第三十七話  リアル鬼ごっこパート2 今度はガチめ

 翌朝、全校生徒と従者たちが全員、校庭に集められていた。


 学年も階級も関係なく、である。そして正面にはこの場に全くそぐわない厳めしいマントを羽織った端正な顔をした人物と、眼鏡をかけた優しそうな雰囲気の男の人が立っている。その周りには騎士団の制服を着た人達がズラリと二人を囲んでいて、とてつもなく仰々しい。


 事の起こりは朝、教室に入った時に始まった。学園では週の始まりは朝礼の時間に『念写』を使った全校集会が開かれる。そこで生徒指導の教師から今週の目標が伝えられ、各教師たちからの連絡、生徒会からの報告があるのだが、今日はその生徒会の報告をしている最中に事件が起こった。


「それでは、続いて生徒会長、ルイス・キングストンからの報告が、あ、ちょ! えっ⁉」


 ガタゴトと音がして、そこで一旦通信が途絶えた。一体何事かとザワついていると、ようやく通信が復帰したのか青ざめた校長が映し出された。校長は見ているこちらが可哀相なほど滝のような汗をかいている。


「み、みなさん、今すぐ校庭に集合するように。大事なお話があ、あります!」


 ブツン。そこで映像は途絶えた。次いで廊下から聞こえてくる叫び声に近い教師の声に皆顔を見合わせながら渋々教室を後にして今に至る。


「ねえライラ、あの人達誰?」


 ほとんど庶民のアリスが隣で青ざめているライラに問うと、ライラは恐ろしいものでも見るように顔をこちらに向けた。


「アリス……本気で言ってるの?」

「うん。誰、あのおじむぐ!」


 そう呟いた途端、急に後ろから誰かに口を塞がれた。視線だけで口を塞ぐ人物を確認すると、そこには隣のクラスの列にいる筈のリアンが立っていた。


 リアンはアリスの口を塞いだ方とは違う手でアリスの耳を思い切り引っ張ってくる。


「んんんん!」


 痛い痛い! 一体何なんだ! 思い切りリアンを睨んでみてもリアンは一向にアリスの耳を離そうとしない。それどころかアリスの耳元でドスの利いた声で話し出した。


「あんた処刑されたいの? あれはこの国の王様と宰相様だよ。見てみなよ、ルイス様とカイン様の顔。青ざめてるでしょ?」


 そう言われてルイスとカインを背伸びして見たアリスはコクリと頷いた。そこでようやくリアンが手を離してくれた。


「本気でどうなってんの? バセット家」

「だって、私まだ社交界デビューもしてないんだもん。仕方ないじゃん」


 一般人にとって王や宰相は雲の上の存在で、その姿すら知らない者が多い。貴族であれば十六歳になれば社交界デビューを果たして王や王妃に謁見するのだが、アリスは生憎まだ十四歳だ。王の顔も王妃の顔も知らない。逆にどうして同い年の筈のライラは知っているのだと問いたい。


「顔知らなくても雰囲気で分かるでしょ? よく見てよ、あのマント。胸元についたあの勲章は王家の紋章だし、あれをつけられるのは正統な王の血筋の人だけだよ」

「ほう」


 感心したように言うアリスの頭にリアンのゲンコツが落ちて来た。


「ほう、じゃない。もっとそういう事勉強しなよね」


 アリスの知識はかなり偏っている。それは分かっていたが、まさかこれほどまでとは思っていなかった。リアンはため息を落として、これから始まるであろう何かを待つことにした。


「あ、あー……きょ、今日の授業はその、中止で今から訓練をは、始めます」


 しどろもどろに校長は言った。というよりも、校長自体も一体何が起こっているのかまだ把握していない状況である。確かに週の頭に視察隊が来るとは聞いていた。だからそれに向けてもてなしの準備もしていた。隠さなければならない粗は全て隠すようにと各教師の休みも返上してあらゆる所を改善したのに、どうやらそれは全く無駄だったようだ。


 さっきから後ろからくる威圧感が半端ない。滝のような汗は拭いても拭いても止まらず、もはやハンカチは自身の汗でぐっちょりと濡れている。


「何をしてるんだ? 早く始めよ!」

「王、突然やってきてそんな事を言っても、学園は何も準備していませんよ。私が説明します。場所をお借りしても?」


 柔和な印象の宰相は有無を言わさない態度で校長を押しのけると、台の上に上った。最前列では息子のカインが面倒そうな顔をしている。まあ、分からないでもない。


 ルイスからこんな提案を受けたと持ち込まれた起案書を読んだロビンは、今回の視察隊を編成した。その中に組み込んだのは自分と魔法省と環境省の官僚だけだったのだが、それを聞きつけた王は面白がって自分もついて行くと言い出したのだ。一応は止めた。だが、昔から一度言い出したら聞かないのが現王のルカである。


 ロビンは心の中でカインに謝りながらも視線をグルリと走らせた。そう、ロビンの目的はただ一つである。


 それを知っているカインはロビンの行動を読んだように視線をノアに走らせた。それを受けてロビンの視線も自然と一人の少年に向いた。蜂蜜色の髪の少年の肩には大きな鶏ほどもあるずんぐりした何かが足を投げ出して座っている。はっきり言ってとても邪魔そうだ。


「っ! っっっ!」


 声にならない興奮にロビンは思わず台から降りようとしたが、すんでの所で思いとどまる。


 コホンと咳払いを一つ下ロビンは、ゆっくり話し出した。


「えー、皆さん、突然申し訳ありません。今日は本来なら皆さんの授業を見て回るだけの予定でしたが、急遽予定を変更して実地訓練を行ってもらう事になりました。普段は学年ごとに開催される訓練ですが、今回は全校生徒で一斉に開催したいと思います。この訓練の目的は本来は有事の際に備えてのもので、戦争になった場合は年齢や立場などは考慮されません。いつ何時最悪の事態が訪れるかなど、誰にも分からないものです。なので、今回は抜き打ちで全校生徒実地訓練を開催する事になりました。もちろん教員の方たちにも事前にお知らせはしていませんでしたが、それはそういう意図があったものだと納得していただきたい。そして学生諸君には今日一日をかけて大規模な実地訓練に参加していただきます。普段の授業と内容は代わりありませんが、魔法を使うとどうしても下の学年が不利になるので今回は魔法の使用は一切禁止と致します。それでは、各クラスの組み分けに入ってください。ああ、先生方に忠告しておかなければ。今回は本番を想定したものなので、いつものような組み分けはなさらないように。あくまでも公平によろしく願いしますね」


 そう言ってニコっと笑ったロビンを見て教師たちは震えあがった。


 今まで実地訓練などと言いながら蓋を開ければ、上流貴族と下流貴族をぱっくりと分けただけの下流貴族狩りだった事が、どうやら王の耳にはしっかりと入っていたようだ。こんな釘を刺されてはこの場の誰も反対する事など出来ない。


 教師たちは持っていたクジを投げ捨てて、単純にグーとパーで生徒たちを分けさせた。

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