第三十九話  狩りの鉄則。様子を見る。

「前方、二時の方向に三人の狩人発見。背中合わせでゼッケンを守っているようです」


 木の上から大体の位置を把握した三人はそれぞれ近場の木に登って辺りを見渡した。そんな中、キリが敵の存在を知らせると、すぐさまアリスが動き出した。


 音もなく地面に降りたアリスは手頃な石を三人の中央に投げ込む。それと同時に驚いた三人が振り返った瞬間、ゼッケンはアリスとノアとキリによって奪われていた。というよりも、奪われた事にもしばらく気づかなかったほど、何の違和感も無かった。


 早速一枚ずつゼッケンをゲットした三人はゼッケンにそれぞれのサインをして各所に置かれたゼッケン回収ボックスに投げ込む。


 あちこちから悲鳴や怒声が聞こえてくるが、アリス達は始終無言だった。決して楽しくない訳ではない。ただただ真剣なのだ。アリスのヒロイン補正が如何なく発揮されている証拠である。


 その証拠にアリスの目は気味が悪いほどギラついているし、そんなアリスを心配そうにノアとキリが見守っている。もちろんこの場合心配なのはアリスではない。狩られる側の人間だ。


 一枚目のゼッケンを取った三人はしばらく木の上で作業をしていたが、それが終わるや否やそれぞれの罠を仕掛けに散った。そしてまた戻ってくると、その罠に狩人がかかるのをじっと待つ。


「二の罠にかかったよ」

「了解」


 兄の言葉を受けてアリスは木から降りると、二の罠に近づいた。そこには訝し気な顔をして膝をさする狩人がいる。草を結んだ典型的な罠にかかった狩人だ。もちろん鬼も既に何度かこの罠にかかっていたが、それは全て無視した。こんな小手先の罠にかかるのが悪いのである。


 アリスは姿勢を低くしてズボンを捲り上げて怪我の状態を見ようとかがんだ狩人の背中を襲った。その間わずか十秒ほど。


「うわ! な、なん! え……?」


 気づいた時には背中からゼッケンをむしられ、アリスの姿もなかった。ゼッケンをむしったアリスは木陰に隠れて木の上に居るノアとキリを見上げる。すると、ノアは四時の方を指さし、キリは九時の方を指さし、続いて三本の指を立てた。


(三人。余裕)


 頷いて動き出したアリスを確認したノアは、アリスが行った九時の方ではない方に向かうべく木を降りた。キリは木の上で二人の行動をドンと見守っている。


 ドンと言えば、さっきからちゃんと状況を見ているようで、決してアリスには近づかず、ノアとキリの肩を行ったり来たりしている。恐らく、自分も参加しているつもりになっているのだろうが、はっきり言って邪魔である。


 九時の方にはキリの言う通り三人の狩人がキリの作った木で出来た気持ち悪い人形に足を止めていた。即席で作ったそこそこ大きな人形が低めの崖の所に無造作に置いてあり、異様な存在感を放っている。


「なあ、これ何だと思う?」

「さあ……気味わりぃ。行こうぜ」

「だな。てか、鬼全然いねぇじゃん。案外既に鬼全員捕まってんじゃねぇの?」

「だったら笑える!」


 わはは! と三人が笑おうとしたその時、崖の上から突然、黒い影が自分達の背後に舞い降りてきた。それと同時に背中に走る衝撃に思わずその場に崩れ落ちた三人は、その正体が一人の少女だという事に気付いて息を飲む。


 少女はチラリと少年達を見下ろすと、とても愛らしい顔で笑った。


「油断大敵。よそ見は禁物だよ」

「なっ……」


 少女の手に握られているのは三人分のゼッケンだ。それを見てようやく気付く。自分達は今、この少女にゼッケンを取られたのだ、と。少女は呆気にとられる三人をその場に残し、また崖をよじ登って行ってしまった。


「え……あの子、今上から来た?」

「た、多分……」

「これ……飛び降りたの……?」


 低めとは言え崖は崖だ。六メートルはある。そこから音もなく飛び降りて来て自分達のゼッケンを取った? あまりの恐怖に三人は顔を見合わせてがくがくと震えだした。


 さて、キリの元へ戻ると、キリも既に何枚かゼッケンを手にしていた。アリスに続いて戻ってきたノアの手にもゼッケンが握られている。アリスの手にも五枚のゼッケンが握られている。三人はそれぞれ行きがけの駄賃だとばかりにゼッケンを奪っていたようだ。


「余裕じゃない?」

「手応えが無さすぎます」

「言えてる。皆本気でやってないよね?」


 いや、本気である。狩人側にはルイスとキャロラインが居るので、あの二人を守る為に狩人たちは嫌でも本気にならざるを得ないのだ。というのも、開催前に狩人側は王に喝を入れられていた。


『もしもこれが本当の戦争であれば、王子が狩られればどうなるかお前たちにも分かるな?』と。


 そんな事を聞いて必死にならない訳がない。実際、ルイスとキャロラインの周りには崖を背後に騎士家系の人達が隙間なくびっしりと配置されていて、二人には誰も手が出せない状態になっていた。そんな事とは知らない三人はその後も次から次へと狩人を狩り、途中で会ったカインに定期報告をする。


 報告を受けたカインはオスカーと共に告げられた場所に行くと、自信を無くした者、腰が抜けた者、足を滑らせて川に落ちた者などがゴロゴロと転がっている。


「お、いたいた。一応聞くけど、動ける?」


 突然現れたカインに驚いた狩人は、今しがた突然現れたアリスに背後から足払いをかけられて無様に転んでゼッケンを取られた少年達だった。


 少年たちは半べそをかきながらカインの質問に首を振って答えた。驚きすぎて腰が抜けてしまったのだ。


 それを見てカインは苦笑いを浮かべてオスカーを呼んだ。


「あー……オスカー、手、貸して。三人居るわ」

「またかぁ~。あの三人ヤバイね」


 楽しそうに笑いながら二人を軽々と担ぎ上げたオスカーも相当なのだが、あの三人には到底敵わない。


「何がヤバいって、ノアじゃなくてアリスちゃんなんだよな……これ全部……」


 そう、興味本位で動けなくなった理由を聞いてまわった所、原因は皆アリスなのである。どうやらノアとキリもそれなりに動いているようだが、アリスは何やら皆が腰を抜かすほどの奇策でやってくるらしい。ただ褒めてやりたいのは誰にも怪我はさせていない所である。


 カインとオスカーは動けなくなってしまった三人を救護テントまで運ぶと、厳戒態勢が張られているルイスとキャロラインの一団を目にした。


「あっちもまた凄いな」

「完全防御だね。アリス様たちはあれをどうやって攻略するんだろ」

「お前、楽しんでるな~」

「え、だってめちゃめちゃ楽しいよ。俺もついていきたいなぁ~」

「……明日から俺も鍛えるか」


 オスカーならもしかしたらアリスにもついていけるかもしれない。


 しかしオスカーだけに行かせる訳にはいかないので必然的にカインも鍛えなければならないだろう。ため息交じりに呟いたカインの声に、オスカーは声を出して笑った。


 その頃、キリは削り終えた木をアリスに渡していた。それを受け取ったアリスは一人走り出し、後からノアとキリがそれぞれ違う方向に向けて走り出した。

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