5話:彼の願いを叶えたのは星なのか
それから私はうみちゃんに教えてもらいながら毎日数時間—時にはサボることもあったが—勉強をした。
そして試験当日。そこそこの手応えを感じていた。
「答案用紙に空欄がほとんど無かった。いける気がする」
「…ちる、言っておくが…何か書けば点数もらえるわけじゃないからな?」
望が苦笑いする。そんなことは百も承知だ。
「うるせぇ。素直に褒めろよ」
「ふふ。頑張ったね。明日は面接だね。頑張ろうね」
「面接は余裕だろ」
「では月島さん、まずはこの学校を選んだ理由を教えてもらえますか?」
こほんと咳払いして、うみちゃんが面接官のように私に問いかける。
「はい。私は商業の勉強に興味があったのですが、高校卒業後に進学するか就職するかはまだ悩んでいるので、どちらにも力を入れていて、かつ商業を学べる御校を選びました」
「うん。合格」
志望動機については、担任との面接の練習の時も褒めてもらえた。嘘っぽいと嫌味も言われたが。
「…では、中学で力を入れていたことを教えてください」
次は望から質問が飛んできた。
「部活です。部長と副部長の両方が不在の時のまとめ役をしていました。副副部長…みたいな感じですかね」
「副副部長ですか…なるほど。部長や副部長ではなかったんですね?」
「…んな嫌味っぽい面接官居るか?」
「居るかもよ。ほら、不機嫌そうな顔しない。平常心平常心」
「…そうですね。私は上に立つよりは、上に立つ人を陰で支える方が合ってると思うんです。厳しい言い方しか出来なくて反発を買ってしまうことが多いですから。なので私は"敢えて"部長にも副部長にも立候補しませんでした。私より相応しい二人が居たので」
「…よくそんな嘘をすらすらと」
呆れる望。本当はめんどくさいから立候補しなかっただけだが、面接でそんなことを馬鹿正直に言えるわけがない。
「最もらしいだろ?けど、部長も副部長も、お前たち二人がぴったりだったってのは本音だよ」
「まぁ、厳しい言い方しかできないってのも本当のことだな」
「でも私、満ちゃんは上に立つに相応しい人だと思うなぁ。ちゃんと後輩のこと見てるし。村田くん、君に褒められて嬉しそうだったよ。なんだかんだで面倒見良いよね」
「…高校入ったって部長も副部長もやらんからな。絶対に」
「あははー。私か望かもねー」
「…まだ同じ学校通えるとは限らんだろ」
望の口から呟かれたその言葉の中には、同じ学校に通いたくないという気持ちも入り混じっているように聞こえた。うみちゃんが言っていた通り私達と…正確にはうみちゃんと同じ学校に通うことに対して複雑な気持ちがあるのだろう。
「私は二人と一緒が良い。お前、落ちたら許さんからな」
「落とされるなら君の方だと思うけどな」
「はっ。私は受かる自信しかないね」
「自信じゃなくて過信だろ」
「うるせぇ。面接で変なこと言うんじゃねぇぞ」
頼むから、わざと落とされるようなことはしないでほしい。流石にそんなことはしないとは思うが。
合格発表当日。私達は三人で合否の確認をしにきていた。面接も練習通りにやれた。試験もそこそこ手応えを感じた。大丈夫だとは思うが、ドキドキしながら人混みをかき分けて前に出て受験番号を探す。171。語呂合わせで"居ない"だなと家族に苦笑いされた縁起の悪い番号だが…あった。望とうみちゃんの番号も。報告しに二人の元に戻る。
「本当?良かったね望」
「…そうだな。ちるは落ちるって散々言われてたのに」
「はっはっはっ。言っただろ?自信しかないって」
「ふふ。また三人一緒だね。よろしくね。二人とも」
せっかく受かったというのに、二人ともあまり嬉しそうではない。理由は分かっているが、演技でも良いからもっと喜んで欲しい。
