10話:終わりの無い友情を取り戻すために
放課後。約束通り音楽部の部室へ向かう。なっちゃんとはるちゃんは一緒に行かないと言っていたが、なんだかんだで合流した。うみちゃんは二人にもサラッとカミングアウトをした—はるちゃんには昼休みに私から伝えた—。最初は驚いていたが、すんなりと受け入れてくれた。
「お待ちになって。音楽部の見学に行くのならわたくしもご一緒しますわ」
音楽部の部室へ向かって歩いていると、特徴的なお嬢様言葉で止められる。振り返る。やはり声の主は財前さんだ。北条さんも居る。
「お嬢、バンド興味あるん?茶道とか華道とか弓道部のイメージなんだけど」
なっちゃんの言葉に頷く。バンドという柄ではない。
「でも楽器は弾けそうだよね」
はるちゃんの言うことも分かる。ピアノとか、琴とか、ヴァイオリンとか、あとは…ハープとか弾いてそうだ。ヴァイオリンはお嬢様のイメージが強いが、ミノリさんもそうだったりするのだろうか。
「えぇ。ヴァイオリンとピアノを習っております」
「やっぱり。っぽいわ。てか、二つもできるってすげぇな」
「なっちゃん、歌は上手いけど楽器は才能ないもんな」
「うるせぇな。お前もだろ」
私も楽器の才能は無い。リコーダーすらまともに吹けないほどだ。うみちゃんと望がよく練習に付き合ってくれた。
ちなみにうみちゃんの父親は高校時代にバンドを組んでいて、ベースをやっていたらしく、うみちゃんもその父から教わって少しだけ弾けるという。
「ところで…星野くんはいらっしゃらないのですね」
「あぁ、うん。望は今日は帰ったよ。用事があるって」
体調が悪いと言っていたが。まぁ、理由なんてどうでも良いのだろう。
「そうですの。残念ですが仕方ありませんね。では参りましょうか」
財前さんと北条さんも加わり、渡り廊下を渡って二階建ての部室棟へ向かう。音楽部という札がかけられた部室の近くまで来ると、微かにヴァイオリンの音が漏れてきた。やはり、私はその音を聴くと心が騒つく。その音に合わせ、綺麗な女性の歌声。昨日部活紹介で聞いた歌声だろうか。そしてピアノの音と、別の女性の歌声。空美さんの声だ。彼女のパートはドラムのはずだが、ドラムの音は聞こえない。ギターやベースも。聞こえるのはピアノとヴァイオリンと歌声だけだ。
「ドラムとかギターの音は聴こえないね。部紹介の時とは別のバンドかなぁ」
その可能性もありそうだが、なんとなく、ヴァイオリンを弾いているのはミノリさんのような気がするし、歌声の片方は空美さんで間違いないと思う。
「ですが…このヴァイオリンの音は多分"
財前さんがうっとりした顔で呟く。
「…ヴァイオリンの人、財前さんのお姉さんなの?」
「いえ。お嬢…美麗さんが勝手にそう呼んでるだけです」
「…百合漫画でよくあるやつやん」
ならピアノはやはり空美さんか。
「…開けるけどいい?うみちゃん」
「…うん。大丈夫」
「…そうか」
大丈夫じゃなかったらわざわざ来ない。聞く必要は無かったかもしれない。
部室のドアを開く。ヴァイオリンを弾いていた女子生徒が私達に気づき、演奏を止めた。歌とピアノもピタリと止まる。空美さんが私とうみちゃんの姿を見つけて嬉しそうに笑うが、望が居ないことを疑問に思ったのか「望くんは?」と首を傾げる。
「望は残念ながら来ないよ」
「そっか。珍しいな。君達三人はいつも一緒なのに」
「…今日は用事があるんだって。ところで、ギターとベースの二人は?」
