第18話
「........え、」
骨張った手、良く馴染む体、喉から出た聞きなれた声。
「だ、大丈夫ですか...?」
隣から掛けられた、優しい声。
シトレイシアの声だ。
「お嬢....?」
まるで錆び付いているかのようにぎこちなく、シトレイシアの声が聞こえた方へと首を動かす。
深海のような、濃紺の髪
眼鏡のレンズ越しに此方を見つめる青い目
両親譲りの整った顔立ち
話し合って決めた男装姿
何処からどう見ても、転生したあの日から鏡で何度も見続けたシトレイシア。
否、俺が作り上げたルクソルがそこにいた。
「嘘、だろ、」
追い討ちをかけるように俺の目の前に、ルイスが
そこに写るのは、シトレイシアが今着ているものと同じアリノアルタ学園の制服に身を包み、濃紺の髪と紫の目に変化している生前の自分の姿だった。
「おやおや、元の体に戻ったというのに反応が薄いんだねぇ」
視界が滲む。
俺は元の体に戻りたかったわけじゃない。
寧ろ、戻らずにシトレイシアと共存してこのまま生きていたいと思っていたのに、急に頭を殴られて現実に引き戻されたような感覚に本日二度目の吐き気を催した。
「........う"ッ、」
シトレイシアの前で吐くわけにはいかない、と自分の口を強く押さえる。
酷く気分が悪い。
ルイスからすれば、質問するためだけに俺をシトレイシアから分離させたのだろう。
だが、俺にとっては死活問題だ。
俺はシトレイシアを幸せにしたい。
俺とシトレイシアで協力すれば、殿下とシトレイシアが結ばれる未来を開けたかもしれない。
そうすればシトレイシアを幸せに出来た筈だ。
でも、俺が個人として確立してしまったとき、それは成り立たない。
シトレイシアとしての立ち位置から見る世界で、どう動けば良いかを考えるのは簡単だがただの一般人の俺の立ち位置からシトレイシアのために動いたところで何の助けにもならない。
駄目だ、変に思考が加速して余計に何を考えているのか分からなくなってきた。
「ふむ....悪い子ではないようだけど、悲しいねぇ。キミの魂が彼女の体に存在し続けると、彼女の体が壊れてしまうから結局は分離させるべきでね、あんまり悪くは思わないでほしいなぁ」
「あの、アトウッド様。は、ハヤト様は大丈夫なのでしょうか?彼は....」
一度死んだ身だ。
「お嬢、俺が説明するから、」
まだ混乱しているが、大丈夫。
急な事態に思考が先走りすぎただけで、何も戻れないと言われたわけじゃない。
何度か深呼吸をして、落ち着きを取り戻した俺はゆっくりと立ち上がろうとして、膝から崩れ落ちた。
「驚いた、ほぼ魂だけの存在も気を失ってしまうことがあるんだね」
ふぅむ、と考えるような仕草をしながらルイスは呟いた。
ハヤトが気を失ったことで、完全にルイスと二人きりの状態になってしまったシトレイシアは僅かに後退り、殿下から貰った眼鏡を握りしめて深呼吸を繰り返している。
「じゃあ、二人になったことだしお話しでもしようか」
ルイスの浮かべた人を安心させるような優しい笑みは、シトレイシアから見れば悪魔の笑みにしか見えなかった。
***
「....彼は、ある日突然、私の中に存在したんです。私の姿を見て過剰なほどに褒めたり、私の未来を良いものにするために奮闘してくれたり、兎に角私のことばかりが行動原理でしたわ」
「彼が来てから何か変化はあったかい?」
「......私は氷魔術を扱えませんでした。ですが、ハヤト様は扱えますし、私も彼に習うことで扱えるようになりました....魔力量も、ハヤト様が来てから増える量が増したように感じます」
「ほうほう、それはまた不思議だねぇ。」
シトレイシアは緊張していた。
頼みの綱ことハヤトは気を失っているせいで、ルイスとほぼ二人きりの状態だ。
先程はハヤトがいたからこそ強気に出れたが、いないのなら話は別。
正直、この胡散臭い魔術師と対話するのは遠慮したいところだが、自分が今逃げ出したらハヤトがどうなるか分からない。
「キミは、彼と共にいたいのかな?」
「........」
勿論と答えたい衝動を、理性が押し止めた。
自分は今、ハヤト無しでは何も出来ない人間になりかけている。
共にいることは得策なのか?
ハヤトが自分の中に居続ければ体が壊れるというのなら、共にいないほうがいいだろう。
じゃあ、学園でどう過ごせば良い?
ハヤトに任せてばかりだった学園生活に、実技、殿下との会話の数々、他人とのコミュニケーション。
確実に自分一人では出来ないことばかりだ。
「....私は、ハヤト様無しでは何も出来ないのだわ」
自分の無力さに、気付かされた。
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