「…望、今日お泊まりしに行くね」
「…どうぞ」
二人で話したいことがあるのだろうか。邪魔しない方がいいだろうか。いや、今日はなんだか二人にさせたくはない。
「…私も良い?望」
「えっ」
なんのつもりだとうみちゃんは私に笑顔で圧をかけてくる。
「うみちゃんが泊まっていいなら私も大丈夫だろ?久しぶりに三人で一緒に寝ようよ」
幼い頃は三人で寝泊まりをした。一度ではなく、それぞれの部屋で何度か。
「せっかく三人とも受かったんだから、お祝いパーティーしよ。というわけで、夜に望の家行くから。いいな?」
「…いいとは思うけど一応、聞いてみる」
と言ったものの、私の方は許可を出してくれるだろうか。
「望くんの家に?別にいいけど」
「年頃の男子の部屋に泊まるなんて!と、言いたいところだが…まぁ、望くんなら大丈夫だろう」
「海菜ちゃんも一緒だしな」
意外とあっさり許可をくれた。特に父は反対すると思ったが、望はよっぽど信頼されているようだ。着替えやらなんやらをカバンに詰めて家を出ると、同じタイミングで隣の家のドアが開いた。
「…いつも望と何してるんだ?」
「安心して。君とするようなことはしてないよ」
「そりゃそうだとは思うけどさ」
「…三人でお泊まり会なんて久しぶりだからわくわくしちゃうね」
いつものようにへらへらしているが、目は笑っていない。
「なんのつもりだとか思ってるでしょ」
「…思ってるよ。私は望と二人きりで話がしたかった」
「…私に聞かせられない話か?」
「うん」
「なら別の日にでもしてくれ。今日じゃなくても良いだろ」
「…そうだね」
マンションのエントランスのインターフォンで彼を呼び出す。『家で待ってる』という彼の一言と共に自動ドアが開いた。エレベーターに乗り最上階へ。
「…ここでイチャイチャしたらあのカメラに記録されるよね」
「だろうな。変なとこ触んなよ」
「やだなぁ。人を変態みたいに」
「変態だろ」
彼の家のインターフォンを押す。ドタバタと慌ただしい足音が聞こえてきた。なんとなく嫌な予感がした。こんな騒がしいのは彼の家には一人しかいない。ドアが開くと同時に飛び付こうとしてきた女性を避ける。
「あーん…避けないでよぉ…」
「…なんで居るんすか」
今私に飛び付こうとしてきたのは望の姉の
「今日はたまたまこっちで仕事があったから寄ったのよ」
「望、流美さん帰って来てるなら言えよ」
「いや…この人いつも予告なしに突然帰ってくるから…悪い…さっき急に来たばかりなんだ」
「だってさぁ、サプライズの方が嬉しくない?」
「普通に一言言ってほしい」
「久しぶりのお姉ちゃんだぞー。もっと喜べよー」
姉に抱きつかれて迷惑そうな顔をする望。本人の前ではこんな態度をとっているが、彼はなんだかんだで姉のことを尊敬していることを私達は知っている。姉が出ている番組は全て録画していることも。
「にしても…ちるにゃんの隣ってうみにゃんだよね?」
「はい。うみにゃんですよ」
「髪バッサリいったねぇ…めちゃくちゃイケメンじゃん。背も高いし」
「あはは。ありがとうございます。望よりちょっと高いです」
昔は望の方が高かった。抜かしたことがよっぽど嬉しいのか、うみちゃんは身長の話をされると必ずそのことをネタにする。
「お邪魔します」
「お邪魔しまーす。あれ、ご両親は?」
「あぁ、すまん。言い忘れてた。居ない。友達の結婚式があるらしくて」
「親がいないのに女の子"三人"も呼んで…いつからそんな悪い子になったの?」
「許可取ってるよ。てか、三人って。自分も頭数に入れるなよ…ご飯作るから二人ともまってて。姉さんは手伝って」