部室に居るのは三人だけだ。空美さん、ミノリさん、そしてボーカルの…確か、キララさん。
「今日は二人ともお休み。バイトとか習い事でなかなか揃わないんだ。…
「週一で揃えば良い方だよなぁ…一人の時もあるし。あっ、一応音楽部ってなってるけど、実際、部員はあたし達五人しか居ないんだ。この学校って何かしら部活入らなきゃなんないっしょ?高校入ったらバンドやりてぇって思ってたけど、部活と両立とか面倒だから作ったの。部活として認められたら部室貰えるし、部費使えるし」
聞いてもいないのにぺらぺらと喋るボーカルの人。なんだか流美さんと被る。同じタイプなら苦手なタイプだ。
「というわけであたしが部長の
「ん?ベースの静さんって女性ですか?」
なっちゃんが首を傾げる。舞台下から見た限りでは男子っぽかったが、うみちゃんのような人という可能性もある。
「いや、男の子だよ。ちゃん付けで呼んでるだけ。男二人、女三人で組んでる。何か質問ある?バンドについてでも、部活についてでも、なんでも聞いていいよ」
「例えば、一年生が一人しか入らなかったらどうなるんですか?先輩達のところ入れてもらえるんですか?」
なっちゃんが手を挙げて質問する。
「そうねー…出来るならメンバー固定して別々で組みたいけど、新入部員が一人だけとかだったらそうなるだろうね」
「うわっ、気まずっ…。あっ、もう一つ良いですか?」
「うん」
「バンド内恋愛ってやっぱ禁止なんですか?」
「あー…特にルール決めてないけど…そうだねぇ…男女関係のもつれで解散になるって話はよく聞くよ。うちらはまぁ、メンバー同士で付き合うことは無いと思う。みぃちゃんは彼氏いるし、ゆずは『恋人とかめんどくさいだけでしょ』が口癖だし」
分かる。
「静ちゃんもみのりんも恋愛にはあまり興味ないらしいし、あたしは…恋人募集中だけど、静ちゃんはともかく、ゆずは無いなって思ってる。恋人要らない宣言してるし。なのにあたし以外みんなモテるんだよなぁ…特に男子二人…」
「カッコいいっすもんね。二人とも」
「…なっちゃんさん、静さんはともかく、柚樹さんはおやめになった方がよろしいですわよ」
財前さんが苦笑いする。先輩三人もうんうんと頷いた。性格が悪いのだろうか。
「恋人作らない理由も『遊べなくなるから』だから」
「お、おぉ…なるほど…遊び人なんすね…」
苦笑いするなっちゃん。ちらっとうみちゃんが私を見た。確かに私も考えは近いかもしれない。
「まぁでも、無差別に手を出しているわけではないみたいだよ。特定の恋人を作らずに割り切った関係を楽しんでるだけだから、恋人を作って浮気するよりは全然誠実だと思うな」
空美さんが庇うように言う。流石に私とうみちゃんの関係は知らないと思うが、なんだか私が庇われているような気分だ。
「…みぃちゃん、浮気されてんの?」
「まさか。まこちゃんは浮気しないよ。私にベタ惚れだから」
きららさんの質問に、自信に満ち溢れた笑みを浮かべる空美さん。うみちゃんも恋人が出来たらきっと同じ顔で同じことを言うだろう。容易に想像できる。
「ところで、今日来てくれた子達の中で今のところ音楽部入りたいって子は?」
空美さんの質問に対して堂々と手を挙げたのは財前さんのみ。なっちゃんも手を挙げるが、控えめだ。北条さんは財前さんの付き添いなのだろう。
「わたくしはお姉様と一緒に演奏がしたいです!」
手を挙げたまま大声で宣言する財前さん。実さんはすんっと死んだ顔をして「わたしは遠慮しておきます」と断った。
