予想がつかない」


 その言葉にリアンは頷いた。そうだった。あちらにはアリスも居るのだ。キリも。


 そういう訳で戦闘開始の合図からほぼすっとここに居るリアンである。時々こちらを心配そうに振り返るルイスに手を振ると、リアンはリアンで策をめぐらしていた。そしてライラに見張りを代わってもらっては、ルイス達からはまだ遠いであろう鬼をこっそり狩っていた。


「リー君、また取ってきたの?」

「うん。じっとしてるだけもつまんないじゃん」

「そっか」


 ライラはリアンの返事に安心したように微笑んだ。


 この顔はとても可愛い幼馴染は、こう見えてとても好戦的である。本来であれば鬼のど真ん中に単身突っ込んで行ってゼッケンをもぎ取ってきたいのだろうが、ルイスのせいでそれは出来なくなってしまった。だからだろうか。こうやってさっきからフラリと居なくなってはどこからともなく赤いゼッケンを持って戻ってくるのである。


「怪我はさせてない?」

「大丈夫。当身しただけだからすぐに目、覚ますよ」


 リアンがクラスでも浮く理由はこれである。好戦的な彼は、今までに何度となく襲い掛かってくる男たちをその華奢な体で全てなぎ倒してきたのだ。意外と武闘派のリアンである。


「もう……リー君ってば」


 苦笑いを浮かべるライラを見て、リアンも苦笑いを浮かべる。こんなリアンに幻滅しないのはライラだけなのだ。


 その時、ふと視界の端に何かが映った。ん? とライラと二人で目を凝らしてそれを確認しようと崖から身を乗り出した矢先に、耳元で聞こえた囁き声。


「はい、そこまで。残念だったね。リー君」

「!」


 振り返るといつの間にかライラの後ろにはキリが。そして自分の後ろにはノアが居る。


「ど、どうしてここが……?」


 リアンの質問にノアがニコっと微笑んだ。


「ライラちゃんの指笛と、うちの囮に手を出してくれたリー君のおかげかな。てっきり参謀タイプかと思ってたけど、結構的確に急所狙うんだね、リー君は。どっちもいけるのか。ルイスも馬鹿だな。こういうのを前線に置かないと」

「あの鬼……」

「すみません、私達が配置しました。カイン様の権力を使って」

「あ、そ」


 なるほど。さっきのはリアンを引きずり出す為に配置された鬼だったのか。そうとは知らずにまんまと手を出してしまった。


「見て行く? 今から面白いものが見れるよ」


 そう言うなり、ノアは指笛を一度鳴らした。すると、すぐさまルイスの周りを囲んでいた狩人が忙しなくキョロキョロと辺りを見渡し始めた。


 ところが、どこにも誰も居ない。そりゃそうだ。これはノアの鳴らした偽物の合図なのだから。そうこうしているうちに、ノアがまた指笛を鳴らす。それも何度も。


 これに慌てたのはルイスだ。動揺した様子でこちらを振り返り、リアンに何か言おうと立ち上がった途端、さっき視界の端に映った何かがルイスの背中に貼りついた。そして次の瞬間にはルイスの背中からゼッケンが消えている。

 

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