「えー!?お客さんなのに手伝わせるの!?」
「手伝わないなら帰って」
「弟が冷たい…反抗期かなぁ…昔はもっと可愛かったのに…今でも可愛いけど」
「…騒がしくてすまんな…」
むしろ彼女が居てくれて助かった。彼女が居なかったらなんとなく気まずい空気になっていたかもしれないから。
「せっかくだし望、お姉ちゃんと一緒にお風呂入る?」
「入らん」
「じゃあちるにゃん」
「嫌だ」
「えー…うみにゃんは?」
「私は満ちゃんと入るんで」
「それもやだ」
「あーん…」
「あーんじゃねぇよ」
「じゃあちるにゃんは私と一緒にお風呂入ろうねー」
「断っただろうが。聞けよ話」
流美さんは昔からそうだ。好き勝手喋る。真面目に相手をすると疲れてしまう。当たり前だが、アニメで演じるキャラとのギャップが激しい。演じるのはクールな少年や大人の女性役が多いが、本人は真逆だ。幼い子供みたいに好き勝手喋る。
「あ、そうそう。今度ライブがあるんだ。名古屋も来るから良かったら来てね」
彼女は声優だが、歌手としても活動している。最近出したシングルがオリコンで一位を取った。今話題の深夜アニメの主題歌だ。
「流美さんの奢りなら行く」
「こら、ちる」
「ちるにゃんが来てくれるなら何枚でも取り置きしちゃう!」
「冗談だよ。取れたら行く」
といっても、彼女は最近、そこそこ人気がで出てきた。そう簡単に取れるものではない。
「取れなくても来てよぉ…」
「無理言うなよ」
「舞台の上に席作るから!」
「公開処刑だろそれ」
「君のために歌うよ」
「ファンのために歌え」
「ちるにゃんは私のファンでしょ?」
「いや、別に」
「もー素直じゃないなぁ」
彼女は昔から、可愛い物が好きだった。私のことも可愛い物扱いだ。故に、会えばお気に入りの人形のように可愛がられる。私が可愛いのは世界の常識だが、こうもデレデレされると正直鬱陶しい。なんて、国内に何万人もいる彼女のファンに言ったら怒られそうだが。
彼女は決して世界的な有名人というほどではないが、年々仕事は増えているらしい。今年で二十歳だが芸歴は4年。去年には声優アワードで新人賞を取っている実力のある人だ。今年の春からは<魔法王女プリンセスティアラ>という今年で15周年になる女児向けの魔法少女アニメ—通称プリティア—の準主役の声優をやっている。私はよく知らないが、昔から望が好きなシリーズだ。男子であるが故に馬鹿にされたりもしていたが、初代からずっと見続けており—始まった頃はまだ産まれて居なかったが、後からDVDを借りて見たらしい—今でも卒業せずにファンを続けている。一人で映画も見に行くほど。
彼は幼稚園児の頃に『プリティアになりたい』と言っていた。お決まりのように『男の子はなれないんだよ』と先生や同級生から苦笑いされて居たが、流美さんだけは『戦隊モノの中にも女の子が居るんだから、いつか男の子もプリティアになれる日が来るかもしれないよ』と、彼の夢を肯定した。当時はまさかと思っていたが、なんと今年、彼女の予言通り、作中でプリティアに変身出来る男の子が登場したらしい。望から聞いて、冗談だと思って調べたが本当だった。しかもキャラクターボイスは流美さん。仕組んだのかと疑ってしまうほどの偶然だ。
「そういやさぁ、そろそろ私立の受験じゃない?三人ともどこ受けたの?」
「…三人とも青商だよ。青山商業。今日が合格発表で全員受かってた。だからこうやって集まってお祝いしようってことになったんだ」
「はぁーなるほどなるほど。じゃあ姉ちゃんはお邪魔だったか」
「頼むから次来るときは一言声かけてくれ」
「えー…」
「えーじゃない」