「そんなことおっしゃらず!」
「あはは。懐かれてるねぇ実ちゃん」
「ヴァイオリン教室の後輩なんだっけ」
「えぇ。…他の皆さんはもう部活を決めてしまっているの?」
「はい。私と満ちゃんが演劇部、小春ちゃんと百合香が裁縫部、夏美ちゃんが…ダンス部だっけ?」
一人一人指差して確認していくうみちゃん。
「うん。なんだけど、音楽部との間で悩んでる」
「北条さんは?」
「私は
「おぉ…かっけぇ…」
北条さんはどことなく武士のような雰囲気がある。竹刀や薙刀などの武器がよく似合いそうだ。私が持つときっと、番長と言われてしまう。
「そっかぁ…実質確定してるのは一人なんだね」
「あたしはバンド組めるくらい人がいたら入りたいっす。先輩達のところにお邪魔するのちょっと気まずいっつーか…なんか…レベル高そうだし…」
「そんなことないよ。実ちゃんと私以外は音楽未経験だったし、私もドラムは初めてだったから。高校生になって初めて触ったよ」
「そうなんですか?」
「うん。まぁでも、私の場合は弟がドラム習ってたから…そこから教わることが出来たんだけどね」
空美さんの弟の
「…さて、いい加減ちょっと見学らしいことしようか。どうする?せっかくだし、一年生巻き込んで演奏する?」
「えっ…あたし楽器出来ないっすけど…」
「歌えばいいじゃん。あたしと一緒に。みのりんの妹ちゃんは?なんか出来る?」
きららさんの言葉に『妹じゃないけど』と苦笑いする実さん。
「ヴァイオリンとピアノくらいですが…」
「ピアノ弾けるならキーボードいけるっしょ」
「うみちゃん、ベース弾けるよねー?」
「いや…弾けるのは私じゃなくて父さんなんだけど…」
「昔おじさんに教えてもらってやってたじゃん。いけるいける。
「えー…人の楽器借りるの緊張しちゃうんだけどなぁ…」
と苦笑いしながらも、押し付けられたベースを肩にかけるうみちゃん。満更でもなさそうだ。そして様になっているのがムカつく。
「あと余ってんのはギターだけど…誰か弾ける?」
残されたのは私、ユリエル、はるちゃん、北条さん。誰一人として手を挙げない。
「…じゃああたしが」
「えっ、弾けるんですか?」
「うーん…一応ね。これ楽譜ね」
ボーカルのきららさんがそれぞれに楽譜を配る。
「楽譜読めない人いないね?じゃあちょっと軽く鳴らしてみて。ベース」
うみちゃんがベースを鳴らす。
「…うわっ、なんか海菜ちゃん、楽器できるのずるくない?」
はるちゃんが苦笑いしながら呟く。
「…多才なんだよ。あいつ」
「…似合いますね。ベース」
私達の声が聞こえたのか、ドヤ顔をするうみちゃん。そのイラつく顔を見ると舌打ちしてしまう。
「従姉妹くん、様になってんじゃん。次」
「ありがとうございまーす」
各自、次々と音の確認をしていく。最後はヴァイオリン。実さんがヴァイオリンを軽く鳴らしたその瞬間、心が震える。やっぱり、私はこの音が好きだ。この人が弾くヴァイオリンがなのか、ヴァイオリンの音そのものがなのかは、まだ分からないが。
「生音やばいな」
ヴァイオリンの音が止まっても私の心臓の音は鳴り止まない。
「すげぇ」
はるちゃんも感動していた。果たして私のこの感情は、はるちゃんのその感動と同じものなのか。確かめたい。
「じゃあいくよー」
タン、タン、タンタン。というドラムスティック同士をぶつける音を合図に、それぞれの音が入る。