食事を済ませて風呂に入っていると、脱衣所に陰がやってきた。シルエットからして流美さんだ。
「…まだ入ってんすけど」
「んふふー。知ってるよ。お邪魔しまーす」
止める間もなく入ってきた。
「ちるにゃん、大きくなったねぇ」
そう言う彼女の視線は鏡に映る私の胸に向けられていた。
「胸見ていうなよ」
「いいなぁ…私のおっぱい全然成長しなくてさぁ…。触っていい?」
と言いながら既に触っている。手を払い除ける。
「やめろ。あんた、ほんと好き勝手喋るな…」
「あはは。ごめんねぇ。久しぶりにみんなに会えて嬉しくてさ。…ところでちるにゃん、望とうみにゃん、何かあったの?」
なんだかんだで流美さんは勘が鋭い人だ。心を読めるのではないかと言われているうみちゃんと同じくらい。だから二人のことが気になって、わざわざ私が入っている時間に突入してきたのだろう。
「…あんたには関係ないよ」
「…そうか。口出すなってことだね」
私も口を出せない。うみちゃんは信じて待つことしか許してくれない。
「…流美さん、今日自分の部屋で寝るの?」
「一緒に寝るよー。ちるにゃんの隣で」
「…嫌なんだけど」
「そう言わずに」
「…嫌です」
「あーん…ちるにゃん冷たい…でもそこも好き…。私が男だったらお嫁さんにしたかったなぁ…はっ…海外に移住して結婚する?」
「…嫌っす。私、誰かのものになりたくないんで」
「あぁ…その気持ちは私にも分かるよ」
その瞬間、軽い雰囲気が一変する。上がろうと思ったが、少し話をしたい。持ち上げかけた腰を下ろす。
「…上がらないの?」
「…ちょっと、色々聞いていい?」
「ちるにゃんの貴重なデレがきた!」
「デレてねぇよ」
流美さんを背もたれにして湯船に浸かる。こうやって誰かと風呂に入るのは久しぶりだ。うみちゃんの家にはよく泊まりに行くが、風呂はいつも別だった。
「…流美さんさ、恋愛したことある?」
「中学生の頃に周りに流されて男の子と付き合ったことあるよ。一ヵ月で別れたけど」
早すぎると別に驚きはしない。周りもそうだ。半年付き合えば長い方だ。一年以上付き合っているカップルはほとんど居ない。
「…その人のこと、好きだった?」
「うん。だから付き合ってみたけど…友達としての好きと、恋愛の好きはやっぱり全然違うなって実感したよ。私を自分の色に染めようとする彼が気持ち悪くて仕方なかった。…デートの時に着る服を指定されたり…クラスメイトの男子と話していただけで怒られたり…向こうがクラスメイトの女子と話していた時に嫉妬しなかったら怒られたり…」
「今は?好きな人いる?」
「…うん。実は最近彼氏ができたんだ」
「ドキドキする?」
「ふふ。うん。一緒に居るとドキドキする。一度告白されたんだけど、事務所からは成人するまでは恋愛禁止って言われたから断ったんだ。でも、待ってくれるって言ってくれてね。解禁されたから、最近付き合い始めたの。これ内緒ね。まだどこにも言ってない極秘情報だから」
彼氏ということは相手は男性なのだろう。
「…前に付き合った彼氏みたいに、束縛されるの嫌じゃないの?」
「うん。束縛されるのは嫌だよ。けど、今の彼はあんまり束縛しないんだ。私の仕事を陰で応援してくれるし、凄く褒めてくれるんだ。全肯定じゃなくて、ちゃんと気になった部分も言ってくれる。それで喧嘩になっちゃうこともたまにあるけど…言い過ぎたらごめんねって素直に謝ってくれるんだ。…私を正しく批評してくれる貴重な人なの。そこが好き」
流美さんに限らず、芸能人の熱狂的なファンの中にはいわゆる"信者"と呼ばれるマナーの悪い人もいる。例えば犯罪を犯しても肯定するかもしれないほど崇拝しているファンもいる。『罪を責められるより、罪を肯定される方が辛い』とうみちゃんも言っていた。流美さんもそうなのだろう。