『一応弾ける』と言っていたボーカルのきららさんだが、ギターのせいで歌に集中出来ないのか、ほとんどところどころなっちゃんの歌声しか聞こえてこない。やがて歌うのをやめ、夏美ちゃんにスタンドマイクを譲るように横にズレた。『嘘でしょ』と言わんばかりにギョッとした顔をしてきららさんを見るなっちゃん。めちゃくちゃだなあの人。苦笑いしてしまう。
それにしても…一つの曲を演奏しているはずなのに、ヴァイオリンとキーボード、ベースとドラム、そしてギターとボーカルの3グループに分かれてそれぞれ別の音楽を演奏してるみたいだ。つまり、ド下手だ。
しかし、個人個人の技術は悪くないのではないだろうか。素人目ではあるが。きららさんもなんだかんだでギターを弾けていた。
「ごめんねーなっちゃん。歌いながら弾くの思った以上にむずかったわ」
悪気なさそうにへらへら笑うきららさん。「だと思った」と先輩二人も苦笑いする。彼女は普段からこんな感じの適当な人なのだろう。
「びっくりっすよ…ほんとに…ギターボーカル慣れてるのかと…」
「いや、両方同時にやったのは初めて」
「先に言ってくださいよ…」
「すまんすまん。結構みんな簡単にギタボやるからさ…いけるって思っちゃって。けど、練習すればいけそうだよね?」
きららさんはそう言ってドラムとヴァイオリンの二人に確認するが、二人とも首を横に振った。
「…両方中途半端になるからやめた方がいいわ」
「きららちゃんはボーカルに集中してくださーい」
「…はーい。にしても、従姉妹くんすごいね。普通に上手いじゃん。しかも似合ってるし。背高いし、イケメンだし、モテるっしょ。つか、身長何センチ?」
「182です」
「でっかー!やばー!彼女居んの?」
「残念ながら居ないです」
「…彼女ではなく彼氏では?」
財前さんの指摘に「彼女であってるよ」とうみちゃんは笑う。きららさんはうみちゃんが同性愛者だと気づいているわけではなく、恐らく彼女が男子だと勘違いしているだけだろう。
「私、男の人好きになれないから」
「なるほど、そうなのですね…ん?」
「ん?何?私、おかしなこと言った?」
「鈴木さんは女性ですわよね?」
「うん」
「えっ!女の子だったん!?男の子だと思った!すまん!」
ほら。やっぱり。
「あはは。初対面の人は大体間違えますから気にしてませんよ」
「そっかぁ…。でもそうだよねぇ…みのりんも男の子だと思ったっしょ?」
「知らなかったらそう思ってだかもしれないけれど、空美が前に女の子だって言っていましたよ」
「…あー、言ってたような気もしてきた」
やはりこの人、適当だ。
しかし『男の人を好きになれない』という点には誰も突っ込まない。引っかかっているのは財前さんだけなようだ。
「…あ、あの、皆様知っていましたの?鈴木さんがその…女性が好きだということ…」
「あいつは隠してないから」
「あたしも最初は『えっ』って思ったけど、考えてみたら今は別に同性愛とか普通じゃんね」
「サラッと言われてしまうと驚いてしまいますけどね」
真顔で言う北条さん。逆にこっちが驚いてしまう。どう見ても驚いている顔じゃない。
「舞華は表情が乏しいですから。…でも…そうですわね。考えてみたら普通のことなのですよね…」
「ふふ。そうだよ。私達は普通の人だよ」
そう言って彼女はちらっと私を見た。言われなくとも、分かっている。私は普通の人間だ。人と恋愛に関する価値観が少し違うだけで。
「…ん?…女性で男の人は好きにならないって…あれ?ちょっとまって、もしかして今の、カミングアウトってやつ?」
きららさんが遅れて首を傾げる。今更気づいたのか。鈍い人だ。「ほんと鈍いわね、貴女」と実さんが呆れたようにため息をつき、空美さんも苦笑いした。
「だって、こういうのってもっとこう…深刻な空気になるもんだと思ってたから…」
「…そうね。普通は言いづらいと思う」
どこか含みのある言い方をする実さん。彼女もそうなのだろうか。
「そうですね。私も初めて人に打ち明けた時は凄く緊張しましたけど…初めてカミングアウトした人が『それは大したことじゃないよ』って、気付かせてくれたので。そもそも恋愛観って人それぞれで、他人が口出しするものじゃないですし。未成年に手を出したとなると犯罪になってしまいますけど…」
「…そう。…人に恵まれてるのね、貴女」
「『私が私を否定したら私を愛してくれる人が悲しんでしまう』と思えるくらいには恵まれまくってますよ」
実さんの嫌味に対してにこやかに返すうみちゃん。実さんは「嫌味が通じないわね。この子」と呆れたようにため息をつき、空美さんの方を見た。
「ふふ。いい性格してるでしょ?私の従姉妹」
「…そうね。親戚だけあって貴女そっくり」
「おっ、良かったねうみちゃん。実ちゃん、うみちゃんのこと気に入ったって」
「あははー。ありがとうございますー」
「…どう解釈したらそうなるのよ」
「ふふ。だって実ちゃん、私のこと気に入ってるじゃん」
「おめでたい頭してるわね。ほんと」
呆れたように笑いながらも、どこか柔らかい表情を見せる実さん。空美さんのことが嫌いではないことは見れば分かる。
「さて、せっかく一年生ちゃん達が見学しに来てくれてるんだし、何曲かやらない?今度は私たち三人で」
「…さっきのは聴けたものじゃなかったものね」
「即席だもんねー…合わないのは仕方ないよ。聴けたものじゃないはちょっと言い過ぎだけど」
そう言いながらせっせと準備を始める三人。空美さんはドラムではなく、先程財前さんが使っていたキーボードを引っ張ってきた。
「何やる?」
「んー…じゃあ…"ローダンセ"」
「あぁ、みぃちゃんの曲?」
「うん」
空美さんは曲が作れる。うみちゃんのために弾いていた曲もほとんど即興だったらしい。ローダンセという今から演奏する曲も彼女が作ったものなのだろう。部活紹介の時の曲ももしかしたらそうかもしれない。ああいう爽やかな曲を作るのは得意そうだ。
スタンドマイクを外し、軽くマイクチェックをしてから曲紹介に移るきららさん。
「この曲は、想いを伝えてしまえば友情が終わってしまうかもしれない。そんな不安を抱えながら、勇気を出して幼馴染に想いを伝える女の子の歌です」
なるほど、まさに空美さんの曲というわけか。想いを伝えることに怯えていたのはどちらかといえばまこちゃんの方かもしれないが。
「ローダンセというタイトルは花の名前からきています。花言葉は"変わらない想い"、"終わりのない友情"。ずっと秘めていた"幼い頃から変わらず抱き続けていた恋心"を打ち明けて"終わりのない友情"に終止符を打って前に進む…そんなイメージでこのタイトルをつけたそうです。それではお聞きください。—ローダンセ」
君は私を友達として好きだと言う。
私も同じ気持ちだと笑って答える。
だけど本当は違うの。
私の好きはそうじゃない。君の特別になりたい。
ただの友達のままではいたくない。
一番の親友と言ってくれるのは嬉しいけれど
親友は恋人には勝てないでしょう?