今、望のしていることはそれに近いのかもしれない。だったらさっさと解放してやればいいのに。本当に、めんどくさい奴だ。彼女も…彼も。
"正しく批評してくれる貴重な人"という言葉は、うみちゃんの口からも聞いたことがある。その言葉は私を指していた。そこが好きとも言われた。だけど、流美さんの彼氏に対する好きとは違う。理由は同じなのに何故なのか。
「…私も流美さんのこと全肯定しないよ」
「ん?うん。そうだねぇ。君は割とズバズバ言うよね」
「…私のこと好き?」
「うん。好きだよ」
「…でも恋じゃない」
「うん。違うよ」
「…なんで?彼氏と同じ理由で好きなのに」
「…難しい質問をするなぁ…うーん…よく聞く話だと思うけど、恋は理屈じゃないんだ。彼と同じ理由で好きな人はたくさんいるよ。君以外にも。だけど、誰も彼の代わりにはならない」
彼女は決してめんどくさがることなく、真剣に私の質問に答えてくれた。いつか分かる日が来るとも言わない。うみちゃんと同じだ。その優しさが心地良い。だけど、心はいつも通り穏やかだ。恋にはならない。
「…アロマンティックって知ってる?」
「アロマンティック?」
「恋愛感情を持たない人のことだって。セクシャルマイノリティの一種」
「セクシャルマイノリティ…LGBTのこと?」
「うん…LGBTの4つ以外にもあって…人の数だけあるって言われてるらしい」
「…ちるにゃんはそのアロマンティックかもしれないって悩んでるの?」
「…うん」
「…そうかぁ…恋愛感情が無い…か…。…実は今度ね、恋愛に興味を持てない女の子を演じるんだ。周りは当たり前のように恋をするのに、どうして私は誰も好きになれないのだろうって悩む女の子」
「…その子は最終的に恋を知ることが出来たの?」
「どうだろう。完結した原作があるけど、まだ読んでないから分からない。展開を知ってしまったら演技に影響がありそうで…台本を貰ったところまでしか読んでないんだ。タイトルは<恋って一体何なんだ>」
似たようなタイトルを本屋のアニメ化コーナーで見たことがあるような気がする。
「…今度買ってみる」
「うん。彼女がアロマンティックなるものかは分からないけど…今の君に近いんじゃないかな。少女漫画コーナーとか、アニメ化コーナーにあると思う。あ、ネタバレ禁止ね」
「うん」
「ついでに4月から始まるアニメもよろしく」
「…覚えていたら録画しとく」
頭がボーっとしてきた。そろそろ上がらないとのぼせてしまいそうだ。
「…流美さんまだ浸かる?上がりたいから離してほしいんだけど」
「お、すまん」
立ち上がり風呂場を後にする。冷たい風にさらされると思わず風呂に戻りたくなるが、流石にいい加減出ないと二人に心配される。
『二人とも、風呂で沈んでたりしないよな?』
脱衣所の扉をノックする音と共に望の声が聞こえた。「生きてるよー」と流美さんが返事をする。
「ちるにゃん、服着たらそこ座って。髪乾かしてあげる」
「自分でやる」
「えー。やだ。私が乾かしたい」
「…はいはい。じゃあ好きにしてください」
「わーい。ふふ。ちるにゃんの髪乾かすの久しぶりだなぁ」
言われてみれば昔、こうやって流美さんに髪を乾かして貰ったことがあるような気がする。
「私さ、望がまだ母さんのお腹の中にいる時、男の子だって知ってショックだったんだよねー。うみちゃんはもう産まれてたし、ちるにゃんは女の子だって分かってたからさ…私のところも女の子が良かったって駄々捏ねて、挙句の果てに満ちゃんのお母さんに、赤ちゃん生まれたら交換しよって言いにいったらしい」