好きだと言ってくれるのは嬉しいけれど
友達としてなんて言わないで
今の関係も悪くはないけれど
いつかは盗られてしまう君の隣
親友では座れない君の隣
終わりのない友情を終わらせてよ
友達の先に進ませておくれよ
君の隣に私を置いてよ
ヴァイオリンとキーボードで紡がれる切ない旋律に合わせて、きららさんの、期待と不安が入り混じったような複雑な感情を乗せた歌声が響く。
空美さんのまこちゃんに対する想いがストレートに伝わる歌詞だ。彼と付き合う前のことを想いながら描いた歌詞なのだろう。しかし今は、望のうみちゃんに対する想いが綴られた曲のようにも思えてしまう。
「…"終わりのない友情"と"変わらない想い"ね」
「…皮肉だな」
曲の中の女の子は"終わりのない友情"を終わらせて、"親友"の先へと進んだ。だけど"彼"は一生、先には進めない。終わりのない友情を終わらせた先にあるのは別れだけだ。きっと彼はそれを望まない。彼女に対する想いを捨ててでも側にいることを望むだろう。私も彼にそうしてほしいと願っている。私達の友情は永遠だと言ってほしい。
「聞いてくれてありがとうー。時間的にもう一曲はちょっと厳しそうだから、今日はここでお開きにします。一年生ちゃん達、今日は来てくれてありがとう。お疲れさまでした!」
「お先に失礼します」
「あぁ!お姉様!お待ちになって!一緒に帰りましょう!」
さっさとと部室を出て行く実さんを財前さんが慌てて追いかける。ため息をついてから北条さんも二人を追いかけて行った。急いでいるのだろうか。声をかける隙がなかった。
「んじゃ、一年生ちゃん達、またね。入部待ってるから」
そう言ってきららさんも出て行く。
「うみちゃん、私、まこちゃん待つけどどうする?一緒に待つ?」
「いや、帰るよ。…望と約束してる」
「そっか。じゃあ、またね」
「うん。また。…帰ろう」
部室を出ると、明るかった空はすっかり薄暗くなっていた。ふー…とうみちゃんが深く息を吐く音が聞こえた。緊張しているのだろう。
「海菜ちゃん達、明日も同じ時間の電車乗る?」
「…後で連絡するよ」
「分かった」
会話はそこで完全に終了し、そのまま彼女達とは言葉を交わさないまま別れた。
「…満ちゃん、すまん…手握っていい?」
「…ん」
彼女達がいなくなると、うみちゃんから笑顔の仮面が剥がれ落ちた。握った手は震えている。
「…私達三人は切っても切れない腐れ縁だろ。だから大丈夫だよ。今までだって、何度も喧嘩したし。…本音で話し合えばいいだけ。…わがまま言ってごめん、八つ当たりしてごめんって、謝ってこい。お前だってなんだかんだで罪悪感抱えてんだろ?」
「…うん。満ちゃんに甘えるのも、今日で最後にするからね。…今までありがとう」
分かっている。寂しいが、まだ終わらせたくないなんてわがままを私は言ったりしない。
「おう。頑張れよ」
「お、おう…」
あっさりしすぎだろうか。しかし、私は別にうみちゃんである必要はない。相手は誰でもいいのだ。だから彼女を引き止める理由はない。
「何驚いてんだよ。言ったろ。私はお前に執着したりしないって。で、ユリエルのどこが好きなの?」
「百合香の好きなところか…見た目と雰囲気かな」
「…性欲とどう違うんだ?それ」
「いやいや、中身も好きだよ。優しいところが好き。あと、揶揄った時の反応が可愛い。けど、どこか危うくて…守りたくなるんだ」
守りたくなる。よく言われる。…思えばうみちゃんに対してもそういう気持ちはあるかもしれない。あの日、死にたいと泣いた彼女を見てそう感じた。しかし、きっと彼女はもう、私は居なくても大丈夫だ。終わりにすると言い出したのならそうなのだろう。
「…両想いに見えるけど、告白しねぇの?」
「まだちょっと様子見。あんまり迫ったら怯えて逃げちゃいそうだから。今はまだ、言わない」
まぁ、確かに出会って日は浅い。告白はもう少しお互いを深く知ってからの方がいいだろう。もしかしたら向こうから告白してくるかもしれないし。…それを待っているというのもあるかもしれない。
「彼女じゃなきゃ駄目な理由とかあんの?」
「んー…ありのままの私を受け入れてくれるところとか」
よくある理由だ。しかし
「それは私もだろ」
自分で言うのもなんだが。