「…昔からめちゃくちゃだなあんた」
「あはは。でも、実際に生まれたらすっごい可愛くてさ。望は生まれた時、君より小さかったんだよ。2500gもなかったの。三人の中だと君が一番重かったのかな。望と1キロくらい差があって、持った時にびっくりしたよ」
今では私が一番小さい。二人との身長差は約30㎝。幼少期はほとんど変わらなかったが、小学校に上がってから差が出始めた。私も二人と一緒にバスケ部に入っていたというのに。バスケをやると身長が伸びるなんて迷信だ。
「昔の望、ほんとに可愛かったのになぁ。ちょっと離れてる間にあんなにでっかくなっちゃって…うみにゃんもめちゃくちゃイケメンになってるし。昔は髪伸ばしてたよね?」
「手入れがめんどくさくなったんだろうな」
本当は違うことを知っているが、わざわざ言う必要はないと判断する。
「ちるにゃんは切らないの?」
「長い方がアレンジの幅があって楽しいじゃん」
「そういうところは女の子だよねぇ…」
「まぁ、ショートもちょっとやってみたいけど…似合わなかった時がなぁ…」
「分かる。勇気いるよね」
そういえば流美さんは以前ショートボブにしていた。今はセミロングだが、個人的にはショートボブの方が好きだ。
「流美さん、髪伸ばすの?」
「うん。彼が伸ばしてほしいって。うふ」
「あー…そう」
うみちゃんが伸ばしていた理由も好きな人だった。周りにも同じ理由で髪型を変える人は多い。恋をすると、好きな人の好きな自分で居たくなるものらしい。私はうみちゃんや望のことが好きだが、二人に言われて髪型を変えたくなったことはない。
「はい、乾いたよー。お姉ちゃんのも乾かしてほしいなぁ」
「…はいはい。座って」
「えっ!乾かしてくれるの!?今絶対『やだよめんどくせぇ』って言われると思ったのに。どういう風の吹き回し?」
「うるせぇな。はよ座れ」
「はーい」
彼女の髪を乾かしていると、ふと鏡越しに、僅かに開いたドアの隙間から覗く何かと目が合った。うみちゃんの目だ。
「…満ちゃんひどいわ。私というものがありながら流美さんとイチャイチャして。…私のことは遊びだったのね…」
そう言ってピシャッとドアを閉める彼女。いつもの茶番に乗らずにスルーすると、再びドアの隙間から覗き込んできた。甲高い声で「ムシシナイデヨォ」とカタコトに呟く。
「んだよ。何の用だ?」
「…望、疲れてたみたいでさ。先に寝ちゃったんだ。だから寂しくて。せっかくトランプ持ってきたのに」
「修学旅行かよ」
「ありゃ。じゃあ二人とも私の部屋おいで」
流美さんの髪を乾かし終え、彼女の部屋に行く前に望の部屋を覗く。確かに、ベッドでうつ伏せになって寝ていた。布団をかけなおし、二人と合流する。
「あ、そういえばね満ちゃん」
「ん?」
「この間流れ星見たでしょ?あの日、望も流れ星見てたんだって」
「へぇ。何願ったんだ?」
「ふふ。内緒。でも、今日叶ったらしい。だから私達のお願いも、もしかしたら叶えてくれるかもしれないね」
「…だと良いな」
「流れ星?二人は何をお願いしたの?」
「「内緒」」
流れ星が叶えた望の願いは何だったのだろうか。今日叶ったと言うと『三人で同じ高校に通いたい』だろうか。いや、それは違う気がする。まさかとは思うが『姉に会いたい』だろうか。分からないが、本当に星が私達の願いを叶えてくれるなら、もっとちゃんとした願い事をすれば良かったかもしれない。まぁ、彼の言うことはきっと気休めでしかないが。
この時はそう思っていた。流れ星になんて、期待してなどいなかった。
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