「あははっ、自分で言う?確かにそうだけど、恋は理屈じゃないんだよ。するものじゃなくて、落ちるものだから」
"恋は理屈じゃない"
"するものではなく落ちるもの"
それも耳にタコができるほど聞いた。
「始まりは一目惚れだけど…彼女、私に対してモナリザみたいって言ったでしょう?」
「あぁ、言ってたな」
「あれが凄く嬉しかったの」
「嬉しい?」
「モナリザは私の憧れだから」
そういえばモナリザは女性でもあり男性でもあると言っていた。そういう人になりたいということだろう。
「そうか。…うみちゃん、空美さんに対しては"音に対しての恋"がきっかけだって言ってたよな」
「うん」
「…どうやって、"音に対しての恋"から"個人に対しての恋"に変わっていったの?」
「難しい質問だなぁ…」
「…じゃあ…空美さんに対して恋をしてるって確信を持ったきっかけってある?」
私は実さんが弾くヴァイオリンが好き。それは分かった。けど、まだ彼女のことを知らない。これは彼女に対する恋なのか分からない。
「きっかけかぁ…なんだろうなぁ…みぃちゃんに抱きつかれてドキドキしたことかなぁ…『うみちゃん体温高いから暖とらせてー』って。そんなこと、しょっちゅうだったのにいつの間にか女性の身体になってきてるなぁって気付いちゃって。それで意識するようになった」
「…やっぱ性欲との違いがわからん」
「あはは…恋愛感情の中には性欲も含むからね」
私には難しい話だ。
「けど、恋愛感情はあるけど他人に対する性欲はない人もいるんだろ?…アセクシャルだっけ、アロマンティックだっけ」
「えっと…それはノンセクシャルかな」
「ん?アセクシャルは?」
「他人に対する性欲も恋愛感情も両方ない人」
「じゃあ、性欲はあるけど恋愛感情が分からない私はアロマンティック?」
「そうだね」
この辺はややこしくて未だにごっちゃになる。
「…もし、私が誰かに対して恋愛感情を抱いたら、私はアロマンティックじゃなくなるの?」
「んー…そうだねぇ…その場合はグレーセクシャルになるのかな…」
初めて聞く単語が出てきた。とりあえず今はその言葉の意味を知りたいとまでは思えない。説明されたって、今は頭に入らない。
「…難しいな…」
「そうだね。…セクシャリティが変わっても満ちゃんが満ちゃんじゃなくなってしまうわけじゃないから…あまり気にすることはないんじゃないかな。めんどくさくなったらセクシャルマイノリティってことにしておけばいいよ」
「…まぁ…そうだな…異性愛者でないことは確かだもんな…」
今のところ分かっているのはそれくらいだ。
「うんうん。で、実さんに実際会ってみた感想は?」
「まだよく分からん。てか直接話してねぇし」
声をかける間もなく帰ってしまった。
「けど…彼女が弾くヴァイオリンの音をもっと聴いていたいとは思った」
「あくまでも興味の対象は"ヴァイオリンの音"なんだ?」
「うーん…そうだな…ヴァイオリンの音は元々好きだし…ただ、生音に感動してるだけなのかも…」
「そっか。じゃあ今度、ヴァイオリンのコンクール見に行かない?実さんも出てるやつ。みぃちゃんと行く約束してるんだ」
「…コンクールか…」
「うん。実さんが弾くヴァイオリンの音が好きなのか、ただヴァイオリンの音が好きなのか、確かめに行こうよ」
「…うん」
何故かニヤニヤするうみちゃん。彼女も私のこの感情の正体に興味があるのだろうか。
「…ニヤニヤすんな気持ち悪い」
「ふふ」
楽しそう笑っていたが、家の最寄駅のアナウンスが流れると握られた手に力がこもる。
「…痛いんだけど」
「…すまん…」
電車を降り、気合を入れるために彼女の背中を叩いてやる。軽く叩いたつもりが結構大きな音が鳴った。周りの人が振り返るほど。痛かったのか叩かれた背中をさすりながら駅の階段を上がる彼女の後を追う。
駅の近くの公園のベンチに彼女と座り、彼女が望に電話をかける。応答は無いが、LINKに「今いく」の一言メッセージが送られてきたことを確認した。
いよいよだ。私も少し緊張してしまう。
大丈夫。私達は昔みたいにただの幼馴染に戻るだけだ。
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